43話 マスター就任
聞き間違いだろうかとタマモは思った。
「タマモをマスターに」とレンが言ったように聞こえた。
おそらくは聞き間違いか、もしくは幻聴だろうが、それでもタマモの耳には「タマモをマスターにする」というレンの声が聞こえた。
「えっと、レンさん?」
「ヒナギクはどう思う?」
「そうだね。私も悪くないと思うけど?」
「だよな」
「うん。むしろレンが言わなかったら私が推薦していたところ」
ふふふ、と少し機嫌がよくなったのか、クーの背中を優しく撫でていくヒナギク。レンもいくらか嬉しそうにしている。それがヒナギクの機嫌がよくなったからなのか、それともヒナギクも同じ意見だったからなのかはわからない。
だがわかることはある。どうやらタマモの耳に届いた内容は、聞き間違いではなかったということだ。レンだけではなく、ヒナギクもまたタマモをマスターとして推しているということだった。
「ちょっと待ってください、おふたりとも!」
このままだと満場一致と言われかねない。
満場一致どころか不満しかないタマモがいるのだから、意見くらいは言うべきだった。たとえ多数決を採られることになったとしても言うべきことは言わなければならない。
「なんでボクがマスターになるんですか? まだ「武闘大会」中のリーダーであればわかるんですけど。まぁリーダーにされるのも納得はできていませんが、マスターなんてもっと納得できないですよ! なんでボクなんですか!?」
言いたいことをやや早口かつ一息で言い切るタマモ。
その勢いに「本当に納得していないんだなぁ」と思うヒナギクとレン。
しかしいくら勢いよく言われてもヒナギクもレンも撤回するつもりはなかった。
「タマちゃんの言うことは、言いたいことは「そんな能力はない」ってことでいいのかな?」
ヒナギクの問いかけに「その通りです」と全力で頷くタマモ。
タマモ自身は能力がないと言うが、マスターとしてやっていける能力はタマモにはある。
数百人規模の学校の生徒会長を勤めあげていたのだ。
それも生徒会選挙の際には、対立候補がかわいそうになるほどの大差で圧勝するほどに支持を受けての当選だった。その様子は、タマモの補佐をしていた莉亜に「新手のいじめ」と言わしめるほどだった。
とはいえ、タマモはこれといった活動はしていなかった。せいぜいが投票前の演説くらいだ。タマモ自身、落選してもいいと思っていたこともあったためだったが、その演説ですべては決まった。正確には一言めで決まったのだ。
「皆さん、初めまして。玉森まりもと申します」
スカートの端を掴んで一礼をしたタマモ。普段の癖でしただけのことであったし、そのときのタマモは「どうせ落選するんだから、早く終わらないかなぁ」と飽きていたのだ。
しかしそんなタマモの内面とは裏腹に、そのときのタマモの一挙手一投足に投票会場であった体育館にいたほぼ全員が呑まれていた。
例外は幼なじみであり、補佐をしていた莉亜とタマモ本人くらいであり、対立候補でさえもタマモの姿に呑まれ、そして魅了されていた。
そのときのタマモはうっすらと笑っていた。頬がほんのりと紅く染まり、穏やかに笑う姿にほぼ全員が言葉を失っていた。ひとつひとつの動作から感じる高貴さ、スタイル的には未成熟であるはずなのに香り立つ色気、そして全身から生じていた圧倒的とも言っていいカリスマ。
たとえそのときのタマモが「早く帰って早苗さんにハグされながら頭をなでなでしてほしいのです」と若干アレなことを考えていたとしても、タマモのすべてにその場にいた全員が言葉を失ったことには変わらない。
「──以上が私の公約となります。ご清聴感謝いたします」
最後にふたたび一礼をして、タマモの演説は終わった。演説の内容は一言で言えば「いまよりもよりよくしていきたい」という実のない、ありふれた内容だったはずにも関わらず、ほぼすべての生徒がタマモに投票したのだ。当のタマモにとっては「なんでですか?」と思うことだったが、決まったことは決まったことであり、タマモは生徒会長になった。
そう生徒会長になったのだが、なぜか下級生や同級生、しまいには上級生からも「まりも様」と呼ばれるようになるとは考えてもいなかったし、タマモが一言発するだけですべてが片付くという状況にもなるとも思っていなかった。
だがそれもすべてはタマモが知らず知らずのうちにかもち出していたカリスマ性によるものだった。
そしてそのカリスマ性に頼ることなくタマモは生徒会長の仕事をこなしていた。……もっとも莉亜に物理的にお尻を蹴り飛ばされたということもあって渋々とだったが。
その渋々でこなした仕事でさえも完璧と言えるものだった。
「できるなら最初からやりなさいよ」
その仕事ぶりに莉亜からことあるごとにため息混じりに言われたのは言うまでもなかった。
とにかく、数百人を相手にする生徒会長という仕事でさえもこなせたのだから、クーを入れてもふたりと一頭の「フィオーレ」のマスターもこなすことはできる。
しかしそのことをタマモは理解していないため、ヒナギクとレンの推薦を受けても納得できなかった。
そんなタマモにヒナギクとレンは理屈詰めて語った。
「私たちの関係って、タマちゃんがいたからこそだと思うんだよね」
「タマちゃんが屋台を出していたからこそ、俺たちはこうして知り合えたんだから、タマちゃんをマスターにするべきだと思う」
「「武闘大会」にしてもタマちゃんはまだ前衛にはできないし、なら守るべきリーダーに据えるのはありだと思うよ?」
「後ろで俺たちの戦い方を見て学べるからね。リーダーとして後ろにいてもらうのもありだと思う」
「あとタマちゃんってわりと目がいいから状況を俯瞰的に見られると思う」
「それに」
「なんでしょう?」
「「なんでもするという賭けをしたよね?」」
最後の一言にタマモはなにも言えなくなった。それまでの言葉でも言えなくなっていたが、最後の一言にはなにも言えなくなった。事実上のとどめである。
「……わかりましたよぉ、やればいいんでしょう」
タマモはテーブルに突っ伏しながら頷いた。
こうしてタマモは「フィオーレ」のマスターとして就任することになったのだった。




