25話 生産板の仲間たち
枝垂れ桜の古木の前に、数十人もの団体がいた。
種族は様々で、エルフもいれば、ドワーフもいたり、ハーフフッドや獣人もいる。
他の団体であれば、大多数を占めるはずのヒューマンはあまり多くはなく、基本的に亜人系のプレイヤーが多くを占めている。
そのプレイヤーたちの中で、珍しいヒューマンの男性が、眼鏡と作業服の姿の男性がグラスを片手にひとり立ち上がっていた。その様子は明らかに乾杯の音頭を任されたという体であった。
そしてその音頭として、男性は一度咳払いをしてから口を開いた。
「──えー、本日はお日柄も良く──」
「長い挨拶はお呼びじゃねえにゃ~。ってわけで、乾杯だにゃ~!」
「「「乾杯!」」」
「おい、ふざけんなよ、このエロネコぉぉぉぉぉぉ!?」
男性が恒例の口上から始めようとして、すかさずにゃん公望が立ち上がり、男性の口上を無視して「乾杯」とグラスを突き上げた。
瞬間、男性以外のほぼ全員が周囲の面々とグラスを組み合わせた。
男性は一瞬なにが起こったのか理解できなかったようで、あ然としていたが、にゃん公望に乾杯の音頭を奪われた現実を認識し、にゃん公望に掴みかかりながら叫び声をあげた。
「おまえ、この野郎! この日のために、俺がどれだけ内容を吟味したか、わかってんのか、ネコぉぉぉぉぉ!?」
「あーあー、うるせえにゃ~。こういう音頭なんざテキトーでいいんだにゃ~。うまい飯とうまい酒、そして最高の肴があるってのに、なんでクソつまらねえ長話なんぞ聞かなきゃならねえにゃ~? そんなもん、現実の上司の音頭で十分なのにゃ。だから代わってやってだけだにゃ」
掴みかかってきた男性の言葉を耳をほじりながら、興味なさそうに聞き流すにゃん公望。その態度に男性が怒り心頭となるも、残念ながらこの場において男性の味方は皆無であった。
「あ、これ美味しいっすね。なんの肉なんすか?」
「あぁ、それはお嬢様から教えていただき、狩猟したシーフファルコンの肉ですね」
「え? あの、クソ鳥の肉ですか? あの野郎、こんなに美味しかったんすか」
「お嬢様曰く、妖狐族にとっては、そこそこのいいお肉らしいですよ?」
「へぇ~。師匠、師匠。あのクソ鳥野郎の肉、すごく美味しいっすよ」
「にゃに? あのクソ鳥野郎の肉が? ちょっともらうにゃよ~。……にゃにゃ!? これはまさに肴に最高の肉にゃねぇ~。よし、七海! 今後はあのクソ鳥野郎を乱獲にゃよ~。全漁師のこれまでの恨みをあのクソ鳥野郎にぶつけるにゃ!」
「了解っす、師匠!」
「というわけで、狩人。手伝ってにゃ?」
「……まぁ、時間があえば」
「それでいいにゃ~。にゃふふふ、いままでの恨みを思う存分に晴らせてもらうにゃよ~」
「楽しみっすねぇ、師匠」
「おうにゃ~。腕が鳴るにゃよ~」
にゃん公望の弟子である七海が、柚香の用意したという「シーフファルコンのタタキ」を食べて、二重の意味で驚いていた。
その驚きを共有するべく、七海は使っていない箸でタタキをやはり使われていない小皿に盛ると、件の男性に絡まれていたにゃん公望に箸ごと手渡した。
手渡された箸と小皿を受け取り、にゃん公望がタタキを口にすると、にゃん公望はその細目を大きく見開き、「クソ鳥野郎」ことシーフファルコンの乱獲を決めたのだった。
なお、その間、件の男性はにゃん公望の襟を掴んでいるが、当のにゃん公望からは相手にされず、静かに泣いていた。
「……まぁ、泣くな、木蓮」
ぽんと男性こと木蓮の肩をおやっさんが静かに叩きながら、にゃん公望手製のブロッサムサーモンのカルパッチョを頬張っていた。
「……泣くなと言いながら、カルパッチョを堪能するってどうなん?」
「美味いもんを食ってなにが悪い?」
「……いや、悪いわけじゃないけどさぁ~。でも、こう、ね?」
「ガタガタうるせえ野郎だなぁ。変態のくせに、ガタガタうるせえと救いようがないぞ? 固いこと言わずに食って飲めや」
「俺は変態じぇねえって言ってんだろぉぉぉぉぉ!?」
