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3話 釣りの仕様

 浮きが動いている。


 静かに、だが、たしかに浮きは動いていた。


 風が湖水を揺らしているわけではない。明らかに水中からの刺激で浮きは動いていた。


 その水中の詳しい様子がどういうものなのかは、畔にいるタマモからは見えない。


 だが、浮きの様子を見る限りは、魚が食いつこうとしていていることは間違いない。


 タマモはその動きに合わせて竿を上げようとしていた。


「まだにゃ、狐ちゃん。もうちょっと待つんだにゃ」


 が、にゃん公望はタマモが竿を上げるのを止めた。


 すでに魚は食いついこうとしているように見える。なのに、にゃん公望は待てと言う。


 どうしてと思いつつも、専門家であるにゃん公望の言葉を聞いて、あえて竿を動かさずに浮きを見守るタマモ。


 すると、それまで揺れ動いていたはずの浮きが不意に止まったのだ。


 想像外の光景に、一瞬唖然となるタマモだったが、にゃん公望の目が薄らと開かれ、「来るにゃ」と呟いた次の瞬間。


 竿が勢いよくしなった。


 いきなり訪れた強い手応えに、タマモは驚きで目を見開くも、にゃん公望がタマモの手の上からその手を掴んだのだ。


「なにしているにゃ! ぼーっとしていにゃいで、合わせろにゃ!」


 にゃん公望の鋭い叱責の声に、タマモは「は、はい!」と頷きながら、魚の動きに合わせて竿を上げた。


 同時に、湖水から魚が勢いよく宙を舞った。その光景に「おぉー、轟快にゃねぇ~」とのほほんとにゃん公望が言う。


「いきなり釣り上げるとか、すごいっすねぇ」と七海も驚いた様子である。


 まだ合わせただけだったはずなのだが、ふたりの言葉を踏まえる限り、もう釣り上げた状態となったようである。その証拠に食いついた魚はタマモの足元でびちびちと陸上を跳ねている。


 タマモは跳ねる魚を仕掛けから外して、事前ににゃん公望たちが用意してくれていたバケツの中へと放り込む。


 バケツの中に放り込まれた魚は、それまで暴れて跳ねていたのが嘘だったかのように、すいすいとバケツの中を泳ぎ回っていく。


 泳ぎ回る魚をタマモは「鑑定」した。



 パンフィッシュ


 レア度1


 品質D


 淡水性の魚。淡水であればどこにでも棲息するため、外来種問題として真っ先に名前を挙げられる困ったさん。名前の由来はフライパンに収まるくらいの大きさであるため。なお、味はそこそこ。


 表示された鑑定結果と、側面がやや丸っぽいという特徴的な姿を見る限り、元となったであろう魚はブルーギルで間違いないだろう。


「にゃははは、幸先がいいにゃ~。狐ちゃん、このパンフィッシュが目的のレア度1の魚にゃよ~」


「この魚がですか?」


「そうにゃ~。このパンフィッシュをあと数尾ほど釣れば、釣りスキルが生えてくるはずだにゃ~。スキルが生えたら、そうにゃね~、さらに10尾くらい釣れば、レベル5くらいまでは上がるはずにゃよ~」


 先ほどの様子とはまるで違うにゃん公望に、タマモは面を喰らいつつも、「なるほど」と頷いた。


 そうしてタマモがにゃん公望の説明を受ける間、七海はひとり黙々とパンフィッシュを釣っていく。それこそキャスティングを行うたびにパンフィッシュが掛かるという、まさに入れ食い状態である。


