Ex-38 祝福をともに考えて
「──クラン部門エキスパートクラス優勝。おめでとう!」
会場内で響き渡る歓声。
それは前大会では決して聞くことのなかったもの。
前大会では、アオイ率いる「三空」が勝者となったことで、「蒼天」のPKたちしか祝いの言葉を口にすることはなかった。
それが今大会では、アオイ率いる「三空」は打ち破られたのだ。絶対王者と称されれていた「三空」の敗北は大きな衝撃を伴っていた。そして「三空」を打ち破ったのがアイドル的な人気を誇る「フィオーレ」であることがその衝撃をより上長させていた。
その「フィオーレ」の勝利は、「三空」側である「蒼天」のPKたちも祝福の拍手を送っていた。
祝福の拍手を受けるタマモたち「フィオーレ」を見つめる者たちがいた。
「……本当に優勝したんだ」
それは「フィオーレ」の控え室内にいた「一滴」たちだった。
彼女たちもビギナークラスとはいえ、優勝クランではある。
だが、彼女たちが出場したビギナークラスと、タマモたちのエキスパートクラスでは、レベルが違いすぎていた。
レベルの違いすぎる試合でタマモたちは見事に優勝を掴み取った。
タマモたちの優勝を祈っていた「一滴」たちではあるものの、それでも実際にタマモたちの勝利を目の当たりにしたら、驚きが勝つのは致し方がないことであった。
「一滴」のマスターであるフィナンは目の前で起きた、嬉しいが信じられない状況をまだ飲み込めずにいた。
すでに優勝宣言はされたうえ、アオイの暴走からの強制エキジビションマッチも終わりを告げている。
すでに会場内はタマモたちへの祝福の声に染まっている。
それでも、まだフィナンは目の前で起きている状況をうまく飲み込めずにいる。
試合もその後のエキジビションマッチも。すべて紙一重と言ってもいい内容である。
とはいえ、その紙一重はとてつもない分厚いものであった。
その分厚い紙一重はいまの自分たちでは、逆立ちをしたところで掴み取ることはできないとフィナンは理解していた。
理解しているがゆえに、目の前の現実が、本当に現実であるのかを信じられなかったのだ。
だからこそ、フィナンは目の前の現実を、タマモたちの優勝を、激闘が終わってもまだ信じ切れずにいたのだ。
「なに言ってんの、フィナン。タマモさんたちが勝つのは当たり前なんだから」
と言ったのは、マドレーヌだ。そのマドレーヌにしても、涙目になりながら控え室内のモニターを見つめていた。
「……よかった、よがっだよぉぉぉ~」
信じ切れないフィナンと涙目のマドレーヌ。そんなふたりに挟まれてクッキーは号泣していた。
普段冷静沈着で、あまり感情を表に出さないクッキーだが、そのクッキーは「フィオーレ」の優勝を見届けて、感情を露わにしていた。
3人の中でも一番小柄であるクッキーだが、普段は冷静であるため、見た目に反して大人びている印象だった。
そのクッキーが大号泣していた。普段の冷静さはどこへやら、大人びた雰囲気は皆無となり、見た目相応の幼さが前面に出ていた。
「……クッキーったら」
「……からかい辛くなるからやめてよ、もう」
泣きじゃくるクッキーを見て、フィナンは目尻に涙を浮かべるもらい泣きをし、マドレーヌは頬を搔きながら、文句を言っていた。
ただ、文句を言いつつも、それがマドレーヌの本心ではないことは明らかである。
マドレーヌは「一滴」におけるエースであり、賑やかし担当でもある。
ゆえに、「一滴」におけるブレーンであり、マドレーヌの掣肘役であるクッキーにはたしなめれることが多かった。
そのクッキーが普段からは考えられない姿を晒しており、その姿を見てさしものマドレーヌもふざけることはできなかった。
それどころか、泣き続けるクッキーをどう扱えばいいのかわからず動揺していた。
「ブレイズソウル」のティアからは「クソガキ」扱いをされるマドレーヌは、耳年増なところがある彼女だが、いまのクッキーに対してなにをすればいいのかわからずに、狼狽する姿は年相応の少女然としていた。
「ど、どうしよう、フィナン?」
狼狽えるマドレーヌは、フィナンにどうすればいいのかを尋ねていた。
