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17話 ある幼なじみたちの話 その1

「──まぁ、こんなものでありますかな?」


 アントニオから追加の食糧の買い出しを頼まれ、アルスとともに屋台街へと向かうことにしたタマモ。


 その屋台街で目につくものを予算内で手当たり次第で買いあさっていたふたりだったが、アントニオから手渡された予算が底をついたことで買い出しを終えることにした。


 インベントリ内は、まだまだ余裕はあっても、資金が底を付いたなら終了は当然である。


「見事に使い切りましたね、アルスさん」


「ひとつふたつだけ買って、残りを懐に入れようなんて狡いことなど、社会人になればしないでありますよ。こういうときには予算一杯に使うのが正解でありますからな」


 予算をすべて使い切ったアルスを意外そうに見やるタマモに、アルスは苦笑いした。


 タマモが言ったことは、聞きようによっては、アルスがアントニオからもらった予算は、最低限使い、残りは懐に入れそうなのにと言っているようなものだった。


 たしかにそういう手段も取れなくはないが、「あれだけ渡してこれしか買っていないのか?」などと言われ、「もう一度行ってこい」と再び買い出しに行かされることは目に見えている。


 予算の残りを懐に入れようという手段が通用するのは、あくまでも未成年まで。それも小中学生くらいまでである。


 アルスも小中学生くらいの頃は行っていたが、社会人、いや、年齢をある程度重ねたらやらなくなった手段である。


 社会人となった現在、そんなことをする意味はない。あったとしても、後に面倒事に発展する可能性さえあるため、リターンに対してリスクがあまりにも高すぎている。


 アルスは苦笑いしながら、あっさりとタマモの言葉を否定する。


「あぇ? ……あ、そういうことじゃないです。ただ本当にきれいに使い切られたなぁと思ったので」


「あぁ、そういうことでありますか」


 アルスに否定されたタマモは、一瞬唖然とし、意味合いが違うと慌てた。その様子にアルスもまたタマモの真意に気付いた。


 タマモの「使い切った」という意味は、単純に「1シルさえ残さず使い切った」ということであった。


 事実、アントニオからもらった予算のすべては、追加の食糧へと化けている。


 残ったのはお駄賃で、予算は1シルさえ残っていない。


 様々な屋台で買い出しを行っていたふたりであるが、屋台毎に出し物は様々であり、値段もまた同じ。


 であるのに、すべての予算を予算内一杯で使い切ったアルスの手腕に、タマモは驚いていたということだ。


 アルスはやや邪推して、タマモの言葉を聞いてしまい、結果勘違いしていたということである。


「すっかりと勘違いしていました。申し訳ないでありますよ、タマモ殿」


「あぁ、いえ、語弊がある言い方をしたボクも悪いので」


「いやいや、ここは我が輩が邪推したことが原因でありますよ。……ゴードンめにしてやられてしまったことで、少々ふて腐れていたので、それで言葉を素直に聞き取れなくなっていたであります。本当に申し訳ない」


 アルスは申し訳なさそうに頭を下げる。アルスの謝罪にタマモは再び慌ててしまうが、ふと「あ」と小さい声を漏らした。


 その声にアルスが顔を上げ、タマモの視線を追う。そこにはクレープの屋台があった。


「……ふむ。では、あちらで好きなものを奢るということで手打ちとしてもらえるでありますかな?」


「アルスさんがいいなら」


「ええ、構わないでありますよ」


「では、それでお願いします」


「ははは、了解であります」


 すぐ近くにあるクレープの屋台へとふたりは横に並んで向かった。


 屋台には待ちの客はおらず、ちょうど空いていた。運がいいと思いつつ、タマモは屋台の店主に、生地の準備を行っている女性店主に声を掛けた。


「すみません、ひとつお願いします」


「はーい。お味はなにが──え?」


 タマモが店主に声を掛けると、店主は当初笑顔だったのが、タマモを見てその動きをぴたりと止め、その数秒後──。


「た、タマモさん!? うわぁ、本物だ!」


 ──店主のテンションは限界突破したのだ。女性店主の見目は眼鏡に黒髪おさげという、「文学少女と言えば」と誰もが想像するであろう見目の持ち主でありつつ、お約束とも言えるほどになかなかのスタイルの持ち主でもあった。


「あ、はい。タマモです」


 店主のテンションに若干引き気味になりつつ、タマモは頷くと、店主のテンションはより上昇し、「握手してください」や「サインください」などと若干ミーハー気味な言動を行っていく。


