Ex-43 期待に胸を膨らませて
薄暗い森が広がっていた。
背の高い木々がいくつも生えた森が左右に広がっている。
木々の間を縫うようにして、清流が静かに流れていき、崖を境目にして滝へと変わっていた。滝となった清流は凄まじい音を立てていた。
「……来たか、妖狐たちよ」
滝の音にかき消されてしまいそうなほどに、その声は静かなものだった。
だが、タマモたちにはその声ははっきりと聞き取れていた。
声の主は滝の手前、崖の縁でぼんやりと空を眺めていた。
「こんばんは、シュトロームさん」
声の主ことシュトロームにタマモは声を掛ける。シュトロームは「うむ」と頷くと「して? 例のものは手に入ったのか?」と尋ねてくる。
タマモは頷きながら、インベントリからそれを取り出した。
タマモが取り出したのは、空のような果実だった。
抜けるような青空と言うけれど、その言葉に相応しいような色をした果実だった。
見た目はリンゴそのものだが、一般的には青いリンゴというものは存在しない。
青リンゴと呼ばれるものはあっても、青リンゴという名前に反して、その色は黄緑色である。
だが、その本来はありえない色のリンゴが、いまタマモたちは手にしていた。
その青いリンゴの名前は「回生の青果」──今回の武闘大会におけるクラン部門エキスパートクラスにおける優勝賞品。この優勝賞品を手に入れること。
それがタマモたちが今回の武闘大会に参戦した理由であった。
そんな「回生の青果」を手にして、タマモたちはいま氷結王の御山にと来ていた。
「ふむ。それか」
シュトロームはタマモの持つ「回生の青果」を見て頷いた。
「はい、これで」
「うむ。うまく行くとよいな」
「はい」
短いやり取りを行うタマモとシュトローム。ヒナギクとレンはなにも言っていないが、それぞれに頷いていた。
「それでは、行こうか。我が君がお待ちだ」
シュトロームはそのスライムボディをぷよんぷよんといつものように揺らしながら、飛び跳ねて清流に沿って森の奥へと進んでいく。
タマモたちはシュトロームの後に続いて、森の奥へと向かっていった。
進むにつれて山の住民であるモンスターたちが顔を見せていく。
オーガに、レッサーヒュドラ、キメラ、そして信楽焼の狸の置物じみた獣人とすれ違い──。
「……うん? 狸?」
最後の狸、それも信楽焼の狸の置物をデフォルメした獣人の姿を見て、タマモはぴたりと脚を止めていた。脚を止めたのはタマモだけではなく、ヒナギクとレンも同じであった。
「およ? 「フィオーレ」さんたちですか」
当の狸の獣人はタマモたちとすれ違うと、そのまん丸フェイスを驚きの色に染めていた。その背には手作りであろう背負子があり、その背負子の中には様々な果実が収まっていた。
「初めましてです。あと優勝おめでとうございますです」
狸の獣人はぺこりと頭を下げる。タマモたちも「こちらこそ、優勝おめでとうございます」と頭を下げていく。
なお、頭を下げた際に、背負子の中から果実がいくつか落ちてしまい、狸の獣人は慌ててそれを拾い始める。
だが、拾い集めたら、また別の果実が背負子から落ちてしまった。その果実も拾うも、やはり別の果実が背負子から落ちるという負の連鎖とも言うべき無限ループが起こっていく。
本人的にはどうなのかはわからないが、その見た目と相まってその様子は非常にシュールでかつ愛らしいものであった。
タマモたちは笑いながら、狸の獣人が落とした果実を一緒に拾い集める。
先導していたシュトロームやすれ違っていたオーガたちもわざわざ戻ってきて一緒に果実を拾うのを手伝っている。
「すみませんです、みなさん」
狸の獣人は申し訳なさそうに頭を下げると、また背負子からぽろりと果実が落ちた。
「あぁ、また!」と狸の獣人が慌てるも、タマモがそれを制して「あぁ、ボクが拾いますから」と代わって果実を拾ってあげた。
「なんだか、すみませんです。いろいろとお世話になりまして」
狸の獣人はぽりぽりと後頭部を搔きながら、申し訳なさそうに頭を下げる。頭を下げるも今度は背負子から果実を落とさないように、レンとヒナギクが背負子を押さえていた。
