5話 空虚な笑みを浮かべて
「それじゃ、お疲れにゃ、狐ちゃん」
「お疲れ様っす、タマモさん」
「はい、お疲れ様でした、にゃん公望さん、七海ちゃん」
食べられる分だけのパンフィッシュ料理に舌鼓を打った後、タマモはにゃん公望と七海が別れることになった。
パンフィッシュ釣りとその後の調理や、実食だけでログイン限界が近付いていたのだ。
タマモよりも先に現地入りしていたにゃん公望と七海は、もう限界近くになっていたこともあり、この場で別れることとなった。
ふたりは慌ただしくテントを設置した。どうやら今回はこのセーフティーエリアである湖の畔でログアウトを行うようだ。
単純に思った以上に時間が掛かったため、ここでログアウトするしかなくなってしまったのだろうが。
「すみません、ボクが時間を掛けすぎてしまって」
「いやいや、気にしにゃいでいいにゃ~。そもそも、パンフィッシュ釣りを誘ったのは俺らにゃんだから、狐ちゃんは気にしなくてもいいにゃ~」
「そうっすよ。パンフィッシュの場合は、調理と実食を含めてのものっすから。タマモさんが気にされることじゃないっす。むしろ、気にするべきなのは自分と師匠っすから」
「七海の言うとおりにゃ~。ついついと釣り上げすぎたにゃよ。加えて、押しつけることになっちゃったし」
タマモは釣りに時間を掛けすぎたことを謝るが、逆に七海とにゃん公望に謝られてしまった。
特にパンフィッシュを釣りすぎたことと、そのパンフィッシュをタマモに押しつけてしまったことに対してである。
ふたりの言うとおり、タマモは今回食べきれなかったパンフィッシュのすべてをふたりから受け取っていた。
すでに血抜きだけではなく、内臓も処理し終えているため、すぐにでも調理ができるようになったパンフィッシュが200尾超。
パンフィッシュは、レア度が低いこともあり、ひとつのスタックで99尾まで可能である。
タマモのインベントリには限界までスタックしたのがふたつと途中までのスタックのものがひとつ追加されている。
骨が多く、身の少ないパンフィッシュだが、味自体は悪くなかったため、「タマモのごはんやさん」で期間限定メニューとして出すことができそうだと判断したタマモが、ふたりからパンフィッシュを買い取ったのだ。
買い取り値段は、1スタックで200シルなので、買い取り金額は500シル前後という、現実ではありえないほどの低価格であるが、タマモが買い叩いたわけではない。
にゃん公望と七海が「レア度1の、それも外道扱いされる魚だから」と1尾1シルでいいと言ったのだ。
が、さすがにそれは安すぎるとタマモが交渉した結果、1尾1シルではなく、スタックで200シルとしたのだ。
1スタック200シルでもまだ安すぎるほどだが、それ以上はふたりが「逆にもらいすぎだ」と譲ってくれなかったのである。
それは買い取り交渉としては、本来なら買い手側ができる限り安値を、売り手側ができる限り高値を目指すべく交渉としては、ありえない光景であった。
とにかく、そうして200尾超の処理済みパンフィッシュをタマモは格安値段で手に入れることができたのだ。
実はというと、その値段交渉に掛かった時間もあり、ふたりとはここで別れることになったのだが、それを含めてふたりは特に気にしていないようなのが、タマモにとっては救いであった。
「いえいえ、処理済みのパンフィッシュを格安価格でこんなにも買い取れたのです。こちらこそありがたいくらいです」
「もうちょっと安値でもよかったんにゃけどねぇ~」
「いや、これ以上は買い叩きになりますよ」
「別にそれでもいいんすけど」
「いや、そればかりはダメです」
「……狐ちゃんが思ったよりも頑固なのが、今日改めてわかったにゃよ」
「本当っすね」
交渉は済んだが、それでもまだにゃん公望たちはもらいすぎだと言うが、当のタマモがこれ以上の安値はダメだと譲らなかった。
