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20話 ある幼なじみたちの話 その4

「あれは、有人と殴り合ってすぐのことだったよ」


 ゴードンが桜を眺めながら話し始めたのは、アルスとの殴り合いの顛末。


 当時のアルスの驕りゆえに、3人の中を引き裂いた事件のこと。


 タマモが知っているのは、アルスとゴードンと殴り合ったことと、その結果ゴードンとティアナが結ばれたということ。


 経緯も結果も知ってはいるが、アルスとゴードンが桜を眺める表情に、桜を見詰める瞳に特別感を漂わせている理由については知らなかった。


 その理由をゴードンはいまから語ると言う。


 もっとも、ゴードン曰く、「桜はそこまで関係があるわけじゃない」ということだったが、逆に言えば、ある程度は関係があるということだ。


 興味本位に聞く話ではないし、あまりにも個人的なものだから、首を突っ込みすぎるのも問題かもしれないが、ここまで来たらもう腹を括るしかないだろう。


 タマモはゴードンの話に耳を傾ける。ゴードンはタマモを見ることなく、淡々と当時のことを語っていた。


「有人と殴り合いの喧嘩をして、初めて勝った日から一週間くらいだったかな。僕と雫ちゃんは、有人を呼び出したんだよ」


「呼び出したって、なにか用事でも?」


「うん。一緒に遊ぼうってね」


「え?」


 当時のゴードンとティアナの行動はあまりにもアグレッシブすぎるものだった。


 アルスの話では、もともと負けるつもりでゴードンと殴り合いをしたということだったが、あくまでもそれはアルスにとっての話。


 ゴードンとティアナにとっては思い至ることもないこと。加えて、ふたりにとってアルスは、ある意味厄介な人物になっていたはずだ。


 ティアナにしてみれば、嘘を吐いた元恋人。ゴードンにしてみれば、自分を騙した元親友。


 嘘を吐き騙したのもなにかしらの大きな理由があれば、許すこともできたかもしれない。


 だが、アルスが嘘を吐き騙したのは、アルス自身の驕りゆえだ。


 タマモがふたりの立場であれば、許すことはなかなかできないだろうし、仮に許せたとしても時間はそれなりに掛かるはずだ。


 そんなアルスを殴り合いの喧嘩の翌週に、3人で遊びに行くために呼び出すというのは、アグレッシブにもほどがある。


 いや、アグレッシブを通り越して、一種の狂気としか言いようがない。


 アルスにしてみても、気まずくなるだけだろうから、どう考えても呼び出しを無視せざるをえないだろう。


「……アルスさん、呼び出しに応じられたんですか?」


「うん。裏技使ったし」


「裏技?」


「うん、あれ」


 ゴードンが苦笑いしながら指差した先には、ガルド、シーマ、アントニオを正座させながら、その前で仁王立ちするエリシアがいた。アルスはそのそばで体を縮ませている。


 少し前までは、エリシアが普段とはまるで違う悪鬼のような、アントニオたちになにやらプロレス技を仕掛けていたような、ありえない幻覚が見えていた。

 

 いまはその幻覚も収まり、アントニオたちは横一列にきれいに並んで正座を敢行していた。……アントニオたちがやけにボロボロに見えるのはきっと気のせいだろう。


「……えっと、エリシアさん、ですか?」


「そう。有人は昔からエリシアさんに頭が上がらなかったからねぇ。一時期グレていたけれど、それでもエリシアさんには敵わなかったどころか、泣かされていたからねぇ」


「……ボクの中のエリシアさん像が音を立てて崩れ去っていくんですが」


「知っている、タマモさん? 幻想は幻を想うって書くんだよ」


「Oh]


 関係者からはっきりとエリシア像が、お淑やかな清楚というイメージが幻想であることを伝えられてしまうタマモ。


 エリシアの関係者であるゴードンは「……気持ちはわかるんだけどねぇ」としみじみと頷いている。頷きながらも、「現実は世知辛いものだからね」とトドメとなる一言を告げてくれる。


「有人を呼び出すのは簡単だったよ。エリシアさんにいままでの所業を伝えるって言ったら、すぐさま飛んできたよ。当時の有人は涙目だったね」


「……まぁ、それまでの所業を踏まえればですよねぇ」


「そうだねぇ。ただ、エリシアさんやアントニオさんはそれとなく察していただろうけど」


「そうなんですか?」


「うん。だって、当時は僕ら3人がぎくしゃくとしていたし、殴り合った後は、僕と有人の顔がすごいことになっていたし。なにかあったと思うでしょう?」


「……それもそうですね」


 言われてみれば、当時のゴードンたち3人の状況を踏まえれば、エリシアとアントニオを始めとした彼らの周囲の人々がゴードンたち3人の中が拗れてしまっていることに気付くことは容易だっただろう。


