24話 お誘い
大声で笑い合う声が聞こえてくる。
誰もが顔を赤くしながら、飲んで食べての大騒ぎをしている。
すぐ近くには満開の桜の花が咲き誇るも、その花を見つめている者はそう多くない。大抵は、桜の花ではなく、レジャーシートの上に敷き詰められたお弁当や酒だけに夢中であった。
飲酒ができない未成年者も、雰囲気に酔ってしまっているのか、酒ではなくお互いの話に夢中である。
「お花見祭り」という体でありつつも、すでに形骸しつつある会場内をタマモはひとりで歩いていた。
「──恋愛っていろいろな形があるものなんですねぇ」
とぼとぼと当てもなく彷徨いながら、タマモはティアナたちの話を反芻していた。
少し前まではアルスとともにいたタマモだったが、当のアルスから「あのふたりは当分ふたりの世界から戻ってくることはないでありますから、我が輩が面倒を見るので、タマモ殿はお好きにどうぞ」と放流されたのである。
もともとはティアナと一緒にお茶をするつもりだったが、その当のティアナが夫であるゴードンとイチャイチャを始めたため、ある意味肩身が狭かったタマモとしては渡りに船であったのだ。
肩身は狭かったのは事実だが、その反面、とても勉強になった。
人と人の有り様についてを、タマモはアルスたち三人から学ぶことができたのだ。
かつては三角関係を築いていた三人だったが、いまはアルスが身を引き、ティアナとゴードンが想い合っていた。
ひとりあぶれる形になったアルスだが、アルスにとってはそれが自身の幸せの形だと言い切っていた。
かつての過ちがあったからこそ、自身の気持ちに気づけたアルス。だからこそ、アルスは身を引いた。
ティアナもまたふたりを想うからこそ、どちらかを選ぶことができず、ふたりを争わせるという過ちを犯していた。
しかし、その過ちさえも、夫であるゴードンは気にしなかった。過ちを犯そうともゴードンはティアナを愛し、その愛を一身にティアナは受けていた。
アルスとティアナとは違い、ゴードンには過ちはない。だが、タマモが聞いた限り、一番危ういと思ったのはゴードンだった。
親友の過ちも最愛の妻の過ちも、すべてその一身で受け止める、まっすぐすぎるゴードンの有り様は眩しくもあるが、同時に心配となってしまう。
もっとも、タマモが心配するまでもなく、親友であるアルスと妻であるティアナがゴードンを支えている。
加えて、三人にとって頼りになる兄や姉であるアントニオとエリシアがいるし、さらにガルドとシーマまでいるのだ。
ゴードンが潰れるなんてことはまず起こりえないだろう。
「……こうして考えてみると、ゴードンさんって、主人公気質だったんですね」
そこまで考えて、ふとゴードンの有り様は、そのまっすぐすぎる有り様は、愚直とも言えるほどの有り様は、まるでゲームや漫画の主人公のようである。
「ブレイズソウル」においては、タンクであるゴードン。タンクとして常に最前線にいるゴードンだが、タマモの印象はかなり薄かった。
「ブレイズソウル」において、目立つと言えば、マスターであるアントニオ、その伴侶にして治療師であるエリシア、それにメイン火力であるティアナは誰に聞くまでもなく、目立った存在感を見せる。
アルスも戦闘中においてはそこまで目立ちはしないものの、要所要所におけるサポート役に徹し、そのサポート能力は目を見張るものがある。
そんな「ブレイズソウル」の中で、最前線を受け持つゴードンは、どうにもあまり目立たない。
とはいえ、ゴードンのプレイヤースキルが低いわけではない。が、高いとも言いづらい。
はっきりと言えば、没個性としているのだ。そんなゴードンだが、その有り様を踏まえると、不思議と印象が変わってくる。
それこそ、ゴードンこそが「ブレイズソウル」の中心だと言わんばかりにだ。
「ブレイズソウル」は王道の究極系といえるクランだが、その要こそがゴードンだといまでは思えてしまう。それほどまでにゴードンの主人公適性は非常に高い。
だが、本人があまり目立つのを嫌うために、主人公適性が高いことが知られていない。
それはそれでゴードンらしいとタマモは思う。そんなゴードンを誰もが愛している。その愛情に報いるべく、ゴードンはそのまっすぐな有り様をこれからも示し続けるのだろう。
「……本当にすごい人たちだなぁ」
武闘大会の2回戦で対戦してからの付き合いだが、あの完璧なチームワークには正直脱帽させられたものだ。
だが、いまは当時とはまるで違う思いを「ブレイズソウル」の面々には抱けている。
印象というものは、移り変わるものだ。相手を知れば知るほど、その印象は変わっていく。そのことをタマモは「ブレイズソウル」の面々から教えられた気分だった。