「あぁ、お会いできて光栄です。私、最初の武闘大会のときからタマモさんのファンなんです」


「あの頃から、ですか?」


「ええ! 「ガルキーパー」、「フルメタルボディズ」戦を経ての「紅華」戦での一騎討ち! あのときのお背中を見てからずっと、ずっっっっっっとファンです!」


 女性店主は目をキラキラと輝かせながら熱い想いを語っていく。その熱量にタマモは苦笑いを浮かべつつ、カウンターに置かれているメニューを見やる。


 定番のイチゴクリームから始まり、チョコやバナナ、ツナマヨネーズなどの変わり種も一通り揃っていた。が、タマモの目に留まったのは期間限定と書かれた「桜クリーム」というものだった。


「あの、この桜クリームをいただけますか?」


「あ、はいはい! すみません! すぐにご用意しますね。私ったら、ついつい憧れの人に会えて興奮しちゃいました」


 頬を搔きつつ、申し訳なさそうに謝る女性店主にタマモは「大丈夫ですよ」と声を掛けると、女性店主は「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をする。


 視線がつい女性店主の一部分に向かいそうになるのを必死に堪えながら、タマモはできる限り笑顔を浮かべる。


 そんなタマモの葛藤をアルスは隣で「あー」と苦笑いしながら見守っていた。……見守りながら、その目はどこか遠くを眺めるように、ほんのわずかに細められていた。


「アルスさん?」


 アルスの視線に気付き、タマモが呼びかけるとアルスは「……え?」と顔を上げる。顔を上げたアルスは少し慌てたように、「あ、いや、なんでもないでありますよ」と繕った。


 繕うもその顔は複雑なものだった。ベースは悲しみだが、わずかに怒りの色が混ざっているようにタマモには思えたのだ。


 これといってアルスを怒らせた憶えはない。せいぜいが買い出しの予算のことくらいだが、クレープを奢ることで手打ちにしてほしいとアルスが言ったこともあり、すでに精算はされているはず。


 であれば、なぜアルスの表情は複雑なものになっているのか。


「どうかしましたか?」


「……なんでもないでありますよ」


「ですが」


「お待ちどう様です!」


 アルスの変化について、タマモが言及しようとするが、それよりも早く女性店主が桜クリームのクレープを差し出してきたのだ。


「あ、ありがとうございます。お値段は」


「400シルですが、今回は」


「では、こちらでお願いするでありますよ」


「え? あ、はい。毎度ありがとう、ございます」


 差し出された桜クリームのクレープを受け取り、値段を聞くと女性店主は400シルと告げるも、続きの言葉を言おうとしたが、アルスが400シルをカウンターに置いた。


 女性店主にとっては想定外だったのだろうか、驚きつつも受け取った。


「店主殿。握手やサインでは代金にならないでありますよ? こういうときはちゃんと代金をもらうべきであります」


「ぁ……たしかにそうですね。申し訳ないです」


「いえいえ、では、我が輩たちはここで。それでは参りましょうか、タマモ殿」


「え、ええ。じゃあ、店主さん、またどこかで」


「あ、はい! そのときはよろしくお願いします」


 女性店主は再びきれいにお辞儀をする。女性店主の一部分がより強調されてしまい、タマモはどうにか、断腸の思いで視線を逸らしながら、笑顔を浮かべつつ、その場を後にした。


 クレープの屋台から離れて、しばらくしてアルスが喉の奥を鳴らすようにして笑った。


「タマモ殿、あの店主殿の胸部に目が行っていましたな?」


「……行っていないです。行きそうになっただけですから」


「左様でありますか。まぁ、無理もないでありますよ。あれはすごかったでありますからなぁ」


 ははは、とにやつくように笑うアルス。その言動にタマモは唸りつつ、奢ってもらった桜クリームのクレープを頬張る。


 桜の塩漬けと生クリームを合わせたのだろうか。甘いクリームとともに、ちょうどいい塩みと桜の風味が口の中に広がっていく。


「美味しいです」


「左様でありますか。奢った甲斐がありますな」


 含むようにしてアルスは笑う。笑うが、その笑顔はどこかいつものアルスとは異なっていた。さきほどの屋台で見た複雑な表情のままでアルスは笑っているのだ。


 なにがアルスの琴線に触れたのか。タマモはクレープを頬張りながら考えるも、答えは出ず、自然と首を傾げた。


「……別にタマモ殿が悪いわけではないでありますよ?」


 首を傾げたと同時に、アルスがあっさりとタマモが悪いわけではないと告げた。


 アルスの言葉にドキリと胸が高鳴りつつ、恐る恐るとアルスを見上げるタマモ。そうして見上げたアルスは少し前までの複雑な表情から穏やかな笑みへと変わっていた。


「……アルスさん、なにかあったんですか?」


 アルスの変化にタマモはついストレートに事情を聞いてしまった。あまりにもまっすぐな物言いに当のアルスはおかしそうに笑った。


「そうでありますなぁ……あそこの団子を奢って貰えるでありますか? それで語ると致しましょう」


 そう言ってアルスが指差したのは、珍しい団子の屋台であった。それもイートインスペースもある屋台であり、NPCが運営しているようで、イートインスペースはそれぞれに独立した空間になっていると立て札に書かれていた。


