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135話 発狂

 しゃもじを担ぎながら、特攻を仕掛けてくるアオイ。


 その顔は愉悦に染まっている。それこそ、タマモたちを獲物として見ていないのは明らかであった。


 タマモたちはあまりにも表情を浮かべるアオイに、若干引き気味になりつつも、それぞれに構えを取っていく。


 レンはミカヅチを納刀して中腰に構えた。いつでも得意の抜刀術を放てる態勢で、レンの基本的な構えであった。


 ヒナギクは、ボクシングで言うオーソドックススタイルで構えを取る。左右それぞれで必殺の一撃を放つヒナギクらしい構えだ。


 そしてタマモは、おたまとフライパンを左右それぞれで握りながら立ち尽くしていた。一見棒立ちに見えるが、その実脱力しきった、ある意味理想的な構えである。


 そんな三者三様の構えを取る「フィオーレ」へとアオイは肉食獣が牙を突き立てるように、猛然と襲いかかる。


 アオイは担いだしゃもじを大上段から振り下ろす。今回の狙いは、ヒナギクだったようで、その頭上から迷いなく振り下ろしていく。


 ヒナギクは、まさか自分とは思っていなかったのか、呆然とした様子でアオイの一撃を直撃した、かのように見えた。


「っ!?」


 振り下ろしたしゃもじは空を切り、地面を砕いた。そこにいたはずのヒナギクはいなくなっていた。


 いや、ヒナギクだけではなく、タマモたち全員の姿が忽然として消えたのだ。


「ちぃ! つまらぬ小細工を!」


「フィオーレ」が忽然と消えた理由を、試合開始早々に喰らった幻術だと判断したアオイは、舌打ちとともに周囲を睨み付ける。


 だが、その姿を捉えることはできなかった。忌々しそうに顔を歪めながら、アオイは突如としてしゃもじを左右交互に薙ぎ払っていく。


 一見すると、錯乱したように見えるものの、擬似的な結界を形成するためのものだった。が、無差別に薙ぎ払うため、スタミナの消耗がそれなりにある。


 それでも轟音を奏でるしゃもじの結界はおいそれと侵入することは叶わない。


 見た目という意味合いでは、錯乱したとしか思えない少々残念なものではあるが、その実、防御という面で言えば悪くはない。


 悪くはないが、もっと別の方法はあるはずだと思うものも多いだろうが、アオイはその実戦経験からこうするべきだと導き出したのだろう。


 そうして導き出した答えのもとに、アオイは防御結界とも言うべき、しゃもじの振り回しを行っていた。


「そんな長物を振り回すのは危ないですよ?」


 しゃもじによる結界を張っていたアオイの耳に、突如レンの声が囁くように聞こえてきた。


 アオイはとっさに反転しながら、しゃもじを振り抜くが、すでにレンは離脱した後で、アオイのしゃもじは空を切った。


「ほら、こっちですよ?」


 すると、真後ろからまた囁き声が聞こえてくる。アオイは再び反転するも、やはりすでにレンは離脱し終えていた。


「逃げ回るだけがお得意ですか、レン!」


 アオイが叫ぶも、レンは笑い声を残すのみで、アオイの視界に留まらなずに移動し続けている。


 アオイは舌打ちしてから、「ならば」と息巻くとしゃもじを再び大上段に構えて地面へと振り下ろした。


 アオイが振り下ろしたしゃもじは、地面を再び砕く。が、今度はただ砕くだけでは、地面を隆起させていく。


 隆起した地面はアオイの周囲を守る盾のように顕現し、さしものレンもその盾の前ではアオイの間合いに飛び込むことはできないようで、囁き声は止まった。


「どうですか、これならば」


 アオイは笑いながら周囲を見回していた。そのとき。


 背後から小さな物音が聞こえた。


「そこですか!」


 アオイは三度反転して背後を見やるが、そこには誰もいない。あるのは隆起した地面という名の盾だけだった。


 聞き間違いかとアオイが目を逸らそうとして、再び小さな物音が「ピシッ」という音が聞こえたのだ。


 アオイは再び背後を見つめる。だが、これと言って変化はない。妙な胸騒ぎをアオイは感じつつも、しゃもじを構えたのと同時だった。


 目の前の隆起した地面に大きな亀裂が走ってすぐ、その亀裂の中から右拳を振り抜いたヒナギクが現れたのだ。


「ヒナギク!?」


 アオイは目の前に現れたヒナギクを前にして、目を見開いた。目を見開いたが、すぐにしゃもじを前面に押し出して盾代わりとした。


 そこにヒナギクの左拳がしゃもじに突き刺さる。しゃもじを持つアオイの両腕に凄まじい衝撃が走り抜けていく。


