Ex-44 挨拶
えー、閲覧注意です。
どういう意味なのかは本編で←
「──来たか、タマモ」
氷結王の御山の奥地にある高台の麓。
氷結王の寝床がある高台の麓に氷結王はいた。
氷結王が立っているのは、高台の麓にあるひとつの洞穴の前だった。
その洞穴は新しく用意されたもので、壁や床、天井に至るまですべてが氷に包まれていた。
その洞穴の前で氷結王はタマモを待ち構えていた。
相変わらずの着流し姿であるが、最初出会ったときとは違い、だいぶ肉付きがよくなり、顔色もだいぶよくなっている。
「お元気そうで、なによりです、氷結王様」
「タマモのお手製の飯のおかげじゃよ。以前まではなにを食っても美味くなどなかったが、タマモの作ってくれた飯を食ってからは食欲が戻ってのぅ。そのおかげで体調もよくなったわい」
腕を組みながら氷結王は笑っていた。その笑顔を見る限り、氷結王がいますぐどうにかなるようには思えない。
「それはよかったのです。未熟ではありますが、氷結王様のお役に立てたのであれば、本望なのです」
「なぁに、謙遜するでない。タマモの飯は美味いのは間違いないことじゃよ」
あごひげを撫でつけながら、氷結王は笑っていた。
普段から機嫌がいい氷結王であるが、今日はことさら機嫌がいい。なにかあったのだろうかと思っていると、不意に頭上に影が差した。
「やれやれ、氷結めはいつもよりもうるさいのぅ」
そう言って現れたのは、聖風王だった。相変わらず小柄の老人という姿であるし、氷結王よりも柔和な笑顔を浮かべているものの、その実力が凄まじいものであることはタマモは身を以て知っていた。
「聖風王様、今日もこちらにおられたのですか?」
「かっかっか、此度は宴があるからのぅ。婿殿たちは婿殿たちで宴をするというが、我らは我らで宴を開く予定であるのじゃ」
「宴、ですか?」
「うむ。聞けば、この洞穴内にいる娘御が眠りから覚めると言う話ではないか。氷結めはその祝いをすると言って聞かんからのぅ。土豪や焦炎にも声を掛けておったが、土豪からは遠いからと断られ、焦炎に関しては完全に無視されておったのでな。仕方がないから、我だけでも参加してやろうと思ってのぅ」
自身の顎髭を撫でながら、聖風王はにやにやと笑っている。その言葉に氷結王は「ぐぅ」と唸りながら顔を顰めさせた。
「しかし、氷結よ。おぬし、焦炎になにをしたのじゃ? 以前から思っていたことではあるのだが、おぬし、嫌われすぎではあるまいか?」
聖風王は真顔で氷結王に尋ねる。尋ねられた氷結王は「我とて知らんわい」と肩をがくりと下げるだけであった。
「昔は「兄者、兄者」と懐いてくれていたのだがなぁ。気付いたら、ああなっておった」
「……気付いたら、のぅ?」
聖風王はちらりとタマモを見やる。タマモは聖風王の視線を浴びながら、ぽりぽりと頬を搔く。タマモの反応を見て、聖風王はなにかしらを察したようであり、「なるほどのぅ」とだけ頷いた。
「なにがなるほどなのじゃ?」
「なぁに、こちらの話よ。あえて言うとすれば、そうじゃな。おぬしはもうちょっと態度を改めよというところかのぅ?」
「態度ってなんのことじゃ?」
「……そういうところじゃな」
「意味がわからん」
氷結王は本当に意味がわかっていないようで、首を傾げる。そんな氷結王に聖風王は「……これだから」と痛そうに額を押さえつけていた。
「まぁ、よい。それよりも本題があるであろう?」
聖風王はため息をひとつ吐いた後、本題があると言い出す。その言葉に「そうであったな」と頷く氷結王。
「エリセに中で準備をしてもらっておるし、早く行くとしようか」
「準備、ですか?」
「うむ。氷漬けにした影響によるもの、と言えばいいかの? 緊急事態だったのでな。着衣ごと氷漬けにした影響があるのでな」
「影響って」
氷結王がなんでもない口調で言った言葉に、タマモは顔を青くする。タマモの様子を見て、氷結王は慌てて否定をした。
「あぁ、いや、影響と言えば影響なのじゃが、そこまで大きな影響があるかと言われれば、というかのぅ」
「どういうこと、です?」
「いや、だから、その、じゃなぁ」
やけにまどろっこしい言い方をする氷結王。その言い方からして大きな影響を与えるわけではないのは明らかだが、ならなにを言い淀んでいるのか。タマモが怪訝そうに眉を顰めていると──。
「あぁ、気にするでない、婿殿よ。単純な話なのじゃ」
タマモ動揺にまどろっこしさを感じていたのだろう、聖風王が氷結王に代わって話を続けた。氷結王は「お、おい」と聖風王を掣肘しようとするが、「おぬしに任せていたら、夜明けを迎えるわ」と呆れ顔で躱されていた。
「単純と申しますと?」