普段のマドレーヌらしからぬ姿に、もらい泣きをしていたフィナンは思わず唖然としたが、すぐにおかしそうに笑ってしまう。
「わ、笑い事じゃないんですけど~!?」
相談したというのに、笑い出したフィナンにマドレーヌは唇を尖らせるが、それでもフィナンの笑いは止まらない。マドレーヌは笑い続けるフィナンに「このぉ~!」と怒り出す。
「……なんで、ふたりが喧嘩しているの?」
フィナンとマドレーヌのやり取りに、それまで号泣していたクッキーが涙目になりながら、首を傾げる。
クッキーの疑問を聞いて、フィナンとマドレーヌはぴたりと止まると、それぞれを見やり、そして一笑すると──。
「「さぁね」」
──と言って、クッキーに抱きついた。クッキーはいきなり抱きつかれたことでバランスを崩し、背中から倒れ込んでしまう。
「痛いなぁ! なにするの!?」
それまでとは違う意味合いでの涙目になりながら叫ぶクッキーに対して、フィナンとマドレーヌは笑いながら「クッキーが泣き虫なのがいけないんでしょう」と言い募る。
その言葉にクッキーは「誰が泣き虫だ!」と叫ぶもフィナンとマドレーヌは笑うだけ。その笑い声はいつしかクッキーにも伝播し、3人はそれぞれに笑い始める。
笑いながらも、その目尻には涙が溜まっていた。涙目になりながら、3人は笑う。笑いながら3人は口々に言い募った。
「ねぇ、ふたりとも」
「うん。帰ってこられたら」
「絶対言おうね!」
主語のないやり取り。だが、彼女たちの中では通じ合うやり取りを行いながら、3人は一斉に口にした。
「「「おめでとうございますって言おうね」」」
それぞれが憧れる人へと向けて、優勝の祝福を告げよう。3人は気持ちを通じ合わせながら頷いていた。
いまだモニターからは「フィオーレ」への祝福の声も、無数の拍手も止むことはない。
それらを聞きながら、3人はそれぞれの憧れる人を思い浮かべる。
まだまだ遠く及ばない背中。その背中の持ち主たちへと告げる精一杯の祝福。その内容をどうしようかとそれぞれに考えていく。
「あーしは、やっぱり「おめでとうございます」ってハグしながらチューするべきかなぁって思うんだけど、どうかな?」
「痴女」
「ヒナギクさんに怒られるよ?」
最初に言い放ったのはマドレーヌだったが、クッキーに一言で切り捨てられ、フィナンには呆れられてしまう。ふたりの反応に「なんだよぉ~!」とマドレーヌは不満げであった。
「ここは真面目に「おめでとうございます。感動しました」と言えばいいの。変なことを言うとかえって恐縮されたり、困惑されるだけなんだから」
「えー、それじゃつまらないじゃん」
「……ん~、らしいと言えばらしいんだけど、ちょっとありきたり、かな?」
マドレーヌに続いたのはクッキーである。クッキーは真面目な内容でのお祝いを告げるべきだと言うも、その内容にマドレーヌは大いに不満を見せる。フィナンもさすがにありきたりだと告げる。ふたりの反応にクッキーは「なんでよ」と唇を尖らせてしまう。
「フィナンは?」
「そうだよ、フィナンはどうすんの?」
ふたりがそれぞれにらしい内容を口にする中、最後のマドレーヌはどうするのかを尋ねるクッキーとマドレーヌ。ふたりの言葉に「え?」と一瞬唖然とし、「えっと」と恥ずかしそうにしながら、フィナンが恐る恐ると告げたのは──。
「そ、その、お、おめ、おめでとう、ご、ございまひゅって、その、言おうかなと」
──まともな言葉になっていない内容であった。言いたいことはわかる。わかるのだが、狼狽えすぎていて、まどろこしいというなんとも言えないものである。そのフィナンの言葉にクッキーとマドレーヌはお互いを見やってから一言告げる。
「「ヘタレ」」
「う、うるさいなぁ!」
ふたりの素直な感想に顔を真っ赤にするフィナン。対するふたりは真顔であった。
そんななんともらしいやり取りを繰り返しながら、3人はあーでもない、こーでもないと相談をしながら、憧れの人たちの帰りを控え室の中で待ち続ける。
その顔に満面の笑みを浮かべながら。




