134話 しゃもじの能力
しゃもじを取り出したアオイとの、強引な形でのエキジビションマッチに突入したタマモたち「フィオーレ」──。
アオイの凶行によってパニック状態となっていた観客たちも、その凶行の矛先がタマモたちへと向けられたことで、少しの時間を置くことにはなったが、冷静になっていき、会場内の秩序は蘇った。
が、そうして秩序が再び産まれた会場内で観客たちが見たのは、アオイとの戦闘を続行するタマモたちである。
しかし、それはあまりにも試合中とは異なるものであった。
「ふふ、はは、ははははは! やはり、やはりよ! 私が負けることなどありえないのです!」
かつての舞台中央でアオイはひとり高笑いをしている。
その前にはミカヅチを地面に突き刺して膝を着くレンと、両膝を突いての女の子座りをするヒナギク、そして仰向けになって倒れているタマモがいた。
試合中とは真逆の光景であった。
その光景に「フィオーレ」ファンたちは言葉を失っている。
一方で「蒼天」側のプレイヤーたちは喝采を送っていた。
その内容は喝采の熱の凄まじさにより、ほとんど聞き取れないレベルであったものの、多くは自分たちのマスターであるアオイの強さは本物であることを讃えるもの。
とはいえ、それも致し方がない。
エキジビションマッチ突入から、10分が経っていた。
たった10分で戦況はひっくり返されていたのだ。
アオイただひとりによってである。
エキジビション突入前、試合終了後のアオイの負け惜しみ同然の「私は負けていない」という言葉は、負け惜しみではなく事実であったのだとアオイ自身が証明した形になっていた。
「くくく、大きな口を叩いた割には情けないですね? 所詮、貴様らなど私の敵ではないのですよ!」
アオイは高笑いを続ける。
エキジビション突入してからというもの、アオイは一度もダメージを受けていない。
対して、「フィオーレ」は大きなものは受けていないものの、小さなダメージを積み重ねていた。死闘を制してすぐにエキジビションに突入したこともあり、元々あった消耗の上からダメージを積み重ねられたことで全員が一斉にダウンしたのである。
とはいえ、それを言うのであれば、アオイもタマモたちの総攻撃により大きすぎるダメージを受けた後である。
条件的に言えば、タマモたちと同等、いや、人数差を踏まえれば、タマモたちよりも条件は厳しかった。
それでいての現状は、アオイは事実を言っていたというなによりもの証拠であった。
『……だってさ? どうよ、ふたりとも?』
アオイの高笑いが響く中、レンはミカヅチを地面に突き刺しながら、アオイから視線を外すことなく鋭く見つめていた。見つめながらふたりに声を掛ける。
『……正直いまの状況だけを見たら、言う通りかもしれないけど、タネがあるのはわかったよ』
ヒナギクは女の子座りをしながらも、レン同様にアオイから視線を外すことなく、冷静に観察を続けている。その視線はとても鋭く、決して諦観に染まっているようには見えない。
『……やはりタネの正体は、あのしゃもじですね。あれを取り出してからいろいろとおかしなことになりましたし』
そしてタマモはアオイに視線を向けてはいないものの、じっと空を見つめながら、思考を巡らしている。その様子はわざとダウンして時間稼ぎとともに、ダメージ回復をしているようである。
そう、タマモたちは一斉にダウンした。たしかに消耗したうえでの小さなダメージの積み重ねはあった。
とはいえ、それだけではダウンにまで至らない程度であった。
だが、そのままではいずれ本当にダウンすることになる。
ならば、と「五尾」を通じてタマモが「一斉にダウンした振りをして時間稼ぎをしよう」と言ったのである。
アオイの性格を鑑みれば、タマモたちが一斉にダウンしたのを見てどういう行動を取るのかは容易に想像できた。
ただ、賭けとも言える行為ではあった。
十中八九、アオイは自分の優位性を誇るだろう。散々その自尊心を傷付けられたアオイであれば、その自尊心を回復させるために、ほぼ間違いなく自身の優位性を、自身の強さを誇るはず。
だが、確定で行うとは限らない。なにせ、自尊心の回復などタマモたちを完全に倒しきってからでもできる行為なのだ。
その結果、故意的なダウンが本当のダウンに繋がりかねない。
一か八かの勝負。その勝負にタマモたちは勝ち、こうして作戦会議を行える時間的な余裕を得ることができていた。
ちなみにだが、ヒナギクとレンが鋭くアオイを見つめていることをアオイは気付いていない。タマモの「夢幻の支配者」の能力によって、アオイは自身がタマモの力の支配下にあることを気付いていない。
「夢幻の支配者」の支配下にあるのであれば、その能力を用いればデューカスを撃破したとき同様に、アオイを行動不能にさせることができるのではないかと思われることであろうが、タマモはすでに試しているのだ。
試したものの、どういうわけか、アオイを行動不能にすることができなかったのだ。
