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16話 タマモの疑問

 満開の桜の下で、黙々と食事をする集団があった。


 種族や年齢も様々な一団であるが、全員にひとつの共通点が存在していた。


 全員がなにかしらの形で「ブレイズソウル」──「EKO」における「教官」と呼ばれ親しまれるクランと関係を持っているということ。


 その証として、全員の胸元には桜の花のコサージュが付けられていた。


 コサージュは「ブレイズソウル」の教えを受けた者ないし、関係者であるという意味を持っていた。


 コサージュを付けた関係者だけが揃い、本来なら、和気藹々と食事を楽しむはずだったのだが、現在の「ブレイズソウル」席は、半ばお通夜ムードと化している。


 誰もが極度の緊張感の中にいるのか、その顔は非常に強ばっているうえに、誰もが大量の汗を搔きながらの食事を行っている。


 ほんの少し前までは、無礼講とばかりに音程がずれた合唱や騒がしい笑い声が絶えなかったとは思えないほどの変動ぶり。


 その変動の原因がなんであるのかは、「ブレイズソウル」席で花見に参加する面々は誰もが理解していることであった。


「──あー、すっきりした」


 お花見から一転し、お通夜となった「ブレイズソウル」席で、事言葉通りにとてもすっきりとした顔で、お弁当を食べるティアナ。


 他の参加者が極度の緊張を強いられた原因を作った張本人である彼女は、ひとり笑顔で義姉であるエリシア手製のお弁当に舌鼓を打っていた。


「ん~。エリシア姉のお弁当はやっぱり美味しいねぇ~。まぁ、色合いがちょっと地味だけど」


 満面の笑みを浮かべつつ、義理の姉のお弁当を褒めるティアナ。その口元はわずかに付いたタレで汚れている。


 ティアナのアバターは、エルフであるものの、若干幼さの残るタイプであるため、いまの口元を汚す姿とは非常にマッチしている。マッチしているが、それをティアナに言おうとする勇者はいまこの場には存在しえない。


「もう、そういうことを言うのなら、あなたはあなたでまともな料理を憶えなさいな」


 エリシアは苦笑いを浮かべつつ、ナプキンを片手にティアナの口元を拭っていく。


「だって、エリシア姉のご飯が美味しすぎるからいけないのよ。私が同じように作っても、エリシア姉と同じ味にならないもの。なら、エリシア姉に作ってもらった方が手っ取り早いわ」


「手っ取り早いとか、そういうことじゃないでしょう? あなたもちゃんとした料理を頑張って憶えなさいと言っているの」


「いや、だって、仕事が」


「それを言うのなら、私だって仕事があるのよ?」


「……むぅ」


「むぅじゃありません。あなたのことだから、どうせ、いつものように豪快すぎる料理なんでしょう?」


「ち、違います~。ちゃんとパスタも作っているし」


「パスタ、ねぇ? ちなみにパスタを茹でで、市販のソースを掛けるだけじゃないでしょうね?」


「……」


「こら、こっちを見なさい、ティアナ」


 エリシアとティアナの言い合いが行われるも、その内容は義理の姉妹というよりかは、母と娘のやり取りというべきものだった。


「いや、違うの。違うのよ、エリシア姉。これは時短のためなの」


「時短ですって?」


「そうよ。だって、パスタソースを作ろうにも、いろいろと材料もいるし、フライパンとかの調理器具を複数使うことになるじゃない。そうすると、片付けにも時間掛かるじゃない。でも、市販のソースを使えば、片付けに掛かる時間も短くなるし、ついでに調理時間もパスタを茹でるだけで済む。ほら、どう考えても市販のソースは時短レシピとなるのよ!」


 くわっと目を見開きながら、全力でダメなことをぶちまけていくティアナ。


 義妹のあまりにもあんまりな発言に、言葉を失い、頭を痛そうに押さえるエリシア。


 頭を痛そうに押さえつつ、夫であり、ティアナの実兄であるアントニオをエリシアが見詰めると、当のアントニオは「あー」や「んー」などのコメントに窮しているようであった。


 ティアナの調理技術云々は、アントニオにも原因があると言っているも同然の反応であった。


「……はぁ、ゴードンが嘆くのも当然かしらね」


 最終的に大きなため息を吐き、手に負えないとばかりに匙を投げるエリシア。その言葉にティアナは理解できないとばかりに首を傾げていた。


 そんなふたりのやり取りを聞きながら、タマモとヒナギクは戦慄したような顔でティアナを見詰めながら、ひそひそと小声で話をしていた。


「……ヒナギクさん、もしかしてティアナさんって、初期のボクよりも酷いのでは?」


「……可能性は高いかも」


 初期のタマモ以下というあまりにも強すぎるパワーワードに、タマモもヒナギクも言葉を失う中、ついにアントニオが重たい口を開いた。


「あー、まぁ、その、なんだ。ティアナの場合はだね。うちの両親が共働きということもあって、基本的に食事は俺が作っていたんだよ。で、まぁ、その、俺はそこまで調理が得意ってわけじゃなかったからさ、ついつい男飯と言うか、そういうものを作るのが多かったから、その、ね」


