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8話 問い掛け

 朝焼けのような光だった。


 タマモのおたまとフライパンから生じる光は、朝日のような眩い光を放っていた。


「これは」


「眩しっ!」


 あまりの光にそばにいたアンリとフブキが悲鳴じみた声を上げていた。


 当のタマモも不意討ちであったため、若干の被害を、残光を受けているものの、今回が初めてではなかった。


 その光は以前も見たものだった。


 プレイヤーの持つ、ともに成長する武器である「EK」が進化の際に放つ光。


 最初の進化、つまり「銀のおたま」と「銀のフライパン」に進化した際、事前に集めていた情報では、軽く光るという程度というはずだったのに、実際には眩むほどの光を生じていた。


 今回も目を開けていられないほどの光が、黄金に似た光が周囲を照らしていく。


 最初の進化の際は、夜だったこともあり、急に昼間になったのではないかと思うほどだった。


 いまはまだ昼前であるし、一度経験したことがあるため、そこまでの衝撃はない。


 が、眩むほどに光るのは勘弁して欲しいものである。特に今回のような完全な不意討ちはだ。


 タマモは残光がよぎる中、薄らとまぶたを開いて、手元にあるおたまとフライパンを見詰めていた。


 すると、不意に光が止んだ。


 いや、世界が真っ白に染まった。


 隣にいたはずのアンリもフブキも、シュトローム配下のスライムたちもいない。


 それどころか、周囲にあった森も、チャーホを釣っていた渓流も、はるか遠い空までも。


 すべてが消えた、ただ真っ白な空間にタマモはひとり立っていた。


「……ここは?」


 ぼんやりとしながら、タマモは周囲を見渡す。けれど答える声など──。


「本当に優秀な子やね」


 ──あるわけがないと思っていた、そのとき。タマモの耳朶に、からからと笑う声が聞こえてきた。


 声の聞こえてきた方を見やれば、そこには花魁のような服を、若干着崩した派手な和服を身につけた美女が立っていた。


「……あなた、は」


「また会うたなぁ。言うても、わからへんやろうけど」


 くすくすと女性は笑っている。笑っているが、少し寂しそうであった。


 その笑顔はどこかで見覚えがあった。いや、どこかでではなく、確実に以前見た記憶があった。でも、それが思い出せない。


 いったいどうしてだろうとタマモが思考を巡らしていると、女性は喉の奥を鳴らして笑った。


「無理に思い出さんでええわぁ。忘れとって当然なんやさかい」


 女性はタマモが思い出さないのが当然だと言った。


 どうしてそう言うのかはわからない。


 だが、その言葉を受け入れることはタマモにはできなかった。


 できないや無理などという言葉を、タマモは受け入れることができなかった。


 それでも、どれほど思考を巡らしても、目の前の女性のことを思い出すことはできない。


「諦め悪い子やなぁ」と女性が若干呆れ始めたとき。


「……おタマ、さん」


 タマモが口にした、どうして口にしたのかも、タマモ自身もわかっていない名前を口にすると、女性は目を見開いて驚いた。


 が、当のタマモはその様子を見ていない。見てはいないが、一度その名を口にすると、次々に記憶が蘇っていった。


 それはまさに記憶の奔流とも言うべきもので、堰き止めていたなにかをあっさりと崩壊させていき、そして──。


「……お久しぶりなのです、おタマさん。また会えて嬉しいのです」


 ──タマモは目の前の女性、いや、おタマに笑いかけた。当のおタマは信じられないものを見るように何度も瞬きを行っていたが、すぐに破顔した。


「……優秀な子ぉやちゅうのんはわかとったけど、こないとはね。困った子ぉやわぁ」


 おタマは笑いながら、ため息も吐くという器用なことをしながらも、そこで佇まいを直した。


「改めて。久しぶりやな、タマちゃん」


 おタマは以前の、氷結王の貯蔵庫で出会ったときのように笑っていたが、その笑みはすぐに消えて、不承不承と言わんばかりに顔を顰めてしまう。


 なにかしただろうかとタマモが内心思っていると、おタマは言った。


「無理しすぎやわぁ。タマちゃんに掛けた封印を強引にこじ開けるなんて。タマちゃんにしたのは、特に厳重にしいた封印やのに」


 困った奴だと言わんばかりのおタマ。その言葉にタマモは苦笑いするしかなかった。


「笑えるこっちゃあらへんのやけどなぁ」


 おタマはいわゆるジト目でタマモを見詰める。タマモは苦笑いをやめて、バツのわるそうな様子で頬を搔く。


 そんなタマモにおタマは再びのため息を吐いた。

「まぁ、ええけどなぁ。おかげさんでまたこうして話ができるんやさかい」


 そう言っておタマは笑った。その笑みにタマモも笑顔を浮かべていく。


「そやけど、ほんまに成長早いなぁ。もう次の封印を解くまでになるなんて」


「封印……この子たちのことですよね?」


