21話 ある幼なじみたちの話 その5
満開の桜並木には、大小様々なグループで混雑していた。
大抵のグループは酒が入りすぎていて、喧噪を加速させている。
が、酒が入っていなくても場の空気に寄ってしまっているのか、二日酔い確定グループ同様に大騒ぎしているグループも少数だが存在していた。
並木道の喧噪は、花見という日本の特有の文化が、まるでDNAに刻み込まれたかのような光景であった。そんな光景の並木道をタマモは若干の居心地の悪さを感じながら歩いていた。
「──はぁ、まったく、なに話しているのよ、あいつらは~」
タマモのすぐ隣、正確にはやや前方を千鳥足気味に歩くティアナ。このティアナこそがタマモの居心地の悪さを感じている理由であった。
その理由はティアナ自身が言う通り、ゴードン、そしてアルスが話した内容。かつての3人のいざこざについてを話していたことをティアナにばれてしまったからだ。
その結果、ふたりがどうなったのかは言わずもがなである。あえて言うとすれば、桜の季節であるというのに、雪だるまが再び出現したということくらいだろう。
雪だるまを出現させてすぐ、タマモはティアナに強制連行させられてしまい、現在に至っていた。
タマモにはティアナの凶行は及んでいない。及んでいないが、油断をすればどうなるのかなんて考えるまでもない。
だらだらと背筋に冷や汗が伝っていくのを簡易ながら、タマモはティアナの、面倒な酔っ払いと化したティアナの地雷を踏まないように注意を払っていた。
「……いま、面倒な酔っ払いって思ったでしょう?」
ドキンとタマモの胸が高鳴った。手足はまるで痺れたように動かなくなるのに、顔だけは不思議と動いた。恐る恐るとティアナを見やると、ティアナは据わった目でタマモを凝視していた。
「え、あ、あの、ですね。えっと、その」
これ以上とないほどにしどろもどろになりながら、タマモはどうにかティアナの怒りを鎮めようとする。
だが、残念ながら、ティアナとの関係は武闘大会からなので、どうすればティアナの怒りを鎮められるのかがタマモにはわからなかった。
「あ、これはまずい」とタマモは思いつつ、せめて雪だるまになるまいと思考をフル回転させていた。
「あははは、冗談よ。気にしないで、タマモさん」
すると、ティアナが急に笑い出したのだ。
いきなりの展開にタマモは口を開けて、「ほえ?」とあ然となるが、当のティアナはタマモの反応を見てより一層おかしそうに笑っていく。
「なに、その顔~? 面白~!」
あはははと高笑いするティアナ。その様子に「あぁ、笑い上戸なのかな」と納得を見せるタマモ。
ティアナは笑いながら、千鳥足で並木道を歩いて行く。そのふらふらとした足取りは非常に危なっかしいものであった。
「ティアナさん。危ないですよ」
タマモは慌ててティアナの肩を担いだ。とはいえ、タマモの背丈ではティアナの肩にまで届かないため、五尾を使ってティアナの歩行補助を行うという程度であったが。
「ん~、あんがと~」
ティアナは笑いながら感謝してくれた。感謝してくれるのはいいが、それでも頭を左右にふらふらと揺らすのはどうだろうか。
(まぁ、酔っ払ったらこうなりますかねぇ)
成人手前なため、まだ飲酒はしていないタマモであるが、ネット界隈を見る限り飲酒による失敗エピソードは事欠かさない。
その失敗エピソードを顧みれば、ティアナのようになるのも無理もないと理解はできる。理解はできるが、まだ納得することはできなかった。
「タマモさんの尻尾ってふわふわねぇ~。上質なベッドみたい~。ねぇ、寝ていい~?」
「寝ないでください。立ちながら寝る奇行なんて見たくないのですよ」
「え~、意地悪~。ちょっとくらいいいじゃないの~。できるだけ涎を垂らさないようにするからさ~」
「そもそも涎を垂らそうとしないでください」
ティアナの妄言を切り捨てるタマモ。切り捨てながら、ティアナの隣を歩いて行く。
「それで、どこまで行くんですか、ティアナさん」
「ん~?」
「いや、「ん~」じゃなく。「着いてきて」と言われたからこうして着いてきましたけど、いったいどこに向かおうとされているんですか?」
そう、タマモがティアナの歩行補助までして、ティアナと会場内を練り歩いているのは、ティアナが「着いてこい」と言ったからである。
そう、ティアナは「着いてこい」と言ったが、「どこに行く」とまでは言っていないのだ。
ティアナはあてもなく、ふらふらと歩くだけで、いまだに「どこに向かっているのか」を言わずにいる。
プライベートすぎることに首を突っ込んでしまったがゆえの弊害だというのは理解しているものの、それでもこうもあてもなく練り歩くだけというのは、なんとも居心地が悪かった。
特に、練り歩く先で見かける人たちが、みんな楽しそうにしているのを見ると、「なんでこんなことをしているんだろう」という気持ちになってしまう。
