4話 これからのことを
にゃん公望と七海との釣りを行うこと、数時間。
にゃん公望と七海は釣り上げたパンフィッシュが100尾の大台をとっくに超えた頃──。
「やっと「釣り」レベルが5になりましたよ」
──タマモの「釣り」のレベルが5となった。
パンフィッシュを初めて釣り上げてから、数えること5尾ほどでタマモは「釣り」スキルを生やし、即座に取得した。
そこから釣り続けること数時間、釣り上げたパンフィッシュは約20尾ほど。そうして延々と釣り続けてようやくタマモは目的の「釣り」レベルを5まであげることができた。
すでににゃん公望と七海は、パンフィッシュ釣りをやめており、タマモのためにとパンフィッシュの調理を始めていた。
「おー、お疲れだにゃ~」
「お疲れ様っす、タマモさん」
調理を行いながら、にゃん公望と七海はタマモの奮闘を讃えていた。
にゃん公望はともかく、七海も釣り上げたパンフィッシュを見事な手際で捌いていた。
「あ、手伝いますよ」
「にゃははは、もう大丈夫だにゃ~。食べる分はもう捌き終えたからにゃ~」
「なら食べる分ではなく、釣り上げた分は全部をまだ血抜きできていないので、そちらをお願いしてもいいっすか?」
「もちろんです。エラから包丁を入れるで大丈夫ですか?」
「問題なしにゃ~。七海、あとは俺がやるからおまえは、狐ちゃんの手伝いをして欲しいにゃ~」
「うっす、師匠」
七海からパンフィッシュの血抜きを頼まれたタマモ。その七海も後の調理はにゃん公望に一任し、釣り上げた残りのパンフィッシュの血抜きをタマモとともに行うことになった。
が、その残りのパンフィッシュがなかなかの難問である。
というのも3人合わせて300尾ほどのパンフィッシュを釣り上げたのだ。
パンフィッシュ自体は小さめの魚種であるものの、にゃん公望や七海の釣り上げたパンフィッシュはなかなかの大きさのものばかり。
いくらパンフィッシュ自体が小さな魚種であっても、ふたりの釣り上げたサイズは、最大サイズに、一般的に最大と言われるサイズに近い。
最大サイズ目前のパンフィッシュが200尾超となると、3人ではどうあっても食べきることは難しい。
ちなみにタマモの釣り上げたパンフィッシュは幼魚から卒業したくらいのサイズであり、数も少ないということで、今回それらはすべて食べきることになっている。
ゆえに、残っているのはにゃん公望と七海が釣り上げた中から最大サイズを除いたサイズ。それでも一般的な最大サイズに近い30センチを超える大物ばかり。
その数が200尾超。現実でも目を疑うほどの釣果である。その目を疑う量のパンフィッシュを七海とタマモは流れ作業で次々と血抜きを行っていく。
ついでに内臓も処理しておいてほしい、とにゃん公望に言われたふたりは、血抜きをタマモが、内臓の処理を七海が行う形で流れ作業を変えていく。
ふたりが流れ作業でパンフィッシュの処理を行う中、パンフィッシュの血が湖へと流れ込んでいく。
透明な湖が少しずつ紅く染まっていくが、ふたりの手は止まることなく、やがてすべてのパンフィッシュの処理を終えることができた。
そのときには、にゃん公望の調理は最終段階へと達していた。
「次はメインにゃ~」
三枚に下ろしたパンフィッシュを数尾、にゃん公望は下処理として小麦粉を付けていた。
傍らにはインベントリから取り出したであろう、バターやレモンなどが置かれていた。
「ムニエルですか?」
「その通りだにゃ~。パンフィッシュは小さな魚だし、骨が多いから、あまり向かにゃいんだけど、まぁ、たまにいいかにゃ~ってね」
にゃん公望が調理したパンフィッシュ料理は、唐揚げや塩焼きなどのパンフィッシュをそのまま調理したものばかり。
とはいえ、全部をそのままの調理というのは憚れたのだろう。少々手を入れなければならないムニエルを選んだのはおそらくはそういう理由であろう。
ちなみににゃん公望はわざわざパンフィッシュを切り身にして、骨も取り除いてくれているようだ。
オリーブオイルを垂らし、そこに小麦粉を付けた切り身を置き、皮から焼き目を付けていく。
十分に焼き目を付けたら、むき身を今度は焼いていく。そこにバターを投入するにゃん公望。
湖の畔で魚とバターが焼ける匂いが漂い始める。
その香りをタマモと七海は、鼻を近づけて嗅いでいく。
そんなふたりの姿ににゃん公望は「にゃははは」と笑っていた。
「ほい、っと。これで完成にゃー」
3人分のムニエルを一度に焼き終えたにゃん公望は、3人分の皿にムニエルと添え物を置くにゃん公望。
その手際はまるでシェフかなにかと思うほどに手慣れたものであった。
「さぁ、食べようかにゃ~」
調理済みのフライパンをインベントリにしまい、にゃん公望は肉球を合わせる。
タマモと七海も同じように手を合わせて、にゃん公望手製のパンフィッシュ料理に手を伸ばしていく3人。
「やっぱり、師匠の魚料理は美味しいっすね」
七海はにゃん公望のパンフィッシュ料理に舌鼓を打ち、堪らないとばかりに頬を緩ませる。
「本当に美味しいですよ、にゃん公望さん」
タマモはにゃん公望手製のパンフィッシュ料理に、目を見開いて称賛していた。
