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19話 ある幼なじみたちの話 その3

「──お待ちどう様でありますよ~」


 アルスとの話を終えたタマモ。


 アントニオから頼まれた食糧を持って、「ブレイズソウル」席へと戻ったふたり。


「ブレイズソウル」席には、すでにガルドたち「ガルキーパー」の面々と「素封家」の面々がアントニオとエリシアと交じって盛り上がっていた


「おう、帰ってきたなぁ~」


 顔を真っ赤にして、がはははといつものように笑うガルド。そのガルドと肩を組んでシーマも笑っていた。


「ガルキーパー」の面々と「素封家」の面々にとっては、その光景はいつも通りのものであるが、今回はそこにアントニオも加わっていた。


 ガルド、シーマ、アントニオの3人が肩を組んで豪快に笑っていた。全員が顔を真っ赤にして飲め騒げやの大騒ぎ中であった。


「ご苦労さん、アルス。おまえと一杯やれる日が来るとはなぁ~」


 シーマが上機嫌にアルスに声を掛けてきた。上機嫌なシーマの様子に、アルスは若干うんざりとした様子を見せる。


「シーマの兄さんにそう言って貰えるのはありがたいでありますが……お三方、酔っ払いすぎでありますよ?」


「ん~? なんだって~? 聞こえないぞ、アルス~? がはははは!」


 アントニオがガルドとシーマと同じように豪快な笑い声を上げていく。


 容姿はまるで違うのに、とてもよく似た醜態を晒す3人。「さすがは幼なじみだなぁ」とタマモが思う中、やはり3人の幼なじみにして、アントニオの妻であるエリシアがひとり大きくため息を吐く。


「……アントニオも、ガルドくんもシーマくんも、そろそろいい加減にね?」


 エリシアは痛そうに額を押さえていた。額を押さえながら、エリシアはお弁当のおかずを食べると日本酒を一口含むという上品な飲み方をしていた。


 ただでさえ、清楚という言葉を体現したようなエリシアだからこそ似合っているのだが、その清楚ささえも覆い尽くすほどに、いまのエリシアは絶望感を漂わせていた。


「いいじゃないかぁ~、エリシア。たまにはさ、がはははは!」


 エリシアの様子を見ても、アントニオは豪快に笑っていた。ガルドとシーマも同じように豪快に笑いながら、「そうだそうだ」と頷いている。


 そんな夫+幼なじみふたりを見て、エリシアのため息はより深くなっていく。


「……姉上、お労しやでありますよ」


「……わかってくれるなら、手を貸してくれないかしら、アルス?」


「……承知しております」


 エリシアの様子を見て、アルスがほろりと涙を流すと、アルスの言葉を聞いたエリシアが小さくため息を吐きながら、口角を大きく歪めて笑った。いや、嗤ったのだ。


 エリシアの笑みにアルスは背筋は大きくぴんと伸びてからの敬礼を行った。敬礼しつつも、その体が小さく震えているのがなんとも言えない。


 エリシアの表情の変化に、普段とはまるで違う怖い笑顔にタマモも背筋がぞくっとしたが、アルスの反応はタマモ以上であった。


 エリシアの実弟であるからこそわかるものがあるのだろう。


 もしくは、実弟として生きてきた年月ゆえに知ったナニカがあるのだろう。


 アルスは完全に恐怖に染まっていた。


「いったい、なにがあったんですか」と聞きたい反面なにも聞きたくないとも思ってしまうタマモ。


 というか、タマモは自身の中のエリシア像を壊したくないと本気で思ったため、あえてアルスとエリシアから視線を外した。


「……はぁ、アントニオさんたちは、本当に」


 そうして視線を外した先には、これから起こるであろう惨劇を想像したのか、顔を青くしつつもあきれ顔となったゴードンがいた。


 不思議なことにティアナの姿はない。いや、姿がないのはティアナだけではなく、レンとヒナギクもいないようだった。


「ゴードンさん」


「うん? あぁ、タマモさんか」


「あの、レンさんたち知りませんか?」


「レンくんたちなら、ティアナちゃんと一緒に買い出しに行ったよ」


「買い出し、ですか? もしかしてボクとアルスさんが戻るのがちょっと遅かったからですかね?」


「いや、そうじゃないよ。アントニオさんたちの分とは別だよ」


「別ですか?」


「うん、実はね、ティアナちゃんが酔っ払い過ぎちゃって手当たり次第に食べるものだから、僕らが食べる分がなくなっちゃってね」


 あははは、と苦笑いするゴードン。タマモはゴードンの隣に腰を下ろしながら、ゴードンの話を聞いていく。


「そんなに食べたら、タマモさんの分もないじゃんかって言ったら、「なにか食べるもの買ってくればいいんでしょう~」って言い出しちゃってね。いくらゲーム内だからといって、酔っ払った状態で女性ひとりを買い出しに行かせるのはって、ふたりが付き添いに行ってくれているんだよ」