「っ! こんの、バカ力がぁぁぁ!」


 アオイは顔を顰めながら、背後の隆起した地面に背をぶつけてその場に踏み留まることはできた。

 だが、衝撃を逃しきることはできず、少なくないダメージを負ってしまった。


 アオイがダメージを負ったことにまずいと思ったときには、すでにその影はアオイの頭上に差していた。


 ちょうど太陽を背負うようにしているため、輪郭しかわからないが、それでもそこにいるのが誰なのかはわかった。


「タマモ、貴様!」


 目を細めつつ、アオイは叫ぶ。その叫びにタマモは答えぬまま、自然落下してくる。


 このままでは攻撃を食らいかねない状況だったが、アオイは慌てることなく行動に移った。


「ヒナギクの攻撃を受けて、反撃ができないと思ったのでしょうが、甘いですよ、タマモ!」


 ヒナギクの攻撃でダメージは負った。ガードの上からダメージを負うという理不尽極まりない一撃ではあったが、それでもガードはちゃんとできていた。


 タマモたちの想定よりもダメージは大幅に少なかった。ゆえに、タマモへの反撃、いや、迎撃を行えた。


 アオイはしゃもじを両手で握りしめ、頭上へと勢いよく振り上げた。振り上げたしゃもじは頭上のタマモに直撃──。


「なにをしているんだ、アオイ?」


 ──したはずだった。だが、そのタマモの声がアオイのすぐそばから聞こえてきた。


 アオイが目を向けると同時に、腹部に強い衝撃が走った。


「「花鳥風月・清月」」


 見れば、タマモはアオイの懐に入り込み、その腹部に拳を突き刺していた。


 アオイの顔が痛みで歪んだ。視界さえも歪んだとき、目の前にドスンというやや大きめな音を立てて、小さな岩の塊が落ちてきた。


 それがタマモらしき輪郭の正体であることをアオイは理解した。まんまと嵌められたこともまた。


「……やっぱり、おまえのEKは確率を操作するみたいだな。少しでも失敗確率のあるものは通用しないけれど、必中効果の幻術には弱いと見た」


 タマモが淡々と告げる内容に、アオイは目を見開いて驚いた。


「なぜ、それをっ!?」


「10分間もただ殴られるだけだと思っていたのか? あれだけ殴られれば、おまえが得意げにしていた手品のタネなんて見破るには十分だよ」


「た、タマモぉぉぉぉぉ!」


 あっさりと言い切るタマモにアオイは怒りを燃やしていた。そこにタマモはさらなる追撃となる一言を加えていく。


「それと、おまえも幻術を使っているんだな?」


「なっ!?」


「どういう種類なのかはわからないけれど、おまえがなにかしらの幻術を使っていることはわかるよ。……悪さする前にその幻術を解いてやろう」


「や、やめよ、やめろ、やめろ、やめろぉぉぉぉぉぉ!」


 アオイは慌てながら叫んだ。その叫び声にタマモは怪訝な顔を浮かべつつも、アオイから一足飛びに離れ──。


「戦いというのは、相手の嫌がることを徹底的に行うこと、でしょう?」


 ──タマモは右手をすっと伸ばしながら、指を鳴らした。


「オール・リリース」


 オール・リリース。「夢幻の支配者」のみが行使できる、すべての幻術を強制解除する術。その術をタマモが発動し、そして──。


「……え?」


 ──タマモは目の前の光景に息を呑んだ。


 それはタマモだけではなく、ヒナギクやレン。いや、ふたりだけではなく、この戦いを見守る観客たちも同じであった。


 全員が舞台を、もしくは舞台を映す大型モニターを見て言葉を失っていた。


 なぜなら大型モニターに映し出されているのアオイだった。本当の姿となったアオイが映し出されている。


 丸い耳と太い尻尾を生やし、目の周囲を隈のよに真っ黒く染めたアオイがそこにはいたのだ。


 誰がどう見ても、その姿は獣人、狸の獣人としか思えない姿であった。


「あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」


 モニターに映しだされた自身の姿を見て、アオイは発狂したように叫びだした。まさに慟哭と言っていいほどにその叫び声は深い、深い絶望に染まったものであった。

プロローグでアオイが言ったタマちゃんのしたことと言うのが、今回の「オール・リリース」によるアオイの本当の姿を晒したということです。随分と長くなってしまったけど、ようやく書けたわ←汗

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