 気付くことはできても、問題解決の一助はできなかった。しようとしても、その解決を本人たちの間で行ってしまったのだから、ある意味エリシアやアントニオたちにとってみれば、歯がゆい状況だったのかもしれない。


「そんなわけで、どうにか有人を呼び出した僕と雫ちゃんは、そのまま3人で遊びに行ったのさ。でも、遊びに行っても喧嘩の傷が響いて、まともに遊べたわけではないんだけどね」


「そりゃそうですよ」


「あははは、だよねぇ。でも、当時の僕らはそうでもしないといけなかったんだよ」


「どうしてですか?」


「だって、早くしないと有人は、僕たちとそれまで以上に疎遠になるってわかっていたし」


「わかっていた?」


「うん。有人はさ、子供の頃からカッコつけでねぇ。カッコいいと思うことは全力でやるんだけど、逆にカッコ悪いことは絶対にしたがらないんだよねぇ。で、僕と喧嘩したことは、有人にとってみれば汚点に近いことだから。それ以前に、有人がしでかしたこともあいつにとっては汚点そのもの。となれば、僕たちからいままで以上に距離を置こうとするのも当然だもの」


「……アルスさんのこと、わかっておられるんですね」


「当然だよ。僕らにとっての幼なじみであり、僕にとっての一番の親友のことだもの。わかっていないはずがないじゃないか」


 ゴードンは自信を持って答えた。その答えにタマモは胸の奥がずきりと痛む。タマモにとっての一番の親友である莉亜とは、武闘大会以来まともに会話をしていない。


 タマモ自身はまるで気にしていないのだが、当の莉亜が気後れしているため、会いに行こうにも会って貰えないのだ。


 いまのタマモと莉亜は、当時のゴードンとアルスに似ている。


 タマモも莉亜のことはよくわかっている。だが、いまはすれ違っている。そのすれ違いはいずれどうにかなるとは思う。ゴードンの話はその一助になるかもしれない。タマモは改めてゴードンの話に耳を傾ける。


 ゴードンはタマモの思惑を知ってか知らずか、話の内容を加速させていく。


「だからこそ、あいつのことがわかっているからこそ、放っておくなんてできなかった。あいつは僕の一番の親友であり、僕と雫ちゃんにとっては一番の理解者なんだ。だからこそ、あいつとの仲が拗れたままなんて嫌だった」


「……」


「それでもたった一週間前に殴り合ったばかりで、傷もお互いに癒えていない状態で遊びに呼び出すのはどうかなといまでは思うけどね」


「それは、そうですよ。だって、傷が癒えていなかったら、なにもできないじゃないですか。ご飯だってまともに食べれるか怪しいですし」


「あははは、まさにその通りでね。汁物はもっての他だし、固いものとかも食べるのが大変だったんだ。で、選んだのがクレープだったわけ」


「あぁ、なるほど。クレープ生地は柔らかいですし、傷が癒えていなくても食べれますもんね。……お腹には溜まらないでしょうけど」


「うん。あくまでもスイーツだからねぇ。ツナマヨとかピザ味とかの食事になりそうなクレープもあったけれど、雫ちゃんが買ってきてくれたのは、桜クリームのクレープだったよ」


 そう言ってゴードンは再び桜を見上げる。その目はとても穏やかだった。


「あのとき食べたクレープの味は忘れられないんだよね」


「美味しかったから、ですか?」


「うーん、美味しかったけど、美味しかった以上に痛みが勝っていたかなぁ」


「痛み?」


「うん。クレープでもね、食べたら痛くてねぇ。味は美味しかったけれど、あまり楽しめなかったね」


「……どれだけ殴りあったんですか、おふたりは」


「あははは、あの頃は若かったからねぇ」


 クレープを食べても痛たかったというゴードン。殴り合ったことは知っているが、本当にどれほどに殴り合ったのかとタマモはほんのわずかに背筋が寒くなる。


 そんなタマモにゴードンは苦笑いしていた。


「雫ちゃんがね。「代わりに食べようか」って言ってくれて、僕は代わりに食べてもらおうかと思ったんだけど、有人は「いや、食べきる」って言ったんだ」


「辛かったのでは?」


「うん。辛かったと思うよ。でもあいつ、まぁたカッコつけやがったのさ。「この痛みは、おまえらを傷付けた痛みよりもはるかに軽い。この痛み程度耐えられないなんて、カッコ悪すぎるだろう」ってね」