それは「夢幻の支配者」だけではなく、ヒナギクやレンのデバフもどういうわけか、アオイにはまったくと言っていいほど通用しなかったのだ。
唯一通ったのが、現在タマモが用いている「夢幻の支配者」の能力のひとつである「傲慢なる瞳」という術のみ。
この「傲慢なる瞳」は、対象者の視点を誤認させる。が、誤認させると言っても敵と味方を誤認させるというわけではなく、極めたところでせいぜいが相手の現状を誤認させる程度のもの。
わかりやすく言えば、消耗していないのに、消耗しているように見せかける程度である。その名前とは裏腹に効果が低い術である。
ただ、効果は低いものの「傲慢なる瞳」は必中の効果が付与されているため、誰が相手であろうと必ず通用するため、完全に産廃というわけではないが、効果が低すぎてあまり使い道に乏しい術であった。
その効果の乏しい術が、なぜかアオイに通じ、現在の作戦会議を行える余裕を得ていた。
なお、作戦会議のために「五尾」に全員の意識を共有してもらっているため、その声はアオイには届いていなかった。
それどころか、アオイにはタマモたちが着実に反抗を企てていることに気づくことなく、自分の優位性に酔いしれている。
その様子に五尾が「……愚かな子ですね」とアオイを哀れんでいることにもまたアオイは気付いていない。
五尾のアオイへの哀れみの言葉を聞きながら、タマモたちはそのことにあえて反応せず思考を巡らしていく。
『タネとして考えられることは、やはり確率操作系じゃないかなって思うんですよ』
『……正直一番あって欲しくないけれど、現状を踏まえるとそう考えるのが妥当かな?』
『タマちゃんの能力が効かないことや俺やヒナギクのデバフも弾かれたことを踏まえると、やっぱりそれかな?』
タマモが口にした予想をヒナギクとレンも頷いた。
タマモの「夢幻の支配者」の各術や、ヒナギクとレンのデバフもすべて共通して成功確率が存在している。
ヒナギクとレンのデバフはそこそこだが、「夢幻の支配者」の術は元来高確率で成功判定を受ける術であった。
その高確率の成功判定がなぜか失敗判定を受け続けている。
八割の成功率で十回連続で失敗し続けると言えば、そのありえなさがわかるだろう。もちろん確率であるため、十回連続で失敗し続けることもあると言えばある。
あるが、それがどれほどありえないことであるのかは想像に難くない。
逆に言えば、それだけありえないことが目の前で起きている。
どう考えてもアオイの持つしゃもじの力は確率を操作するとしか思えない。
そしてそれがありえない能力であることもまた。
『へんてこな見た目ではあるけれど、その能力もありえないね』
『でも、そのありえない能力だと踏まえたら、頷けるんだよな』
『……アオイが秘匿し続けるのもわからなくないものですね』
3人が一斉に結論を導き出す。そこに五尾が一言を付け加えた。
『……確率操作系であることは間違いないでしょうが、その中でも一番最悪なのは事象の攪拌ですかね』
『事象の攪拌?』
『この世界において確率操作系の最上位に値するものです。一言で言えば、望む結果になるまで繰り返すというところですかね?』
五尾が口にした内容は、あまりにもありえない能力であった。
その能力を聞いて、タマモたちは唖然とする。さすがにそれはチートすぎると思うものの、同じくチートと言えるほどの能力をタマモのおたまとフライパンも持ち合わせている。
加えて、タマモのおたまとフライパン、アオイのしゃもじはあまりにも似通ったものだった。その似通った見た目を踏まえれば、アオイのしゃもじのランクも自然と導き出すことができた。
『……仮に事象の攪拌だとしたら、アオイのEKはURランクであることは間違いないでしょうね。むしろ、そう考えるべきです』
『だね。……しっかし、最高ランクがみんなへんてこってこのゲームの運営さんはなに考えているんだろうね?』
『さぁな? でも、へんてこだからこそ、能力は盛っているんじゃないか?』
『あぁ、その可能性はあるね』
ヒナギクとレンがしみじみと頷き合う中、タマモはなんとも言えなくなっていく。
タマモもそのへんてこなEKの所持者である。
その所持者同士、思うところはあるだろう。だからと言って理解し合うなんてところはもう通り過ぎていた。
『とりあえず、URランクでかつ事象の攪拌としてこれからは行動をしましょう。そして打ち勝ちましょう』
『うん』
『頑張ろう』
タマモの声にふたりが頷き合う。それを見届けてからタマモは立ち上がった。ふたりも続いて立ち上がっていく。
「はっ、まだやるんですか? 無駄なことを」
「無駄かどうかはおまえが決めることじゃない。ボクらが決めることだ」
「……いいでしょう。その心をまず折ってあげます。せいぜいいい声で啼きなさい!」
アオイがしゃもじを抱えながら突進してくる。タマモは「いきますよ」とふたりに声を掛けてから、アオイの攻撃に備えるのだった。