「教官と慕われるのもわかりますねぇ」
そう、しみじみと呟きながら、タマモがふと正面を見やった、そのとき。
「あ、タマモさん」
「ん~? あ、狐ちゃんにゃー」
聞き慣れた声が突然聞こえてきたのだ。声の聞こえた方へと顔を向けると、そこには「通りすがりの釣りキチ」ことにゃん公望と「通りすがりの漁師」こと七海の師弟コンビが連れ立って歩いていたのだ。その手にはこれでもかと言わんばかりの食糧が積まれていた。
「七海さん、にゃん公望さんも。屋台は大丈夫なんですか?」
「あぁ、そっちはもう大丈夫っす」
「もう食材切れで閉店ガラガラにゃ~」
「そのネタ、古いっすよ、師匠」
「そうかにゃ~?」
「そうっすよ」
わざわざシャッターを閉める本家のポーズを取るにゃん公望に七海はジト目で呆れ顔をしていた。……呆れているというのに、顔がほんのりと紅いあたり、七海のぞっこん振りがわかるというものである。
当のにゃん公望はそのことに気付いていないのか、それとも気付いていてあえて気付かないふりをしているのかは、いまひとつわからなかった。
「あ、そうだ。タマモさんもお呼ばれしませんか?」
「お呼ばれ、ですか?」
「そうにゃ~。これから「生産板」面々でお花見なのにゃ~。ソウルブラザーも大張り切りにゃのよ」
「え、でも、食材切れって」
「あくまでも、お客さんに提供する分は、ってことっす。内輪で食べる分とは別ってことっすね」
「……それ、いいんですか?」
「いいんじゃないかにゃ~? ソウルブラザーがいいって言っていたしにゃ~」
「おやっさんが、ですか?」
「そうにゃ~。珍しいこともあるもんにゃ~、ソウルブラザーはお客様ファーストの精神の持ち主にゃのに、俺たちの分も別途で用意するなんて、珍しいこともあるにゃ~」
しみじみとにゃん公望が頷いていた。その言葉にはタマモも同意見であった。
もつ煮込みの手解きを受けたときも、「お客様を待たせないことこそが、なによりも重要だ」と言っていたおやっさんが、にゃん公望の言う通りお客様ファーストの精神の持ち主であるおやっさんが、食材を分けておくといのは、なんとも違和感がある。
にゃん公望も首を傾げつつも、「まぁ、たまにはいいにゃよねぇ~」と笑っていた。
七海はまだそこまでおやっさんとの付き合いがないためか、「そういうことをしてもいいんじゃないっすか?」と言っている。
「とにかく、狐ちゃんもよければおいでにゃ~。木工や大工とかも来ているにゃよ~」
「木工さんたちもですか?」
「そうにゃね~。いないのは姐さんとファーマーくらいにゃね~。それ以外は全員集合しているにゃ~。にゃから、アイドルたる狐ちゃんも来て欲しいにゃよ~」
「へぇ」
通りすがりの木工職人や大工たちとは、まだ会ったことはない。というか、生産板の面々で会ったことがあるのは、目の前にいるふたりとファーマーことデント、さすらいの狩人こと柚香、それに流れ板ことおやっさん。あと宝石職人ことアイナくらい。
他の面々とは一切顔を合わせたことがなかった。
「それにしても、姐さんはいないんですね」
「にゃね~。同じサーバーのはずにゃんだけど、音信不通にゃのよねぇ~」
残念そうににゃん公望は頷き、タマモもまた残念がった。できることなら、いろいろとお世話になった姐さんこと「通りすがりの紡績職人」と知り合っておきたかっただけに残念である。
「まぁ、でも、ほかの奴らは来ているにゃから、一緒に行こうにゃ~」
ちょいちょいと手招きをするにゃん公望。その仕草はまさにリアル招き猫であり、なんとも演技がいいものであった。
タマモは笑いながら、「少しだけなら」と頷いた。
さすがに「ブレイズソウル」の花見席にヒナギクとレンを置いていきている手前、あまり長々と参加はできなかった。
だが、それでも問題はなかったようで、にゃん公望は「問題なしにゃ~」と肉球を向け、七海も「じゃあ、行きましょうっす」と空いてる手でタマモの手を取った
「こっちっすよ、タマモさん」
「ちょ、七海さん、そんなに急がなくてもボクは逃げないのですよ」
「まぁまぁ、こっち、こっちっす」
「な、七海さんってば~」
タマモは七海に手を引かれながら、生産板の面々が待つ席へと向かっていく。その背後からにゃん公望が「ふむ。これはこれで「てぇてぇ」にゃねぇ~」となにやらブツブツと呟きながら拝んでいたのだが、そのことにふたりは気づくことはなかった。
その後、「ちょっと待ってほしいにゃ~」とにゃん公望は急いでふたりの後を追いかけていった。
こうしてタマモは「ブレイズソウル」のお花見から「凄惨板」こと生産系職人の集まるお花見にも参加することとなったのだった。




