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23話 ある幼なじみたちの話 その終わり

 険悪な雰囲気だった。


 楽しいお花見だというのに、現在、NPCが営む茶屋では、険悪な雰囲気が漂い始めていた。


 その原因を作ったのは、ティアナとゴードン。現実で夫婦のふたりである。


 ティアナの自虐を聞いたゴードンが、泣きながら叫んでいた。その涙は怒りなのか、悔しさなのか、それとも悲しみによるものなのか。


 ゴードンが叫んだ「ふざけるな」という言葉だけでは、ゴードンの涙の理由まではわからない。


「……剛、どこから、どうして」


 ティアナは体を震わせている。ゴードンは泣きながら叫んだ。


「有人との喧嘩が君のせい? 妊娠がまともにできないから捨てられる? ふざけるなよ!」


 ゴードンは両拳を握りしめながら叫ぶ。その言葉を聞いて、タマモはゴードンの涙の理由を察した。


 知り合ったばかりとはいえ、ゴードンの性格などを踏まえれば、答えを導き出すのは容易──。


「……ごめん。ごめんね。いまさらなことを言って。でも、ぜんぶ本当のことだから。だから、その」


 ──だったのだが、どうにもティアナは勘違いをしてしまっていた。


 傍観者となってしまっているタマモでも、「いや、そうじゃないでしょう」とティアナが見当違いしていることには気づけた。


 付き合いの短いタマモでもわかることなのに、なぜ夫婦であり、かつては幼なじみであったティアナがゴードンの気持ちに気づかないのか。


 あまりにも近しいからこそ見えないのか。それとも罪悪感がティアナの目を翳らせているのか。おそらくはどちらでもあるのだろう。


 そして、そのことはゴードンも理解しているようで、一瞬、呆れたような顔を浮かべるも、このままでは拉致があかないと考えたのか、はっきりと言うことにしたようだった。


「それがふざけているって言っているんだよ! あぁ、もうはっきり言うからね、雫ちゃん!」


「え、あ、うん。……なにを?」


 案の定、ティアナはゴードンの激情の理由を理解していないようだ。


 罪の意識はそれほどまでに人の心を苛ませてしまう。かつて、その意識を抱いていたからこそ、タマモはティアナの言動を理解した。


 とはいえ、あくまでもそれはタマモだからこそ。激情に突き動かされているゴードンはそうではない。


 いや、仮に理解していたとしても、かえってゴードンの激情をより加速させる促進剤にしかならないのは明らかで、ゴードンは自身の前髪を掻きむしりながら叫んだ。


「君が言うことがすべてが本当だったとしても、どうしてその程度のことで君を捨てるなんてことになるんだよ!」


「……え?」


 ティアナはゴードンの言葉にあ然とする。無理もないなぁとタマモは思うも、その反応はかえってゴードンをより加速させてしまう。


「どうして、そこで「意味わからない」って顔するんだよ!? わかれよ、このくらい! 僕はなにがあっても、君を捨てるなんてことはない! だって、僕は、僕はなにがあっても、君を、雫ちゃんを心の底から愛しているんだから!」


 ゴードンは顔を真っ赤にしながら、自身の気持ちをまっすぐにティアナへとぶつけた。その言葉にティアナの顔も真っ赤に染まってしまう。


 ここが独立した空間でよかったとしみじみと思うタマモ。


「世界三大恥ずかしい告白」でもあるまいし、こんな人目もつくような場所で、堂々と告白するなんて鋼の心でも持っているのかと言いたくなる。


「ん? でも、あれ?」


 そこでふと疑問が浮かぶ。ここの茶屋のイートインスペースはそれぞれ独立した空間であり、他者が入ってこられないはずなのだ。


 なのに、なぜゴードンはこのイートインスペースに入ってこられたのか。


 タマモは恐る恐ると周囲を見回す。幸いなことに窓の向こう側にはプレイヤーたちはいるものの、現在のこちらの状況には気付いていないので、いまのゴードンの告白を聞いていたのはタマモだけ──。


「……タマモ殿、タマモ殿、こちらに」


 ──ではなかったようだ。不意にアルスの声が、呟くようなアルスの声が聞こえてきたのだ。


 見れば、イートインスペースの入り口でおぼんを手にしてどうすればいいのかわからない顔で突っ立っている店員さんの隣でなんとも言えない顔で、団子と団子の皿を持って頬張るアルスがいたのだ。


 ティアナとゴードンはすでにふたりの世界にいるようで、お互いしか見えていない。タマモはゆっくりと慎重な動きでふたりのそばから離れ、アルスと合流を果たす。


「……お疲れ様でありますよ、タマモ殿」


 ふたりに気付かれないようにして、そばから脱出を果たしたタマモに、アルスはねぎらいの言葉を掛けてくれる。


 労いつつ、アルスは「どうぞ」と自身も頬張りながら、団子の皿を差し出してくる。差し出された皿から団子を一本受け取り、頬張るタマモ。


 頬張りながら、「あれ、これ、ボクとティアナさんが頼んだものでは?」と思い、タマモが顔を上げるのとアルスが口を開いたのは同時であった。

「……一応言っておくでありますが、これは我が輩とゴードンの分でありますよ。タマモ殿たちの分は店員殿のおぼんの上でありますよ」


 タマモを一瞥しつつ、アルスが言った。その言葉を聞いて店員さんをみやれば、たしかにおぼんの上にはタマモとティアナが頼んだお茶のセットが乗っている。


 ただし、湯飲みの数が二人分にしては明らかに多かったが。


「……どうやら、この店は同じクランメンバーが利用中であれば、途中で合流可能となっているようなのでありますよ」


「あぁ、道理で」


 イートインスペースがそれぞれ独立するという仕組みは、本来ならクランごとで秘密裏な話をするために使用するためのものなのだろうとタマモは察した。


 入店時に全員が一緒に入店できればいいが、遅れて到着する者もいるだろうが、遅れて入店する者のために、いちいち退店してもう一度入店するというのは面倒だろうから、遅れた者用に途中合流可能ということにしたのだろう。