「……じゃあ、行きます?」


「ええ……タマモ殿に楽しんで貰える話ではないとは思いますが、まぁ、宴の席のほんの余興でありますよ……勘違いしたどこかのバカがやらかした失敗談でいいならなんだけどね」


 ぼそりとアルスが最後に付け加えた言葉は、普段のアルスの口調とは異なるものだった。


 普段と異なるアルスの口調にタマモは驚くも、アルスは「ささ、行きましょうでありますよー」と脳天気そうに振る舞いながら、屋台のカウンターに向かい、すでに注文を始めていた。タマモは慌てて残りのクレープを口の中に放り込み、アルスとともに注文を行う。


 ふたりが注文したのは団子とお茶のセットで、二人分で800シルとなった。


 そのセットをカウンターで受け取り、隣のイートインスペースに足を踏み入れると、一瞬で独立した空間に、それまでの喧噪が嘘のように聞こえない、アルスとタマモだけの空間に入り込んだ。


「さて、座りましょうか、タマモ殿」


「あ、はい」


 イートインスペースにある席は複数あり、ふたりが選んだのは窓際にあるカウンター席だった。そのカウンター席に隣り合わせで腰掛けると、ふたりはそれぞれにお茶を啜った。


「うーん、いい渋みでありますな」


「ええ、渋みの中にまろやかな甘みもある。いいお茶です」


「ははは、お若いのに、この味がわかるでありますか。これはこれは」


「……あー、こう見えても成人手前なんです」


「おや? そうだったでありますか? てっきりレン殿やヒナギク殿と同じくらいかと思っておりましたが」


「うん? ふたりも同い年くらいですよ?」


「え? あの方々はまだ中学生でありますよ?」


「……は?」


 アルスの言葉に完全に唖然となるタマモ。その様子に「あ、これマジで知らなかったな」とアルスは焦りを見せる。


「あー、これは失言でしたかな?」


「あ、いえ、別にそういうわけじゃないです」


「左様でありますか? ならいいのでありますが」


 そう言って再びお茶を啜るアルス。タマモも倣ってお茶を啜りながら、「そういえば年齢を直接聞いたことなかったな」といまさらなことに思い当たるタマモ。


 精神的に大人びているから、てっきり同い年ないし近い年齢だと思い込んでいたが、考えてみれば時々幼さを感じる面もあった。


 大人びつつも、幼さを感じる言動もする。たしかに言われてみれば、タマモも中学生時分では、そんな感じだった気がする。アルスがふたりが「中学生だ」と言うのもわかる。


「アルスさんは、なんで」


「直接レン殿よりお聞きしましたでありますよ」


「あ、そういう」


「あとはあの方々の言動を踏まえたら、おそらくは中学上がり立てか、少し経ったくらいと思いましたので、さりげなく尋ねてみたのでありますよ」


「……さすがは学校の先生ですね」


「ふふふ、常日頃から日に日に成長する子供たちと触れ合って養った感覚でありますな」


 お茶を啜りながら、アルスの話を興味深く聞いていくタマモ。アルスと言えば、「ブレイズソウル」の教官たちの中で随一と言っていいほどに残念な人物という印象だったが、このわずかなやり取りだけでその印象が大きく変化していく。


「……さて、そろそろ本題と行きますかな」


 お茶をある程度堪能した後、アルスは湯飲みをテーブルに置きながら遠くを見やる。


 その様子に佇まいを直してタマモは「どうぞ」と告げるとアルスはおかしそうに笑いながら、口を開いた。


「あるところに3人で一組の幼なじみがいた。ツンツンしたかわいい女の子と引っ込み思案な男の子、そしてなにをやってもある程度はこなせる、自称天才のバカという一組の幼なじみたちの、ちょうどレンくんやヒナギクちゃんくらいの頃の話さ」


 アルスは遠くを眺めつつ、自嘲するような響きで、普段とは異なる口調で語り始めるのだった。

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