「うむ。着衣ごと氷漬けになった。いくら魔力由来の氷と言っても、氷であることは変わらぬ。その氷を一気に解凍するとしたらどうなるかということじゃよ」
「……あぁ、そういうことですか」
氷結王が言い淀んでいた理由がようやく理解できたタマモ。
着衣ごと凍結したアンリ。その凍結状態から解凍する。摂氏何度かはわからないが、少なくとも氷点下を大きく下回っていることは間違いない。
その凍結されたアンリを解凍する。解凍するということは、氷を溶して個体から液体に戻すということ。そう、固体から液体にである。
アンリは全身を氷漬けにされている。全身を包む氷をどう解凍するかはわからないが、その氷が溶けることは確かである。
氷が溶ければ液体の水に戻ることは、子供でも知っている。では、アンリの全身を包む氷が液体に戻ればどうなるのかなんて言うまでもないこと。
良くて全身びしょ濡れ。悪ければ、解凍の際に着ている巫女服が破損するというところであろう。
アンリの巫女服がどのような素材で作られているかはわからないが、氷点下を大きく下回る超低温状態から一気に常温へと戻す。
よほどの上級素材でも使わない限り、破損することは免れないだろう。
表面だけが破損するのであればまだいいだろうが、どう考えても表面だけの破損で留まるとは思えない。
下手すれば、それこそ下着まで一気に破損する可能性が高い。となれば、アンリがどのような状態になるのかなんて考えるまでもない。
「……エリセの準備ってそういうこと、ですか」
「うむ。いくら婿殿の嫁とはいえ、乙女の柔肌を晒すのは憚れると言うことでのぅ。……個人的には構わんのだが」
「おい、エロ爺」
氷結王に代わって事情を説明していた聖風王だったが、やはりと言うべきか、自身の趣味を口にしてくれる。らしいというべきものであるが、はいそうですかと頷けるわけがない。
タマモはにっこりと笑いながら、頬を引きつらせていく。
聖風王はタマモの笑みを見て、「少しくらいいいではないか、けちじゃのぅ」と唇を尖らせるが、タマモは「少しでもダメに決まっているでしょう」と真顔で言い切った。
「……婿殿のけちぶりには困ったものじゃが、それだけ娘御を想っているということか。まったく、うちのエリセをのけ者にするでないぞ?」
聖風王はため息を吐きながら、エリセをのけ者にするなと釘を刺した。タマモは「言われるまでもありません」と告げた。その言葉に聖風王は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「さて、行くか。氷結よ、そなた次第のところもあるからのぅ。ちゃんとやれよ?」
「わかっておるわい」
ふんと鼻息を鳴らして、氷結王は洞穴へと入っていく。その後をタマモは聖風王と並んで入った。
洞穴はそこまで長くはなく、入って一分もしないうちに最奥へと辿り着いた。
「旦那様」
最奥にはエリセが準備をして待っていた。その手にはバスタオルがあり、近くには着替え一式と、その際の暗幕が張られていた。
「準備は万端どす」
「ありがとう、エリセ」
「いえいえ。うちも早う合いたかったどすし」
「……そっか」
エリセは頬を綻ばせながら笑っている。その笑みにタマモも頬を綻ばせる。
エリセとタマモのやり取りに、聖風王も氷結王も笑みを浮かべていた。
「では、始めるとしようか」
氷結王は最奥へと、アンリが安置されている氷の壁へと近付くとそっと壁に手を触れる。
「氷の棺よ。我が言葉を聞き、その封を解け」
氷結王が言葉を紡いだ瞬間、アンリを包み込んでいた氷壁が一気に溶け出した。
分厚い氷の壁が瞬きをする度に溶けていく様は圧巻としか言いようがない。
が、同時に懸念としていた問題も露わになった。
溶け出した氷がアンリの服を濡らしていく。濡れた服はアンリの肌に張り付き、体のラインを露わにしてしまう。
その様子に聖風王が「ほほう?」と声をあげたが、氷結王が「これ!」と言って聖風王の目を封じた。
聖風王は「貴様、なにをする!?」と抗議の声をあげるが、氷結王は「当たり前じゃ、馬鹿者が!」と叫んだ。
ちなみに当の氷結王はアンリを見ないように顔を背けてくれていた。
氷結王と聖風王がやり合っている間も、アンリを包む氷壁は溶け続けていた。すでに氷はアンリの膝下しか残っていない。
逆に言えば、その上は完全にびしょ濡れである。下手に全裸になるよりもセンシティブな姿なアンリ。
その光景になんとも言えない気分になるタマモ。エリセは「まだまだ負けそうにあらへんなぁ」と勝ち誇った顔を浮かべていた。
そんなとき、不意に軋むような音が聞こえた。それからすぐにアンリの着ていた巫女服が音を立てて崩れた。同時に、氷壁は完全に溶けきった。
氷壁という支えを失ったアンリは、ゆっくりと倒れ込んでくる。