 だが、それであれば、こちらに一言掛けるないし、知らせる程度のことはできそうなものだが、タマモの知る限り、その手のやり取りはなかったはずで──。


「なお、我々は許可を受けているでありますよ」


「……え?」


「どういう方法を取られたのかはわかりませんが、おふたりのどちらからの許可を受けて、ゴードンとともに入店したのでありますが」


 団子を頬張りつつ、アルスが口にした言葉にタマモは固まる。固まりつつ、受け取った団子を頬張りながら、「そんな許可申請あったかな?」と考えるも、憶えはなかった。


「えっと、許可申請って出されましたか?」


 タマモはあまりにも憶えがなさすぎたので、店員さんに尋ねると、店員さんは「は、はい」と頷いた。


「メッセージがあったと思うのですが」


 店員さんの言葉を聞いて、タマモはウィンドウを開いてメニューを見やると、たしかに「許可申請を受諾しました」というメッセージがあった。


「……いつのまに?」


 思い出す限り、タマモはもちろんティアナも許可の申請を受諾してはいない。


 だが、タマモのメニューにはたしかに「許可申請を受諾しました」とあるのだ。


 いったい、いつのまにそんなことをしただろうかとタマモが悩んでいると、アルスが怪訝なお顔をして「もしかして」と言ったのだ。


「タマモ殿、もしや、一括許可のままでは?」


「……一括許可?」


 アルスの言葉に「はて」と首を傾げるタマモ。その様子を見て、アルスは「あぁ、道理で」と納得するも、タマモはアルスの納得を見ても理解はできないままである。


「えっと、どういうこと、でしょうか?」


「……先日のアブデで実装された機能でありますが、その様子ではアプデ自体知らなかったようでありますな?」


「……初耳、です」


「……まぁ、タマモ殿の最近のご様子からして無理もないでありますな」


 アルスは一応のフォローをしてくれたが、顔はあからさまに引きつっていた。


 その後、アルスが説明してくれた内容によると、一括許可というのは、タマモが知らなかったログイン中のプチアップデートにて、実装された新機能であり、その名の通り、様々な許可申請を一括許可するというもの。


 とはいえ、なんでもかんでも許可申請を受諾するものではなく、重要性のないもの、たとえば、今回のように入室許可の申請を受諾するなどの、いちいち確認するのも煩わしい申請を一括で許可ないし不許可するための新機能である。


 むろん、すべてを一括許可するだけではなく、個別に受諾するようにもできるし、従来通りにその都度許可申請を受けるようにもできるという、痒いところにちょうど手が届くような機能であった。


 その一括許可はアップデート後は、一律で許可となっているため、アップデート後は個々人でカスタマイズしてほしいというお知らせもあったとアルスから教えられた。


 アルスの言葉を信じないわけではなかったが、タマモが自身のメールボックスを確認すると、たしかにその内容のメールが届いていた。それも既読済みでである。


 日付を見ると、アンリが復活した後であるため、新着メールを片っ端から流し読みでもしたせいで、ちゃんと内容を確認していなかったのだろう。


 そうしてメールを確認した後、「設定」タブにあった「New」と書かれた項目「許可申請」の欄にある「一括許可」を念のために外して、従来の「都度許可」へとタマモは変更した。


 もっとも、いまさら変更したところで、タマモのやらかしがなくなったわけではないのだが。


 とはいえ、今回のやらかしはファインプレーとも言えるものだった。


「……ごめんね、剛」


「気にしなくていいよ。子供は欲しいけど、僕らなりのペースで頑張ろうよ」


「……それだけじゃなくて、その」


「あぁ、そっち? そっちならもう時効だよ。そもそも当時に言われても、「あ、そうだったんだ」としか思わないよ。僕がどれだけ雫ちゃんが好きだと思っているの? あまり舐めないで欲しいな」


 ファインプレーのおかげで、すうっかりとティアナとゴードンのわだかまりは解けたようだ。というか、普段よりもイチャついているように見える。


「……やれやれ、完全にふたりの世界でありますな。ああなると長いのでありますよ」


 アルスはおかわりした団子を頬張りながら、ため息を吐いていた。ため息を吐きながらも、その顔はとても穏やかである。……穏やかだが、ほんのわずかに寂しさを感じさせていた。


「アルスさん、いいんですか?」


「……いいんだよ、これで。俺はふたりを見守るって決めているんだ。それが俺の幸せの形だから。だから、これでいいんだ」


 アルスは笑う。やはり寂しそうに笑っているが、後悔の色は見えない。心の底からふたりの幸せを祈っているようだった。


「……アルスさん」


「なぁ~んて、カッコ付けすぎでありますかなぁ~? ははははは!」


 それまでの雰囲気とは一変し、豪快に笑いながら、ふたりを肴とばかりに団子のおかわりを注文するアルス。


 アルスの様子をみやりながら、タマモはアルスとふたりの世界に突入中のティアナとゴードンの有り様に、「恋愛」というものの奥深さについてを考えていくのだった。

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