いったいティアナはなんの目的があって、自分を引き連れているのだろうか。タマモはティアナの目的がまるでわからない。わからないまま、ティアナの隣を歩いていると──。
「……あ~。ここでいっか~」
──不意に、ティアナが脚を止めたのだ。その視線の先にあったのは、少し前にアルスとともに入ったイートインスペース付きの屋台であった。
「タマモさん、入るよ~」
「え? ここに、ですか?」
「うん~、ここでいいの~」
そう言って、タマモを先導するようにして屋台へと向かうティアナ。その後を追いかけて、タマモは屋台へと向かった。
「すみません~、おすすめを適当に見繕ってください~」
「居酒屋さんじゃないんですから! えっと、お茶とお団子のセットを二人分お願いします」
ティアナのなんとなくすぎる注文を切り捨て、タマモはアルスの際にも頼んだ注文を再度頼んだ。
NPCの店員はティアナの注文に「え?」とあ然としていたが、タマモが改めて注文をすると、「あ、はい。畏まりました」と受けてくれた。
注文を受けながらも、店員さんは「大変そうだなぁ」という目をタマモへと向けていた。
あからさますぎる視線が突き刺さるのを感じつつ、タマモはティアナを引きずる形でイートインスペースへと雪崩れ込んでいく。
「ごゆっくり~」という店員さんの声を聞きながら、専用のイートインスペースに入り、タマモは前回同様にカウンター席へと座り、ティアナを隣へと座らせた。
「タマモさんの尻尾、もふもふねぇ~。ふわふわでもふもふ。……なんか、美味しそう」
タマモの隣に座ったティアナは、五尾を撫でつつ、なぜか、じゅるりと唇を妖しく舐める。その言葉に五尾は反応し、その身を大きく震わせた。
「ところで、ここに来た理由はなんですか?」
五尾から「助けてください! このままだと食べられてしまいます!」というSOSが発されるも、「冗談に決まっているんだから、落ち着きなさい」とにべもなく切り捨てながら、ティアナの目的を尋ねるタマモ。
タマモの問いかけにティアナは「ん~?」と体を左右にふらふらと揺らしながら、カウンター席に両肘を突いて「目的、ねぇ~」と呟くティアナ。
ティアナの視線はタマモではなく、すぐ目の前にある桜の大木へと向けられていた。
「……ん~。なんとなく?」
桜の大木を眺めていたティアナが、しばらくして告げたのは、「なんとなく」という言葉であった。
「なんとなく、ですか?」
「そう、なんとなく、ここでいっか~って感じ」
「……」
ティアナの返答にどう返せばいいかわらず、沈黙するタマモ。そんなタマモを見てもティアナは相変わらずの態度である。
「桜はきれいねぇ~」
「そうですねぇ~」
「気持ち入ってな~い」
「そう言われましても」
完全に酔っ払いと化した、いや、少し前から酔っ払いとなっているティアナに、どう対応すればいいかわからなくなるタマモ。
当のティアナは相変わらずの様子で、参ったもんだなぁとタマモがため息を吐いた。そのとき。
「まぁ、そうねぇ~。気持ちがなかったから、あんなことになったもんねぇ~」
「……え?」
唐突にティアナが口にした言葉に、タマモは驚いてしまう。ティアナを見やると、ティアナは相変わらず顔を紅くしつつも、その目は酔っているというよりは、ひどく冷めた色をしていた。
「ここなら、誰にも聞かれないだろうし、ちょうどいいかなぁ~って思ったのよ」
ティアナの口調は先ほどまでの浮ついたものではなく、しっかりとしたものへとなっていく。
「酔っ払っていなかったんですか?」
「ううん~、酔っているよ~。……あの頃は悲劇のヒロインを演じていたことに酔っていたね~」
ティアナは目を細めながら、懺悔するように語っていた。その頬には赤みが差しているが、その目はやはりひどく冷めてしまっている。
「演じていた、ってどういうこと、ですか?」
「……最低だなぁと自分でも思うんだけどねぇ~。あたしさ、当時は剛も有人も、あー、ゴードンとアルスも」
「おふたりの名前はもう知っているというか、お話に出ていましたから、言い直さなくてもいいですよ」
「あ、そう? じゃあ、言い直さないねぇ~」
ゴードンとアルスの本名からHNに言い直そうとしたティアナだったが、すでに当のふたりから話を聞いていたタマモにとってはいまさらであったため、言い直さなくてもいいと伝えると、ティアナは素直に聞き入れてくれた。
「で、続きだけどねぇ。あたし、当時は剛も有人もどっちも好きだったんだよねぇ~」
「え?」
「でも、どっちも好きだったんだけど、その好きがどういう好きかわからなかったの。だから……とても最低なことをしたんだ」
「と言いますと?」
「……ふたりを争わせて、勝った方と付き合おうって。それまでは悲劇のヒロインじみたことをしようと思ったんだぁ」
ティアナは目尻に涙を溜めながら、振り絞るようにして、自身の行いを告げたのだった。




