46話 いつも通りの「フィオーレ」
終わらなかったZ☆E
「おはよう、タマちゃん」
「今日も元気そうだね」
畑にはすでにヒナギクとレンが立っていた。
よく見るとふたりは若干汗を掻いているようだった。タマモを待つ間に軽い準備運動をしていたのだろう。もっともふたりにとっての軽い準備運動が、一般的な軽い準備運動と同意なのかはわからないが。
「すみません、お待たせしましたか?」
「ううん、私たちもアップをしていたところだったから」
「待っていたって感覚はないから、安心していいよ」
ヒナギクもレンもインベントリからタオルを取り出し、汗を拭っていく。男女ふたりが汗を掻くというと妖しい響きがあるのだが、ふたりともわりと奥手のようで、いまはまだ幼なじみという関係から逸脱できていないようだった。
(傍から見れば、ヒナギクさんとレンさんは両想いのように見えるんですけどね)
そう傍から見れば、ふたりの関係はひと言で言えば「もう付き合っちまえよ、おまえら」という風に見えるのだ。もっともそのことを言ったところでふたりとも「ないない」とか言いそうだが。
どういうわけか、年頃であるのにも関わらず、ヒナギクとレンはお互いに向けている感情を成就させようとするどころか、理解すらしていないようだった。色気より食い気の年齢というところなのだろう。
(だからこそ、ボクにも勝機があるわけですけどね)
敗色濃厚はたしかだ。しかし敗色濃厚だからと言って挑戦しなくていいという理由にはならない。たとえ敗色濃厚であろうとも挑戦するべきだ。いや挑戦だけでは終わらないし、終わらせない。勝ってヒナギクを手に入れてみせるとタマモは決心を改めた。
「……なーんか、タマちゃんがヒナギクを見る目妖しいなぁ?」
「まるで小舅ですね?」
「いやいや、ヒナギクの旦那としては当然のことだと思うけど?」
「ははは、レンさんは冗談がうまいですよねぇ」
「いやいや、タマちゃんこそ敗色濃厚だというのに、その負けん気は素晴らしいよねぇ」
ヒナギクを見つめていたタマモの視線に気づいたレンが、訝しむような目を向けてくる。さすがの目ざとさだなと思いつつも、いつものように言い返すタマモ。その言葉をレンはあっさりと言い返してくる。お互いに一歩も譲る気のない舌戦がいつものように繰り広げられていく。
「……本当に仲良しさんだなぁ」
「きゅん」
舌戦を始めたタマモとレンを眺めつつ、ヒナギクはそばにいたクーを抱っこしながら、木材置き場の丸太に腰掛けていた。クーはヒナギクに抱っこされながら目の前で繰り広げられている舌戦を見て「ヒナギクの嬢ちゃんは罪作りな女だなぁ」と言うように、しみじみと「きゅー」と鳴いていた。「武闘大会」の当日だというのにも関わらず、「フィオーレ」のメンバーは平常運転だった。
そんな「フィオーレ」のメンバーがそろった畑へと駆け寄ってくる足音が不意に響いた。真っ先に気付いたのは獣人であるタマモだった。レンとの舌戦を行いつつも、駆け寄ってくる足音を耳にして首だけで振り返ると、農業ギルド側からデントが駆け寄ってくるのが見えた。
「おーい、タマモちゃーん」
「デントさん?」
毎日の風物詩となっていた絹糸の回収に訪れるデント。しかし今日はデントが訪れることのない日のはずだった。というのも「武闘大会」の当日はタマモたちも最終準備に勤しんでいるだろうということから姐さんこと「通りすがりの紡績職人」が、「武闘大会」当日の絹糸の回収はしなくていいというお達しをしていたからだった。そのことをタマモたちは前日に言われていた。だから今朝デントが絹糸の回収に来るわけがないはずだった。その来るはずのないデントが、なぜかタマモたち「フィオーレ」が集う畑へと向かって来ていた。
デントの訪問にタマモだけではなく、ヒナギクとレン、そしてクーまでもが首を傾げていた。「フィオーレ」のメンバーに揃って首を傾げられていることに気付くことなく、デントは小川を超えて、いつものように畑へと訪れた。
「デントさん、どうされたんですか?」
「いやぁ、昨日の夜にいきなり姐さんから頼まれごとをされてなぁ」
「姐さんに?」
「んだ。タマモちゃんたちに渡してくれって言われたんだよ」
「タマちゃんだけじゃなく」
「俺たちにも、ですか?」
「そだよ」
タマモだけではなく、ヒナギクとレンにも「通りすがりの紡績職人」からの贈り物がある。タマモだけであればわかるが、なぜ自分たちもだろうと思うヒナギクとレンだったが、デントは淡々とインベントリから託されたものを取り出したのだった。
明日こそは第二章終了です。たぶん!←