 タマモは両手のおたまとフライパンを、いまだに輝き続けるおたまとフライパンを握ると、おタマは静かに頷いた。


「もう少し先になる思うとったんやけど、やっぱししゃもじと出会うたんのが切欠になったかな」


 しゃもじ。おタマが口にした言葉に、タマモの脳裏に一月前の武闘大会の決勝戦の出来事が蘇る。しゃもじを手にして血走った目をしたアオイの姿がだ。


「……想定通りに暴走しとったね。そやけど、あれもうあの子に紐付いてしもうている。回収は無理やな」


 おタマはタマモの変化を感じ取っているのか、淡々と告げると、「それで」とおタマは続けた。


「どやった?」


「え?」


「そやさかい、気分はどや? 気持ちよかった?」


 笑いながらおタマが言った言葉の意味を、タマモは理解することができなかった。


「気持ちよかった、ってなにがですか?」


「うん? 復讐できたこと。復讐できて満足かいな?」


 おタマが笑いながら告げた言葉に、タマモは声を失う。だが、おタマは無視するように続けた。


「大切な人を殺した相手をぶちのめした。さぞ気分がええやろうなぁ思うんやけど、違うたかいなぁ?」


 ニコニコと笑いながらおタマが続ける。タマモは震えながら「そんなことは」とどうにか口にできた。だが、おタマは止まらない。


「そうなん? だって、あないぶちのめすことを熱望しとったやんか。それが叶うたとちゅうのに?」


「……ボクが望んでいたのは、そんなことじゃ」


「同じだろう? そなたは、そなたの愛する者を取り戻そうとした。その障害が彼女だった。すなわち、そなたの愛する者を取り戻すことで障害を取り除こうとすることは同じことであろう?」


 おタマの口調が変わる。見れば、おタマの様子は変わっていた。服装は変わらない。しかし、その背には星々の光のように輝く金色の9つの尾が見えた。


「……九尾の狐」


「左様。我が名は九尾の狐。そなたのはるか遠くの祖である。我が愛おしき裔よ。そなたはなぜそのように顔を曇らせる? 先ほども言ったが、そなたはそなたの望みを叶えられたではないか。なのに、なぜそなたの顔は曇る? 愛する者の記憶がないからか? もしくは復讐し足りぬゆえか? さて、どちらであろうか?」


 おタマこと九尾の狐は嗤う。少し前までの親愛さは欠片もない。冷徹な目でタマモを見詰めている。


「……それとも、そなたはどちらでもないと申すのか? 復讐には満足し、愛する者の記憶がないことも問題ではないと?」


「……それは」


「無理に答えなくてもよい。だが、我の目にはいまのそなたは揺れ動いているように見える。少し前までは、大木のようであった。土に根を生やす大木のようであった。だが、いまは風に靡く柳のように細く頼りない。なにがそなたの顔を曇らせる? 申してくれれば、我がその問題を排除しよう。……そのようなものはいらぬと、存在そのものを消滅させたうえで、な?」


 にやりと口元を大きく歪ませる九尾。その言葉にタマモは弾かれたように顔を上げる。タマモの脳裏に浮かぶのは、かつてのアンリの笑顔だった。


「……ふむ。なるほど。やはり、いまのアレはいらぬか。であれば、消してやろう。そして新しく作り直してやろうではないか。そなたの思う通りの娘として。新しく我が作り直そうではないか」


 くすくすと囁くように九尾が嗤う。タマモの思考を読んでいるのか、それとも元からわかっていたのか、九尾はアンリについての言及を続ける。


 その内容は到底頷けるものではなかった。


「やめて、ください」


「なぜ? そなたが想うのは、いまのあの娘ではないのであろう? そなたが想うのは、死する前の娘であろう? いまの、そなたのことをなんとも想っていない彼女ではない。なら、そんな者はいらぬと捨て去ればいい。我が力でかつての彼女のを取り戻す、と。冒涜とも取れる行動ではあるものの、我が愛おしき裔のため。その冒涜をあえて冒してやると言うておるのだぞ?」


「そんなこと、ボクは望んでなんかいない」


「では、なぜ顔を曇らせる? 娘のことでなければ、復讐相手をもっと痛めつけたかった? であれば、我が力を以て彼奴の四肢を封じようか。そのうえで衆目の前で思う存分痛めつければいい。ああ、もしくは犯すのもありかもしれぬな? 肉体的にも精神的にも襤褸にしてやればよい」


「それも、違う」


「では、なにゆえだ? なにがそなたは気に入らぬ? 復讐をなし、不完全な形とはいえ、愛する者を取り戻せた。なのに、なぜそなたは顔を曇らせる? どうして満足しておらぬのだ?」


 九尾がまっすぐにタマモを見据える。冷徹そのものだった瞳に、いまは温かみを感じられた。九尾の視線を浴びながら、タマモは「なぜ」という言葉に思考を巡らし、そして──。


「わからないんです」


「わからない?」


「どうしていいか。どうすればいいのかがわからないんです」


 ──タマモが告げたのは、涙ながらに告げたのは、そんな短い弱音だった。

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