140話 万雷の喝采を浴びて
観客席が静まりかえっていた。
アオイの圧倒的な一撃を、周囲への被害を生みかねない一撃を前に、避難していた観客たちだったが、いつのまにか避難をやめていた。
アオイに対抗するべく、タマモがひとり踏ん張っていたのだ
ヒナギクとレンはレンの回復のために、一時的に離脱しているが、仮に回復したところで、アオイを打倒できるのはタマモしかいないと誰もが思ったのである。
タマモの小さな背中にほとんどの観客たちは祈りを捧げていた。
それは「蒼天」側のPKたちも同じであり、自身たちのマスターであるアオイの勝利を信じて疑っていなかった。
たとえ試合で負けたとしても、勝負では負けない。負けるはずがない。そんな希望と期待をアオイに向けていたのだ。
それぞれがそれぞれの理由で会場で留まっていた中、決着の一撃は放たれた。
凄まじい衝撃と破砕音、そして土煙が上がった。その土煙の向こう側には、泥まみれのタマモがひとり立っていた。
タマモの視線の先には壁に埋まり、意識を完全に手放したアオイがいた。
そんなアオイに向かって、タマモは「ボクの勝ちだ」と告げた。
その瞬間、慟哭と歓声が同時に飛び交った。
慟哭は「蒼天」側のPKたちによるもの。試合に負けても勝負では負けない。そう信じていたアオイの完全なる敗北を前にして、PKたちは天を仰ぎながら慟哭していた。
「蒼天」のPKたちの様子に、一部のプレイヤーたちは驚きの目を向けていく。
「蒼天」はアオイという絶対的な力の持ち主による恐怖政治が行われているクランではないかと、一部の掲示板では噂されていたのだ。
なのに、いまのPKたちの慟哭ぶりはどうであろう。
まるでアオイに心酔しているがゆえに纏まった集団であるかのように、アオイの、みずからの主の敗北を嘆くようだった。
その様子に後に掲示板では、「PKだって人の子なのか」や「「蒼天」も全員が悪人ってわけじゃないんだな」という話がされることになるが、それはまた別の話。
「蒼天」のPKたちがほとんど慟哭する中、一部のPKたちが声高に叫び始める。
「こんなこと、こんなことあっていいわけがない! 俺たちの姫が負けるわけがない!」
「そうだ! あの姫が、あの姫が負けるなんてあってたまるものか!」
「不正行為だ! 絶対に不正行為だ! そうでなければ姫が負けることなんて!」
響いたのは負け惜しみだった。いや、現実を直視できない現実逃避でもあったのだろう。
声高に叫ぶPKたちもまたアオイに心酔するがゆえに、アオイの敗北を受け入れることができなかった者たちだった。
だが、どれほど声高に叫んだところで、試合はすでに終わっているし、無理矢理行われていたエキジビションマッチもアオイが失神したことで勝負は決まっていた。
誰がどう見てもアオイの完全敗北だった。
しかし、その完全敗北を受け入れることができないPKたちは、敗北を認めるどころか、タマモが不正行為に走ったと言い募っていく。
さすがにそれは完全な言いがかりであり、根拠も証拠もない、ただのやっかみにしかすぎない。
それは彼らもわかっていた。わかっているが、それでも言わずにはいられないのだろう。
涙目になりながらも、必死に叫び続けていた。
が、その声は無数の歓声によってかき消されていく。それでも彼らは諦めることなく、喉を嗄らす勢いで叫び続けていたのだが──。
「……もうやめなさい」
「気持ちはわかりますが、意味はありませぬぞ」
──アッシリアとデューカスが叫びを止めさせた。タマモによって心を折られたアッシリアは、いままでずっとアオイとタマモたちの戦いを舞台脇で観戦していた。
それは試合早々にノックアウトされたデューカスも同じだった。もっともデューカスの意識が回復したのは、試合が終わってすぐ、強制的なエキジビションマッチにタマモたちが巻きこまれてすぐのこと。
それ以降、ふたりはアオイの奮闘を見守っていた。
参戦することなく、その奮闘を見守っていた。
アオイの、いや、「三空」の敗北は決定していた。
それをアオイは認めず、タマモたちに戦いを挑み、そして再び負けた。
試合に負けて、勝負にも負けた。
どちらか片方であれば、まだ救いはあるが、今回は完全なる敗北。
アオイは完全に意識を手放している。試合に負けたときは、わずかな間だけ意識を手放していたが、今回はこれだけの騒ぎの中でもいまだ意識を回復していない。
失神した時点で、どう言い繕おうとも敗北を否定することはできない。
ゆえに、これ以上の戦闘は無意味だし、どれほど声高に叫んでもやはり意味はない。
試合も勝負も決した。覆すことは誰にもできない。
「で、ですが、明空様、宵空様! 我らは」
「私たちの旗印である姫が失神した。それも二度もね。一度だけでも言い繕うことはできないのに、二度目となれば、もう言い訳もできはない」
「そうですな。……皆さんの気持ちもわからなくはないのですが、今回ばかりは我々の敗北です。これ以上言い繕うのは見苦しいだけですぞ」
「し、しかし」
アッシリアとデューカスが敗北を認めるように告げるも、それでも言い繕うとするPKたち。そんなPKたちが集まる観客席の一角でひとり立ち上がる者がいた。
「……もうやめなさい」
そう告げたのは、PKたちの戦闘教官を担う「天空王」の字を持つエアリアルだった。
「きょ、教官」
最高幹部であるアッシリアとデューカスだけではなく、教官であるエアリアルまでもがPKたちを抑え込みに掛かっていた。
もうどうしようもないのだということを突き付けられていくPKたち。そんなPKたちにエアリアルが告げたのは、たった一言であった。
「「醜くなるなかれ」だ」
エアリアルが告げた一言に、騒いでいたPKたちが一斉に静まった。
その言葉はアオイが「蒼天」を立ち上げた際に告げたものであり、「蒼天」の基本理念とも言うべきものだった。
「……かつて姫は仰られた。「どれほど悪辣と後ろ指差されようとも、決して醜くなるな。悪辣と醜悪は違う。勝つために醜態を晒しても、醜悪になることは許さぬ。醜くなるなかれ」と。いまのおまえたちの有様を見て、姫はどう仰るかは、わかるだろう?」
普段寡黙なエアリアルからは考えられないほとの長文。その言葉に敗北を認められずにいたPKたちはついに口を閉ざした。
その様子を見て、エアリアルはアッシリアとデューカスを見やる。エアリアルの視線を受けて、ふたりは頷き告げる。
「いまここに我らが敗北を認める」
「そして我らを打倒せし「フィオーレ」へと、万雷の喝采を送ろう」
「「さぁ、いまこそ柏手を送るとき」」
ふたりの言葉を皮切りにして、「蒼天」側から拍手が送られていく。最初に拍手を送ったのはアッシリアとデューカス、そしてエアリアルの3人だった。3人の拍手に背を押されるようにして、ひとつまたひとつと拍手は増えていく。
それは「蒼天」側だけではなく、元からタマモたちを応援していたプレイヤーたちによる拍手が送られていく。
その拍手の中、ここぞとばかりに実況からの言葉が響き渡った。
「第二回「武闘大会」クラン部門エキスパートクラスの優勝は「フィオーレ」となります」
実況が再び告げた言葉に、無数の拍手は万雷の喝采へと変わっていく。
その喝采を浴びながら、タマモたちは同時にその腕を上げた。
こうして第二回「武闘大会」は、タマモたちの完全勝利という形で終わりを告げるのだった。
次回より特別編です。