「そうでしたか」


「いや、うちの嫁がごめんね」


 やれやれと肩を竦めるゴードンにタマモは「気にしないでください」と笑った。


「それに食糧なら買ったものがありますし」


「あー、そっか。でも、それって例のお嫁さんたちと食べる分でしょう?」


「そう、ですね。でも、まぁ、少しくらいなら食べてもいいかなって思いますし」


 あははは、と力なく笑うタマモ。タマモの笑みを見てゴードンは「……タマモさん」と気遣うような視線を向けてくる。


 気遣わなくてもいいと思いつつ、タマモはふとつい先ほどのことを思い出した。


 周囲には誰もおらず、アルスとエリシアは、エリシア主体でアントニオたちへの制裁を始めていた。


 視界に一瞬だけ映った光景をあえて思考の外へと追いやり、ちょうどいいタイミングかもしれないとタマモはあえて不躾な質問をすることにした。


「あの、ゴードンさん」


「うん?」


「ティアナさんを巡ってアルスさん殴り合ったって」


「ごふっ!?」


 ゴードンがわずかに残っていたおかずを口に含んだのと同時に、タマモはアルスから聞いた話をかつての三角関係のことを尋ねた。


 とたんに、ゴードンは噎せ込んでしまう。タマモは慌ててゴードンの背中をさする。ゴードンは何度も咳き込みながら、周囲を見渡し、誰の耳にも届かない上京であることを確認してから、ひそひそと声を潜めた。


「そ、それ、誰から……って、アルスからか」


「ええ。さきほどちょっとそういう流れになりまして」


「いや、どういう流れなのさ、それって」


 ゴードンは頬を赤らめながら、恨めしそうに幼なじみ兼親友を睨むも、その視線にアルスが気付くことはなかった。


 それでも恨めしそうにアルスを見やりつつ、ゴードンは小さくため息を吐いた。


「……まったく、あいつは。なんでタマモさんにそんなことを」


 ぼりぼりと後頭部を搔きつつ、ゴードンは困った様子を見せる。が、「まぁ、いいか」と小さく息を吐くと「それでなにが知りたいの?」と尋ねてくる。


「……知りたいと言われましても、その、衝撃的すぎたので、本当だったのかなと。あ、いや、別にアルスさんを疑っているわけじゃないですよ? それにゴードンさんの反応を見て、本当だったんだというのもわかりましたから」


 アルスの話を作り話だとは思っていない。思っていないが、やはり衝撃的すぎた。その衝撃ゆえについついと真相を確かめたくなった。


 当事者のひとりであるゴードンにも尋ねたのは、その程度の理由だった。ほんの軽い気持ちだったのだ。


 その理由を聞いて、ゴードンはため息交じりに「なるほどねぇ」と頷いた。


 頷きながらゴードンはタマモから視線を外して、咲き誇る桜を見詰めていく。


 桜を見詰めるゴードンを見て、タマモは「そういえば」と思った。


「桜はなにか関係ありますか?」


「え?」


「いや、アルスさんの話を聞いたのも、桜クリームのクレープを食べてからなんですよ」


「……そっか、なるほどね」


 言葉少なく頷くゴードン。その反応からしてやはり桜が当時の事件と関わり合いがあることは間違いないようだった。


「……桜はそこまで深く関係があるわけじゃないんだよ。ただ、うん。殴り合ったのがちょうど桜の季節だったってことだよ。あとティアナちゃん……雫ちゃんと一緒に食べていたのが、タマモさんが食べたのと同じ桜クリームのクレープで、それを3人で改めて食べたってことだよ」


「3人で、ですか?」


「あれ? そのことは聞いていない?」


「ええ。ボクが聞いたのはアルスさんとの殴り合いでゴードンさんが勝って、ティアナさんを任せられたってところまでです」


「なるほどね。じゃあ、そうだな。僕はその後のことを話そうかな」


 ふふふと含むように笑いながら、ゴードンは再び桜を見詰めながら語り始めた。


「ちょうど、アルスと、有人と殴り合ってすぐのことだったよ。僕ら3人の関係を元通りにすることができたのはね」


 ゴードンは懐かしそうに目を細めながら淡々と語る。その内容にタマモは耳を傾けるのだった。

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