すでにその身を包む服はなにもない。その残骸が舞う中、タマモは一歩前に出た。
「はい、旦那様」
タマモが前に出てすぐエリセが横合いからバスタオルを差し出してくれた。
差し出されたバスタオルを受け取ると、タマモはバスタオルを大きく広げて、抱きしめるようにしてアンリを受け止めた。
「……アンリ」
氷壁から解放されたアンリ。だが、いくら声を掛けてもその目が開くことはない。
いまはまだアンリは死んでいる。だが、いまのタマモはアンリを蘇らすことができる。そのためのアイテムをタマモは手に入れたのだ。
タマモはインベントリから「回生の青果」を取り出した。
「ん?」
「それは」
取り出した「回生の青果」を見て、氷結王と聖風王が怪訝そうな顔を浮かべた。
その顔は「思っていたものと違う」と言わんばかりの顔であったが、タマモの視線は腕の中にいるアンリへと向けられており、ふたりの反応にタマモは気付くことはなかった。
仮に気付いたとしても、すぐにそれは思考の外へと追いやられたことであろう。
なにせ「回生の青果」は取り出すやいなや、いきなり光り輝いたのだ。発光する「回生の青果」を見ていると、「「回生の青果」を使用しますか?}という選択肢がポップアップした。
タマモは迷うことなく、使用することを選択した。
すると手の中にあった「回生の青果」は一瞬で消えて、代わりに残ったのは「回生の種子」というアイテムだった。
とっさにタマモは「鑑定」を行った。
回生の種子
レア度50
品質A
回生の果実ないし青果の元となる種子。この種子を植えて育てれば、「回生の大樹」となる。
どうやら「回生の青果」や熟した実である「果実」が成る大樹を育てるためのアイテムのようだ。
レア度は50と、いままで手に入れたアイテムの中で一番のレア度を誇るアイテムだった。
「……種子だけでも高騰しそうですね」
あまりのレア度にタマモの頬が引きつる。タマモは恐る恐ると種子をインベントリに仕舞い込んだ、そのとき。
「……ん」
かすかな声が聞こえたのだ。
その声はたしかにアンリの声だった。
聞き慣れたアンリの声。タマモは腕の中を見やると、決して開くことのなかったアンリのまぶたがゆっくりと開き始めていた。
「アンリちゃん!」
エリセが溜まらずアンリの名を叫ぶ。その声に反応したのか、アンリがまぶたを開き、ぼんやりとした様子で周囲を見渡していく。
「……エリセ、様?」
周囲を見渡していく最中、アンリはエリセの姿を見てその名を紡いだ。
「……アンリちゃん」
エリセはアンリから呼ばれたことで大粒の涙を目尻に溜め込んでいく。
そんなエリセをアンリは「……どうして泣かれているのですか?」と尋ねた。
「……当たり前やわぁ。またこうしてアンリちゃんと話ができるんやさかい」
溜め込んだ涙を流しながらエリセは言う。その言葉にアンリは不思議そうに頸を傾げるだけ。
どうやら記憶の整合がうまく行っていないようだった。
あまり無理をさせるべきじゃないとタマモは判断して、エリセに「あまり無理をさせないで」と言うと、エリセは「堪忍え、旦那様」と申し訳なさそうに頭を下げる。
タマモが気にしていないと笑いかけると、アンリが「旦那様?」と頸を傾げて、タマモを見やる。
タマモはアンリの視線を浴びながら、なにを言おうかと思考を巡らす。
いままでアンリが目覚めたら、言うべきことはなにかと散々考えていたが、それらの言葉はすべて吹っ飛んでしまっていた。
「これじゃレンさんのことは言えないな」と苦笑いしつつ、とりあえず「おはよう」とアンリに声を掛けようと、タマモが口を開きかけた、そのとき。
「……どちら様、ですか?」
アンリがタマモを見つめながら、再び首を傾げたのだ。
アンリが告げた一言を、タマモは一瞬理解することができなかった。
「……え?」
タマモが口を開いたのは、アンリの言葉から数分も時間を掛けてからだった。
その間、タマモはもちろん、エリセも氷結王も聖風王も、そして当のアンリも誰も口を開かなかった。
「……いま、なんて?」
愕然としながら、タマモは声を若干震わせて尋ねた。
聞き間違いで、いや、アンリのお茶目であってほしい。そう願いながら。しかし、その願いは叶わなかった。
「……エリセ様が旦那様と仰っていたので、エリセ様のご亭主様なのですよね? はじめまして、アンリと申します」
アンリはまるでタマモと初めて会ったかのようににこやかに笑った。かつての笑顔とは違う、初めて会った他人へと向けるような言葉と笑み。その言葉と笑みにタマモは呆然となり、その場で膝を着くのだった。
NDKってこういうときに言うんでしょうね←
あ、ちなみに次回から十章となります←しれ