「ん~、やっぱりパンフィッシュでムニエルは無理があるかにゃ~?」
当のにゃん公望はムニエルを食べながら、やや微妙そうに眉を顰めていた。
が、それはあくまでもにゃん公望の意見であり、タマモと七海は「十分ですよ?」と首を傾げているが、にゃん公望自身は納得していないようである。
「そのままの料理ばかりだと思って、手の込んだ料理にしてみたけれど、やっぱりいまいちにゃね~」
ため息を吐きつつも、にゃん公望はムニエルを食べ進めていく。
にゃん公望も生産職という職人のひとりであるがゆえの言葉であろう。
にゃん公望の言う通り、パンフィッシュは基本的には塩焼きや唐揚げなどのそのままの姿での料理が多い傾向がある。
小さくて骨が多いため、骨ごと食べられるようにするため、自然とその手の調理が多くなってしまうのだろう。
身も少なく、骨が多いため、食べるのはそこまで向いているわけではないからと言って、放流するわけにもいかない。
ゲーム内だから放流したところで被害などないと思われがちだが、このパンフィッシュは鑑定結果にもあるとおり、淡水域であればどんな環境でも棲息するほどに強靱な魚種である。
そのパンフィッシュだが、もともとは特定地域でしか棲息していなかった。
だが、大昔に数人の釣り人が「釣り大会」と称してパンフィッシュをとある湖に放ってしまったのだ。
そのうえ放ったパンフィッシュをすべて釣り上げずそのまま帰ってしまったのだ。
その放置したパンフィッシュの中には産卵前のメスがおり、放った湖で産卵してしまった。産卵されたパンフィッシュの稚魚はその湖で元気よく育ち繁殖してしまい、湖の生態系を大きく崩すことになってしまったのだ。
釣り人たちは慌てて、パンフィッシュを回収するも、すでに釣り人たち以外の者たちがパンフィッシュを釣り上げて、別の池ないし湖に放流し、「釣り大会」を行ってしまった。
その結果、元々特定地域の魚でしかなったパンフィッシュは広い地域で大繁殖することになってしまった。
そのため、パンフィッシュに限ってはキャッチアンドリリースではなく、その場ないし持ち帰ってからの調理が推奨されている。
少しでもパンフィッシュという生態系の破壊者を少なくしようという釣りギルドなりの対策であるが、その対策はいまのところそこまで大きな影響を与えてはいない──とされている。
「こういうところでも、きっちりと設定を練り込むとか、運営はすごいもんだにゃ~」
しみじみと頷きながら、にゃん公望はパンフィッシュの唐揚げをばりばりと食べていく。
唐揚げについては、にゃん公望は満足げに食べていた。
「パンフィッシュは現実で言えば、ブルーギルになるんにゃけど、このブルーギルも生態系の破壊者にゃからねぇ~。生態系を回復させるためには、駆除するしかにゃいんだにゃ~」
唐揚げを頬張りつつ、にゃん公望はどこか悲しそうにその顔を染めていく。
「とはいえ、ブルーギルだって悪気があるわけじゃないんにゃよ? というか、大抵の外来生物って奴は、みんな悪気なんかないんだにゃ。……悪いのは放流してしまった奴らにゃよ。まぁ、その連中も悪気はなかったと思うんにゃよ。ただ、そんな大それたことになるとは考えていなかったんにゃよ」
にゃん公望は新しい唐揚げに手を伸ばしながら、ため息を吐いていた。タマモはなにを言えばいいのかわからず、沈黙を返すとにゃん公望はいつものように「にゃははは」と笑っていた。
「いや~、すまんにゃ、狐ちゃん。つい愚痴っぽいことを言ってしまったにゃ~」
「いえ、お気になさらずにですよ。大切なお話でしたし」
「……そう言って貰えると嬉しいにゃ~。いまの世の中はお金があれば、大抵の欲しいものは手に入るにゃけど、その欲しいものが全部が全部必要とは限らないと思うにゃよ。必要でないけれど、欲しいから買ったってものは、大抵大切にはしないものにゃ~。外来生物ってのも基本は大切にされにゃかったもののなれの果てにゃのよなぁ~」
世知辛いものにゃ~と再度ため息を吐くにゃん公望。
その言葉に七海は押し黙って、唐揚げを口にする。タマモはムニエルを食べる手を止めて、にゃん公望の言葉を考えていく。
(……必要ではないけど、欲しいもの、か)
にゃん公望の言葉を、タマモは深く考えていく。
にゃん公望にとっては、そこまで深い意味のなかった内容だったのだろうけれど、タマモにとっては考えさせられるものだった。
(……アンリ)
アンリは記憶を失った。だからといって、そのアンリをこのまま放置していいのか。このままでは必要ではないのに、求めたようなものではないか。そう思わざるをえないのだ。
(……ボクはどうすればいいんだろう?)
タマモはムニエルを食べながら、自分に問いかける。だが、その問いかけに対する答えはなにも浮かばない。
浮かぶことがないまま、タマモはにゃん公望の料理を食べ進める。
さきほどまでは絶品と思うほどに美味しかったのに、不思議と感動が薄れていくようだった。
それでもタマモはこれからどうするべきかを深く悩みながら、湯気の立つパンフィッシュ料理へと手を伸ばすのだった。