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ。ポンタッタさん」
狸の獣人ことポンタッタにタマモは笑いながら気にしないようにと告げるも、当のポンタッタはやはり申し訳なさそうである。
「ところで、ポンタッタさんは、どうしてここに?」
そう言ったのはポンタッタの背負子を押さえるレンである。同じく背負子を押さえるヒナギクは、「どうして果実を集めているんですか?」と尋ねていた。
ふたりからほぼ同時に受けた質問だったが、ポンタッタは慌てることなくそれぞれの質問に答える。
「ここにいる理由は、単純に自分もここに住んでいるからですよ」
「ここに、ですか?」
「ええ。先輩のススメでして。ここなら静かだし、修行にももってこいだって言われましてですね」
「先輩?」
「あー、テンゼンさんのことです。自分、あの人の高校の後輩なんです」
「え?」
思わぬテンゼンとの繋がりにタマモたちは唖然とするが、そんなタマモたちの反応を見てポンタッタは「そうなりますよねぇ」と苦笑いする。
「あと、果実を集めているのは、皆さんの祝勝会に自分も参加させて貰えることになっているので、持ち込みの食材としてです」
「あぁ、おやっさんのですか」
「ええ。おやっさんさんだけに負担を掛けるのはよくないってことで、にゃん公望さんや柚香さん、あとダイタンとシュドウもそれぞれに負担の軽減をしようってことになっていますねぇ~」
ポンタッタは内情を語っていく。その内容に「そうなっているんですか」と頷くタマモたち。
祝勝会にはこの後出席することになっているタマモたちだが、いの一番に御山に来てしまったことを申し訳なく感じていた。
「なんだか、申し訳ないです」
「いえいえ、お気になさらずにですよ~。そういえば、皆さんはなんでこちらにです? なにかご用でも?」
「えっと、氷結王様に用事が」
「……そうですか。まぁ、事情は詳しくは聞かないことにしますです。自分はまだ果実をもうちょっと集めたいのでここで」
タマモの様子を見て、事情を察したのか、ポンタッタは一礼の後に立ち去ろうとするも、背負子から再び果実が落ちそうになったのでヒナギクとレンがとっさに押さえた。
「……申し訳ないです」
「いえ、気になさらずに」
「……そうだ。ポンタッタさん、お手伝いしてもいいですか?」
「へ? 自分のです?」
果実を再び落とそうとしたポンタッタは、未然に防いでくれたヒナギクとレンに礼を言うと、ヒナギクが突然ポンタッタの手伝いをすると言い出した。
あまりにも唐突な言葉にポンタッタが目を瞬かせるが、その言葉にレンも「そうだな、手伝おうか」と言い始める。
「いえ、ですが」
「いえいえ、いいんです、いいんです」
「そうそう、気にしないでください、ね?」
ニコニコと笑い合うヒナギクとレン。そんなふたりにポンタッタはタマモをちらりと見やった後、「それではお願いしてもいいでしょうか?」と尋ねたのだ。
ポンタッタの言葉をふたりは揃って頷いた。
「それじゃ、タマちゃん」
「また後でね」
ふたりはパタパタと手を振りながら、タマモから離れてポンタッタとともに果実集めを始めた。
ふたりの言動がどういうことであるのかは、考えるまでもないことであった。
「気を遣ってもらったな、妖狐よ」
「……そうですね」
ふたりがポンタッタを手伝うと言った理由がなんであるのかはすぐにわかった。
気を使わなくてもいいのにと思いつつも、その気遣いをタマモはありがたく受け取ることにした。
「改めて行きましょう、シュトロームさん」
「あぁ、行こうか。彼女を目覚めさせに」
3人と別れたタマモとシュトロームは御山の奥、氷結王のもとへ、アンリが安置されている氷の洞穴へと向かうのだった。
「待っていてね、アンリ」
ようやくアンリを取り戻せる。その期待にタマモは胸を膨らませながら、いまはまだ遠い彼の地を目指して歩を進めるのだった。