そんなタマモをふたりは「頑固」と呆れつつ笑っていた。
「おっと、もうギリギリにゃね。それじゃ、狐ちゃん、慌ただしくて申し訳にゃいけど、またにゃ」
「また今度っす、タマモさん」
「はい、また今度」
事前にタイマーをセットしていたのだろう。にゃん公望からアラート音が鳴り始めた。ふたりはそれぞれのテントに入りながら、タマモに手を振る。タマモはふたりに手を振り返しながら、ふたりがログアウトするのを見守った。
ほどなくして、ふたりがログアウトし、寝息もなく寝始めるのを見届けたタマモ。
このままここで釣りを続けるのもありと言えばありだが、ここのセーフティーエリアでは、タマモの「釣り」スキルのレベルではパンフィッシュしか釣れない。
そのパンフィッシュもいまのタマモのレベルでは、いくら釣っても経験値となることはない。
実食中にそのことを改めて説明してもらいながら、タマモは次に狙うべき魚についてをふたりから教えてもらっていた。
次に狙うべきなのは、ふたり曰く、レア度3にあたる大食いバスとのことだ。
大食いバスとは、現実世界でいうオオクチバス、つまりはブラックバスのことで、この大食いバスでレベル7までは育てられるということだ。
もしくはタマモが以前に釣りまくったチャーホでも問題ないということだ。初めての魚を狙うか、慣れているであろうチャーホかはタマモ次第となった。
にゃん公望は「まぁ、次のログインまでに決めておけばいいんじゃないかにゃ~?」と言ってくれていた。
本来ならそろそろタマモもログイン限界近くである。大食いバスを狙うにせよ、チャーホを狙うにせよ、制限時間間際であるため、次のログイン時にするしかないのだ。あくまでも、ログイン限界があるとすれば、だが。
「……移動しようかな」
タマモはフレンドリストを出し、エリセに連絡をする。エリセは「すぐに向かう」と言い、本当に瞬く間にタマモの元へと転移してきた。
「氷結王様の御山に」
「はい、旦那様」
脚代わりにしているようで気が引けるが、エリセはにこやかに笑いながら、タマモの手を取り、転移でタマモとともに氷結王の御山へと移動してくれた。
ほんの一瞬で景色が移り変わり、湖の畔から静かな山の中へ、氷結王の御山へと転移するタマモとエリセ。
「あ、お帰りなさいませ、奥様、眷属様」
御山に転移すると、ちょうどフブキが、エリセの補佐役となったフブキが背負子を背にして、山菜やら山の果実を採集しているところであった。
その傍らには、同じように背負子を背にするアンリもいた。
アンリにとっては背後、フブキにとってはちょうど正面に位置する場所にふたりは転移したようであった。
フブキの言葉にアンリはタマモたちが転移してきたことに気付いたのだろう。
樹上の果実をもぎ取りながら、アンリは振り返った。
「お帰りなさいませ、エリセ様、旦那様」
アンリは穏やかな表情でタマモたちを迎え入れてくれた。
表情は穏やかだが、どこかよそよそしい。そのよそよそしさはエリセではなく、タマモに対してのものであるのは明らかであった。
そんなアンリにタマモは胸を痛ませながら、できる限り笑顔を作った。
「ただいま、アンリさん」
タマモは「アンリ」と呼び捨てではなく、最初の頃のように「アンリさん」と呼んだ。
タマモへの気持ちを忘れてしまった、いまのアンリに対してどう接するべきなのかがわからないがために、タマモもまたよそよそしくなってしまっていた。
ふたりの様子にエリセとフブキはなんとも言えない困った顔をしているが、ふたりの反応を見ても、タマモはどうするべきがわからなかった。
わからないまま、タマモは笑う。その笑みが自分でも空虚じみたものであることを理解しながらも、笑みを浮かべることしかできなかった。