「それは、カッコつけですねぇ」


 ちらりとタマモはエリシアの隣で縮まっているアルスを見やる。とてもではないが、ゴードンの話に出るカッコつけの中学生の未来の姿とは思えなかった。


「で、それを聞いたらさ、僕だって負けてられなくなってね。「おまえの痛みなんかよりも、僕の痛みの方が痛かったんだぞ」って言って、クレープにかじりついたんだ。「一番の親友に騙されたんだから」ってね」


「……アルスさんは、なんて?」


「苦々しそうな顔をして、「悪かったって思っているよ!」って言って僕よりも多めにかじりついたんだ。で、その言葉に「気持ちが感じられない」って偉そうなことを言い返したら、「気持ちってなんだよ、気持ちって」って逆に言い返されてね」


「……あー、そうなります、よねぇ」


 ゴードンの言い分もわからないわけではないが、アルスの反論も真っ当だった。


「そこからはまぁ意地の張り合いでね。クレープを食べ終わっても、お互いに買いに走って、半ば競争じみた感じでクレープを食べ続けたのさ。食べながら、お互いに言いたいことを言い合って、どっちも小遣いを使い切ったあとは、そのまま口喧嘩になったよ」


「……殴り合いの次は言い合いですか」


「あははは、そうだね。親友同士だったからこそ、一度ぶつかったらお互いに矛を下ろすことができなかったんだ。でも、だからこそ、いまがあるんだよね」


「と言いますと?」


「お互いに言いたいことをすべて言い終わったときには、もう日が暮れちゃってね。でも、気持ちは高ぶったままだったから、「先週みたいに殴り倒してやる」って気持ちになっちゃっていたんだけど、そこに雫ちゃんがさ、文字通り水をかけてくれたんだよね。それもどこで借りてきたのか、バケツに溜めた水で」


「……ティアナさんらしいですね」


「そうだね。で、お互いに濡れ鼠になったら、急に冷静になって、気付いたらお互いを指差しながら笑っていた。ティアナちゃんも人をびしょ濡れにしたくせに笑っていたよ。笑いながら、「仲直りのおやつ」って言って、3人分のクレープをくれたんだ」


「……画が想像できますね」

 

 夕暮れの中で、笑いながらクレープを食べ合う3人。この世界の中での3人しか知らないが、それでもなんとなくそのときの光景は想像できた。


「そのときもやっぱり痛みが勝っていたんだけど、美味しかったよ。仲直りができたからね。……本気でぶつかったからこそ、言葉も拳も本気でぶつけ合ったからこそ、いままでよりも有人と通じ合えたって思ったんだ」


 ゴードンは笑う。その笑みを見ながら、タマモは「ボクはどうだろうか」と思った。ぶつかり合ったものの、まだ拳だけだ。言葉ではまだ本気でぶつかり合っていない気がする。


 それは莉亜だけじゃない。アンリとも同じだ。まだ本気で言葉と言葉をぶつけ合っていない。言葉をぶつけ合わずして、お互いを理解し合うことは難しい気がした。


「ぶつけ合ったからこそ、ですか」


「うん。まぁ、拳はどうかと思うけど、でも、言葉はぶつけ合わなきゃいけない。だって、言葉は想いを伝えるためにあるものだからね。それがどんな想いであっても、秘めてるだけじゃなんの意味もない。秘めてる想いを伝えるためにあるもの。それが言葉だと僕は思うんだよ」


「想いを伝えるために、あるもの」


「うん。僕はそう思っている。だからこそ、いまの僕たちがあるとそう僕は思っている」


 そう言ってゴードンは口を閉ざした。その目もその顔も晴れ晴れとしていた。


 晴れ晴れとしたゴードンの様子を眺めながら、タマモは頭の中で「言葉は想いを伝えるためにある」というゴードンの言葉を反芻させる。


 タマモに響かせたことを知ってか知らずか、ゴードンはタマモを見て微笑んでいた。が、ゴードンに見られていることに気づくことなく、タマモはゴードンの言葉を何度も何度も反芻させていた。


 ゴードンが口にした「言葉は想いを伝えるためにある」は、その後、タマモの人生において大きな比重を持つ言葉となるが、そのことをこのときのタマモはもちろん、当のゴードンも思い至ることはなかった。


 咲き誇る桜の下、ふたりはそれぞれの反応を示しながら、隣り合っていたのだった。


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