132話 共鳴
アオイが倒れる。
格闘技の試合であれば、誰の目から見ても明らかなノックダウン。
今大会、いや、前大会、いいや、ベータテスト時から数えて、公式で残っている記録において、アオイが地にひれ伏したことはない。
唯一の例外があるとすれば、非公式でのタマモの逆鱗に触れた際くらい。
それ以外において、アオイが倒れたことはなかった。
そのアオイがいま倒れた。
それもスリップによるものではなく、度重なるダメージによってだ。
いまのアオイは深刻なダメージを負っている。大型モニターに映し出されたアオイは、意識が飛びかけているようで、その目はうつろなものになっている。
加えて、武器を破損したうえ、同じクランのメンバーはすでに脱落している。
どう考えても、ここからの逆転の目はない。誰の目から見ても明らか。
そんな事実を前にして、観客席からは大音声の歓声が飛び交っていく。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「やった、やったぞぉぉぉぉぉ!」
「「フィオーレ」! 「フィオーレ」!」
まともな言葉になっていない声が次々に飛び交っていく。
「蒼天」側のプレイヤー以外の全員が喜びの歓声を上げる中、「蒼天」側のプレイヤーたちは誰もが言葉を失っている。
絶対王者である自分たちのマスターであり、「魔王」を称するアオイがKO寸前にまで追い込まれている。
その光景を前にして言葉を失うのは当然のことであろう。
もしくは、動揺しながら「なにかの間違いだ」と口にする者もいる。
だが、どれほど信じられない光景であっても、目の前の光景こそが現実であった。
その現実はより加速し、そして「蒼天」側のプレイヤーたちにとって無慈悲なアナウンスが響き渡った。
「「三空」のマスターであるアオイ選手のダメージが深刻であることを踏まえ、これ以上の継続戦闘は不可能と判断いたしました」
そのアナウンスは突如として響き渡る。響き渡ったアナウンスに「蒼天」側のプレイヤーが「は?」や「ま、待ってくれよ」とざわめくも、アナウンスは続いた。
「これによりアオイ選手の戦闘不能といたします。「三空」メンバーの全員の戦闘不能ないしギブアップを確認いたしました。よって、クラン部門エキスパートクラス決勝戦は、「フィオーレ」の勝利といたします」
淡々としたアナウンスが会場内に響き渡った。そのアナウンスに一瞬だけ会場内が静寂に包まれるも、すぐにいままでで一番の大音声の歓声による、「フィオーレ」の勝ち鬨の声が上がっていく。
「まさか、まさか、まさかの大金星です! あの絶対王者である「三空」に「フィオーレ」が圧勝、いや、完勝いたしましたぁぁぁぁぁぁ!」
実況がここぞとばかりに叫ぶ。同時に解説役のバルドとローズがそれぞれに「おめでとう」と舞台上にいるタマモたちへと叫んだ。
大音声の歓声の中では、どれほどふたりが声を張ろうともタマモたちに届くことはない。
それでも構わないとばかりにバルドとローズは叫んでいた。
「これにより、第二回武闘大会クラン部門エキスパートクラスは、「フィオーレ」の優勝となりましたぁぁぁぁぁぁぁ!」
実況は背を仰け反らせて叫ぶ。その声に呼応するように観客席からは歓声が飛び交う。タマモたちの勝利を喜ぶ声が飛び交っていく。
無数の歓声を浴びながら、タマモたちは倒れ伏すアオイを前にして、疲労困憊の状態にあった。
ふたり掛かりでアオイを全力で抑え込んでいたヒナギクとレンはもちろん、アッシリアと一進一退の攻防を繰り広げていたタマモも、限界ギリギリにまで自分を追い込んでいたのだ。
だが、その甲斐あってタマモたちは優勝を掴んだ。
その結果を受け、タマモたちの顔には喜びの色が浮かんでいく。
「やった、ね」
ヒナギクが最初に呟いた。長い髪を乱れさせながらヒナギクは穏やかに笑った。
「あぁ、やったな」
次いでレンが言った。汗だくになりながらもレンは達成感に満ちた笑みを浮かべていく。
「……ようやく、ですね」
そして最後にタマモが頷いた。感無量とばかりにその目尻には涙が浮かんでいた。
それぞれがそれぞれらしい反応を見せながら、3人は「優勝」という事実を噛み締めていた。そのとき。
「……ふざ、けるなぁぁぁ!」
突如、歓声を切り裂くほどの大音声が響き渡ったのだ。
あまりにも突然聞こえてきた声に、歓声が一斉に消え静寂が会場内を包み込んだ。その静寂を産みだしたのは、他ならぬアオイだった。
アオイは痛みに喘ぎながら、その体を震わせながら立ち上がった。
「我は、我はまだ負けておらぬっ!」
アオイは目を血走らせながら、タマモたちを睨み付ける。
いきなりの発言に会場内が騒然としていくが、アオイは気にすることなく、半ばから折れたブロードソードをタマモたちに突き付けた。
「我はまだ戦える! 戦えるのです! ゆえに私と戦え! この程度で私が負けるなどあってならぬことなのですから!」
呼吸を荒げながら、アオイは叫ぶ。普段の口調は完全に崩れ、おそらくは素の口調で言い募っていくアオイ。
言っていることは完全に負け惜しみ。見苦しささえ感じるほどに、アオイは自身の負けを認めずにいた。
その様子にさしもの「蒼天」側のプレイヤーたちも「……姫」と困惑の色を見せていくが、すでにアオイの視線は自身を打倒せしめたタマモたちしか見えていなかった。
「……試合はもう終わっている。おまえの負けだ、アオイ」
だが、タマモたちはもうアオイを相手取るつもりはなく、代表としてタマモがアオイに敗北を突き付けた。
「違う! 私はこの程度で負けてはいない! 負けるわけがない! 勝負はまだ終わってなどいないのだぁぁぁぁ!」
アオイがその手にあったブロードソードの残骸を投げつけ、インベントリから長物を取り出し、その長物を舞台へと叩きつけた。
瞬間、舞台は瞬く間に砕けきった。その余波は観客席にまで及び、観客から悲鳴を上げていく。
「アオイ選手、止まりなさい! 試合はすでに終了しています!」
実況がたまらず叫ぶが、アオイは聞く耳持たずで、「タマモぉぉぉぉぉ!」と怒号を上げながらタマモへと突貫する。
舞台が砕かれた影響でタマモたちは分断されてしまっていた。3人を分断し、各個撃破を狙っているのだろう。その各個撃破の最初の目標にアオイはタマモを狙ったようだ。
先ほど以上に目を血走らせながら、アオイは取り出した長物をタマモへと振り下ろす。が、タマモはフライパンによる「絶対防御」にてその一撃を防いだ。
──ピィキィィィィィーン
アオイの一撃をタマモが防いだとき。あまりにも甲高すぎる音が響いた。金属同士がぶつかった音というよりかは、共鳴したような音が会場内で響き渡った。
「「っ!?」」
突然響いた共鳴音にタマモとアオイは同時に目を見開き、タマモはアオイの持つ長物を見て唖然とした声を上げた。
「……しゃも、じ?」
アオイの手にあった長物の正体。それはアオイの身の丈を超えるほどの巨大な、大剣を想わせるしゃもじだった。