「七海ちゃん、すごいですね」


 入れ食い状態でパンフィッシュを釣る七海に、目を見開いて驚くタマモ。が、当の七海は苦笑いしていた。


「自分程度で驚いていたら、ダメっすよ、タマモさん」


「と言いますと?」


「……師匠、そろそろいいんじゃないんですか?」


「ん~、そうにゃねぇ~。ほいっと」


 七海に自分程度で驚くなと言われたタマモが、その理由を尋ねると七海はタマモの問いかけに答えるのではなく、にゃん公望に声を掛けた。


 にゃん公望は七海の言葉を受けて、放置していた自身の釣り竿を手にすると無造作に竿を上げた。


「……は?」


 無造作に竿を上げたにゃん公望。その竿先を見て、タマモは唖然とすることとなった。


 なんとにゃん公望の仕掛けには、タマモや七海が釣り上げたパンフィッシュよりも大ぶりなパンフィッシュが10尾ほど掛かっていたのである。


「ん~。30センチ後半ってところかにゃ~?」


「そうっすねぇ~。40センチには届かないってところですけど、パンフィッシュの中では大物ばかりっすね」


「にゃははは、まさに大漁だにゃ~」


「さすがっす、師匠」


 タマモが唖然とする中、にゃん公望と七海の釣り師弟はその光景が当たり前のように話していた。


「あ、あの、これどういうことで?」


 ふたりにとっては当たり前かもしれないが、タマモにとってはありえない光景であった。その光景ゆえにタマモは仕掛けに食いついたパンフィッシュの如く、ふたりに尋ねた。


「にゃははは、これが「釣り」スキルを鍛えた先にあるものにゃよ~」


 タマモの疑問を受けて、にゃん公望を胸を張りながら言う。その言葉を七海は補足する。


「具体的に言いますと、魚はレア度が適正レベルなんすよ。だいたい適正レベルプラス4くらいまではその魚を釣っているだけで「釣り」スキルのレベルは上がりますけど、よりレベルを上げるためには、よりレア度が高い魚を釣る必要があるんす」


「レア度が低い魚ばかりだと頭打ちになるってことですか?」


「その通りっす。で、ここから肝心なんすけど、適正レベルよりもスキルレベルが高いと、自分みたいにキャスティングするだけで入れ食い状態になるんすけど、よりレベルを上げるとですね、入れ食い状態にプラスして一度のキャスティングで複数同時に魚が食いつくようになるんすよ。具体的には適正レベルプラス20くらいからっすね」


「レベル20ってことは、にゃん公望さんは最低でも「釣り」スキルが25以上ってことですよね?」


「そうっすね。まぁ、師匠の場合はそれ以上にレベルが高いんすけど。ちなみに25は自分ですね」


 七海の説明を聞いて、タマモはまたもや唖然とする。唖然としながら、七海の入れ食い状態を思い出してみると、たしかに七海の竿先にも複数のパンフィッシュが掛かっていた。


 が、入れ食い状態という想定外の光景の衝撃が強すぎて細部まで確認しきれていなかったのだ。


「「釣り」スキルってすごいですね」


 唖然としていたタマモはどうにかという体でそう呟いた。その呟きににゃん公望も七海も得意げに笑っている。


「にゃははは、「釣り」の奥深さに感銘するとは、にゃはり、狐ちゃんは見所があるにゃ~」


 にゃん公望は胸を張りながら言う。七海は「調子に乗りすぎっすよ、師匠」とにゃん公望に釘を刺すが、にゃん公望は「これくらいは大丈夫にゃよ~」と笑っていた。


「というわけで、狐ちゃんもどんどんとチャレンジするにゃよ。「釣り」は失敗しても経験値を得られるにゃから、恐れずにどんどんとチャレンジするにゃ」


「は、はい」


 七海に釘を刺されながらも笑っていたにゃん公望だが、最終的にはタマモの背を押して続きを促していく。


 促されたタマモは再び釣り竿を振り上げ、キャスティングを行う。


 ちゃぽんという音とともにタマモの浮きが湖面に浮かんでいく。


 にゃん公望と七海とは違い、入れ食いにはなっていないが、すでにパンフィッシュらしき魚によって浮きが揺れ動き始めている。


「次はフォローはしないにゃよ。自分で考えてやってみてにゃ~」


「ファイトっす、タマモさん」


 にゃん公望と七海はここからはフォローをせず、アドバイスだけで留めるようだ。いわばここからが本番ということだろう。


 タマモはふたりの言葉に頷きながら、湖面で揺れ動く浮きを見つめる。


 波ひとつない静かな湖面に波紋が生じ、その波紋とともに揺れ動く浮きを見て、タマモはふと「いまのボクみたいだ」と思った。


 だが、それを口にするよりも速く、揺れ動いていた浮きがまた止まった。次の瞬間、竿がしなっていく。タマモはそれに合わせて竿を上げるも、タイミングが早かったようで、竿先にはなにも掛かってはいなかった。


「あー、ちょっぴり早すぎだったにゃね」


「もう一呼吸待てば、ベストっすね」


「う~、難しいですね」


「にゃははは、そんなもんにゃよ」


「そうっすよ、タマモさん」

 

「釣り」の難しさに舌を巻くタマモを見て、にゃん公望と七海は温かく見守ってくれていた。


 その優しさに感謝しつつ、タマモは再びキャスティングを行う。


 揺れ動く湖面。その湖面を見ながら慌てず待てと自分に言い聞かせながら、いつまでも揺れ動く湖面をタマモはじっと見つめながら、その瞬間を待ち続ける。


 そんなタマモを見て、にゃん公望と七海がなんとも言えない顔をして見守ってくれていることに気付かず、ただそのときを待ち続けていくのだった。

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