「この、バカ野郎がぁぁぁ!」
「がふっ!?」
「人なんて生き物はなぁぁぁ! 一皮剥けば、どいつもこいつもみんな変態なんだよぉぉぉぉぉ! それが「俺は違う」だと? この、大馬鹿野郎!」
「……ねぇ、なんで俺は殴られながら説教されにゃならんの? ねぇ、誰か教えて?」
「この野郎、バカ野郎、この木工野郎! てめえ、まだわからねえってかぁぁぁぁぁ!?」
「本当に、この人流れ板だよぉぉぉぉぉ! 顔と言動が一致してねぇぇぇぇ!」
にゃん公望に相手をされず、ひとり泣いていた木蓮だったが、おやっさんの謎地雷を派手に踏んでしまったようで、左フックを受けて転倒する。なお、すでににゃん公望の襟から手を離していたため、にゃん公望に被害は及んでいない。
そんな木蓮を殴り倒したおやっさんだが、怒りはまだ収まらず、倒れ臥した木蓮を掴み起こしながら怒りの咆哮を上げる。そんなおやっさんに木蓮は泣き叫んでいた。
ここまでの流れでわかるとおり、この木蓮こそが生産板における「通りすがりの木工職人」その人である。
生産板における被害者筆頭という密やかにつけられた字は伊達ではなく、今日も生産板の三大アレからの被害を受けていた。
そんな木蓮とおやっさんのやり取りを誰もがまるっと無視していた。
「……木蓮さん、ここでも被害者ですねぇ」
さすがのタマモもいまのおやっさんを止めることができず、見て見ぬ振りをしつつ、おやっさん手製のもつ焼きを頬張っていた。
そんなタマモの周りには数人の男女がおり、ひとりは鉢巻きを巻いたドワーフの男性、ひとりは木蓮同様に作業服姿のヒューマンの男性に加えて、「通りすがりの宝石職人」ことアイナがそれぞれに思い思いの肴を頬張っていた・
「まぁ、木蓮に関しては、貧乏くじを引くからねぇ~」
「悪い奴じゃないんだけど、運悪いよなぁ」
「まぁ、本当に嫌がっているなら、態度で示せばいいだけだから。態度で示していないってなら嫌じゃないってことだよ」
「……アイナさん。さすがにそれは問題では?」
「ゲームの中くらいはコンプライアンスとかとは無縁でいたいんだよね」
「……ダメに決まっているでしょうに」
「ええ~。いいじゃん、少しくらい」
唇を尖らせて、ぶーぶーと唸るアイナにタマモは呆れ顔を浮かべた。
タマモとアイナのやり取りをドワーフの男性と作業服姿の男性はお互いを見やってから苦笑いを浮かべた。
「しかし、こうして狐ちゃんと宴会できるとはなぁ~。運営様々だな」
「本当、本当。俺たちみたいな木っ端職人じゃ済んでいる世界違うもんなぁ」
「だよなぁ」
「なぁ?」
ドワーフの男性と作業服姿の男性はしみじみと頷き合うが、タマモはふたりに待ったを掛けるようにして口を開く。
「なにを仰っているのですか。ミナモトさんにもストネさんにもお世話になっているというのに」
「そうかぁ?」
「そうですよ」
「まぁ、狐ちゃんが言うならそうなのかなぁ?」
「まぁ、そういうことにしておこうぜ、ストネ」
「そうさな、ミナモト」
タマモの言葉にドワーフの男性ことミナモト、作業服の男性ことストネは最終的に笑いながら頷いていた。
ちなみにミナモトが「通りすがりの大工」であり、ストネが「通りすがりの石工」本人である。
にゃん公望やおやっさんたちのようにどこの掲示板にも出現するわけではないが、ふたりも生産板の仲間である。……あまりにも他の面々のキャラが濃すぎるため、若干影が薄くなってはいることは否めないが。
「ふたりとも影が薄いもんね」
そう言ってケラケラと笑いながら、アイナは日本酒をぐいっと呷った。
アイナの言葉に「アイナさん、失礼ですよ!?」とタマモが叫ぶもアイナは聞く耳持たずである。
当のミナモトとストネは「宝石さんらしいぜ」と笑いながら、それぞれもつ煮込みとシーフファルコンの唐揚げを頬張っていた。
「誰かタスケテェェェェ!」
いまだおやっさんに絡まれている木蓮の悲痛な叫びがこだまするが、その声に誰も反応することなく、誰もが飲んで食っての大騒ぎは行われていった。