 しどろもどろになりつつ、アントニオがティアナの擁護を行うも、事実上、ティアナの調理技術があんまりな理由はアントニオだったと認めるようなものであった。


 アントニオの苦渋の言葉にエリシアは「そうね。そうだったわね」とため息を吐く。そのため息にアントニオは身を縮ませていく。


 それはアントニオとエリシアの夫婦間でのパワーバランスがどうなっているのかの縮図とも言える光景だった。


 が、兄夫婦のパワーバランスがどういうものなのかを間近で眺めつつも、ティアナは我関せずとばかりにエリシアのお弁当に舌鼓を打っていく。


 そんなティアナにエリシアが再びのため息を吐くのと同時、ティアナの癇癪の餌食となったゴードンとアルスがようやく復活を果たした。


「……酷い目に遭ったであります」


「そうだね。でも、付き合ってくれてありがとう、アルス」


「……付き合ったじゃなく、巻きこんだの間違いでありますよ」


「ははは、そうとも言うね」


「……そうとしか言わないでありますよ」


 ゴードンののほほんとした言葉に、ジト目を向けるアルスだったが、のれんに腕押しとばかりのゴードンの様子にため息を吐いた。


 性格はまるで異なるものの、苦労人気質なところはエリシアとアルスはそっくりであった。さすがは姉弟というところであろう。


 共通点と言えば、アントニオとティアナの兄妹も調理下手という共通点を持っている。


 それぞれに共通点を持った兄妹ないし姉弟たちだが、上同士では結ばれ、下同士は結ばれていない。


 とはいえ、幼なじみ同士は結ばれなければならないという法律はないので、結ばれてなかったというのも不思議なことではない。ないのだが、タマモは「どうして結ばれなかったのだろう」というあまりにも突っ込みすぎた疑問を抱いてしまう。


 が、それを口にするほど野暮ではない。野暮ではないが、九尾からのアドバイスで様々な人の話を聞くようにと言われていた。


 ティアナとアルス、それにゴードン。この3人の関係はタマモを取り巻く環境とは違うが、タマモは不思議と3人の関係が気になってしまっていた。


 とはいえ、不躾に聞くのも憚れる内容であった。どうしたものかと頭を捻らせていると、突然アントニオが「そ、そうだ」と手を叩いたのだ。


「アルス。悪いんだが、そろそろ買い出しをお願いしてもいいかい?」


「買い出し、でありますか?」


「あぁ、これからガルドたちも合流することになっているんだが、急だったこともあって準備が間に合っていなくてね。彼らの分の買い出しを君にお願いしたいんだが」


「それは構いませんが、我が輩だけだと」


「もちろん、君だけには任せるなんてことはしないさ。誰か補助を」


「あ、じゃあ、ボクがお手伝いしますよ」


 ガルドたちが合流するため、追加の料理の手配をアルスに頼むアントニオ。


 話の流れを踏まえると、アントニオ自身がいたたまれなさからの解放されたいということもあるのだろう。


 加えて、ティアナの餌食となったお詫びも兼ねるつもりなのだろう。


 アントニオはアルスに買い出し資金とお駄賃をともに渡し、その額に一応の納得を見せるも、さすがにひとりでは厳しいと告げるアルス。


 アントニオは補助を付けると言い、その補助を誰に頼もうかと周囲を見渡そうとしていた。そこにタマモが立候補した。


 タマモにとってはちょうどいい機会でもあったため、真っ先に手を挙げたのだ。


 タマモが立候補したことをアントニオは意外そうな顔を浮かべるも、「まぁ、本人がいいならいいか」と納得した。


「それじゃ、タマモさんと一緒に買い出しに行ってくれるかな、アルス」


「はぁ、まぁいいでありますよ。義兄上の頼みとあれば致し方ありません」


「そうかい。ならよろしく頼むよ。タマモさんも悪いけれど、お願いするよ」


「はい、問題ありません。それじゃアルスさん、お願いしますね」


「……こちらこそでありますよ」


 アルスはため息交じりに頷いた。


 こうしてタマモはアルスとともに「ブレイズソウル」席から離れて、一路屋台街へと向かうことになった。


 その道中でティアナとアルス、ゴードンの3人の秘めたる関係を知ることになるとは、このときのタマモは思いもせず、「少しでも話が聞ければいいなぁ」とだけ考えながら、アルスとともに屋台街への道程を進んでいくのだった。

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