44話 当日
「フィオーレ」のマスターとして就任して数日が経った。
そしてそれは同時に初イベントである「武闘大会」の開催日になったということだった。いつも通りにログインしたタマモは、ゆっくりとベッドから起きあがった。
「……今日からイベントなのです」
ログインした段階ではまだイベントは始まっていない。イベントが始まるのは現実での朝八時からであり、その日のうちにイベントが終わることになる。
正確には朝の八時になったら、「武闘大会」の会場となる「闘技場」に参加ないしは観戦するプレイヤーは移動させられることになる。その際にイベントに参加するかどうかの確認のダイアログが表示され、参加するプレイヤーは参戦か観戦するかを選んで「闘技場」へと自動的に移動することになる。
「闘技場」は基本的に時間経過が加速しているため、「闘技場」内でどれだけ過ごしても「闘技場」外での時間経過はほとんどないということになっている。その仕様を利用して、今回の「武闘大会」は個人とクランのそれぞれで予選二回と本戦八回の計十回戦を七日間掛けて開催されることになっていた。
「……もともとこのために「闘技場」の時間は加速していたんでしょうね」
メニュー内のTipsを確認しながら、「闘技場」の仕様についての考えを巡らせるタマモ。どう考えても「闘技場」の仕様は「武闘大会」のための設定だろう。
でなければ「闘技場」の中の時間経過を通常のゲーム内の時間よりも加速させる意味はあまりない。かえって健康被害などの不具合が起こりそうなものだ。もっともそのあたりのことは運営もきちんと対応済みだろうから、タマモとしてはどういう仕様であっても、楽しんでプレイできるのであれば特に言うことはない。……その楽しんでプレイすることがなかなか難しいが、それでもどうにかタマモなりには楽しんでプレイはしているのだ。
とはいえ、もうちょっと鬼畜っぷりを潜めてほしいとも思ってはいるが、タマモ的にここの運営はド腐れ鬼畜野郎どもの集いと思っているので、いまさら優しくされても「なにを企んでいる」としか思えなくなっているのだが。
「まぁ、ここの運営の性根はボクが一番よくわかっているので、いまさらなことですけどね」
メニューを閉じ、ベッドから降りるタマモ。そのまま使い慣れた農業ギルドの一室を後にする。向かうのはいつもと同じ畑だった。
その畑へと向かいながら、いつものようにプレイヤーである顔見知りのファーマーたちやNPCの職員たちといつも通りに挨拶を交わしていく。職員たちはいつも通りではあるが、ファーマーたちは少し浮足立っているようにも見えた。どうやら生産職であるファーマーたちも今回の「武闘大会」を楽しみにしていたようだった。
ファーマーたちは「頑張れよ」と声を掛けてくれた。連日畑から悲鳴が上がっていたのだから、なにをしているのかは当然知ろうとするだろう。タマモに直接聞きに来るファーマーもいれば、デントを通じて事情を知ったファーマーもいるはずだ。
そうなればあとはファーマー同士のやり取りで、タマモが「武闘大会」に参戦するための特訓をしていると知れ渡るまでそう時間はかからない。そうしてタマモの参戦することを知ったファーマーたちは、今日の農作業を早めに切り上げたようだ。いつもならそこまで込み合うことのないロビーが、今日に限っては混雑している。おそらくは今日ログインできるほぼすべてのファーマーたちがロビーに続々と集まってきているのだろう。そしてそれは時間経過とともに増えていくに違いない。
おかげでいつものようにロビーを抜けたくてもなかなか前に進むことができないタマモ。むしろ進もうとするたびにどこからともなく手が伸びて頭を撫でられてしまったり、声援を懸けられたりしている。八時にはまだ時間があるが、このままでは畑に着くまえに八時になってしまいそうだった。
(ど、どうしましょう?)
タマモが出場するクラン部門は、それぞれに別々の場所にいても問題はないが、やはり同じ場所で移動した方が好ましい。なんというか連帯感がありそうだった。しかヒナギクとレンが待つ畑に行くためにはこのファーマーの海を超えなければならない。どうすれば超えられるのかがタマモにはさっぱりとわからなかった。わからないが、それでもこのまま指を咥えて見ていいわけではない。どうにかこの海を越えていこう。そうタマモが気合を入れようとしていた、そのときだった。
「なにを騒いでおるか!」
受付奥の扉からギルドマスターが現れた。ギルドマスターの登場にファーマーたちが静かになる。そんなファーマーたちを眺めながらギルドマスターは言った。
「タマモのお嬢ちゃんが「武闘大会」に出場するのはわしらとて理解しておるし、ここにいる全員がエールを送ろうとしているのもわかる。だからと言って、やりすぎては逆効果じゃろう。そんなこともわからぬ子供ばかりではあるまい?」
ギルドマスターのひと言にファーマーたちが自然と押し黙った。みなそれぞれにギルドマスターの言葉を理解したのだろう。初のイベントだからこそはしゃいでしまう気持ちはプレイヤーであるためタマモとて理解できていた。それでも少しはしゃぎすぎだとも思っているが、それはそれ、これはこれだった。
「タマモのお嬢ちゃんを応援するのであれば、素直に通してあげることもその一環だとわしは思うが、おまえさんらはどうかのう?」
ギルドマスターの言葉にタマモを取り囲んでいたファーマーたちがひとりずつ離れて行く。その際に誰もが謝罪と応援を口にしてくれていく。ほどなくしてロビーを抜けるための道ができた。
「さぁ、大暴れしてこい。応援しておるぞ、我らがアイドル殿」
ギルドマスターがウインクしながら言った。その言葉に「はい」と力強く頷きながら、タマモは農業ギルドを出た。そしてヒナギクとレンが待つ畑へとまっすぐに向かって行ったのだった。