131話 花と空 その終わり
「闘技場」内が騒然としていた。
試合開始して15分ほど。いつもの「三空」の試合であれば、よく保った方だと言われる時間。
だが、その15分は今回違う意味合いのものだった。いつも通りの試合であれば、相手のクランが崩壊し、最後のひとりが倒れ伏していただろう。
しかし、今回の試合は異なっていた。今回の試合における15分。それは「三空」の人数が残りひとりとなった時間であった。
絶対王者の名を欲しいままにしていた「三空」は、「銀髪の魔王」アオイ、「褐色の聖女」アッシリア、そして「魔弾のデューカス」の3名で構成されている。
数は少ないが、ひとりひとりが精鋭中の精鋭で構成されている。
その精鋭たちのうち、デューカスは開始早々に脱落した。
その後は対戦相手である「フィオーレ」と一進一退の攻防を行っていたが、ついにアオイの右腕とされるアッシリアさえも脱落した。
試合時間は残り半分。残り半分となって試合は想定外な形で、あまりにも観客の想いに沿う形で佳境へと突入したのだ。
「……バカ、な」
想定外すぎる光景の前に、アオイは呆然となっていた。その顔は珠のような汗に塗れながら、信じられないものを見るような目で大型モニターに映る「三空」の惨状を見つめている。
大型モニターには、「三空」と「フィオーレ」のそれぞれのメンバーが表示されているが、「フィオーレ」の面々は全員が開始時のままで、意気軒昂である。
対して「三空」は、アオイ以外のふたりが黒塗りになっていた。黒塗りは戦闘不能またはギブアップをした者の証だった。
アオイは大型モニターに映る惨状に、「なぜこうなった」という疑問を抱く。
最上の獲物となったタマモを公衆の面前で「狩る」はずだった。
タマモの仲間であるヒナギクとレンも相応の強者ではあるものの、「三空」の総力を以てすれば、対応はできると踏んでいた。
アオイのプランでは、開始早々にヒナギクとレンのどちらかを倒し、残った方をアッシリアとデューカスで抑えさせ、その間でタマモをゆっくりと料理するはずだったのだ。
それがいまや逆の立場となっていた。
開始早々にデューカスを落とされると、ヒナギクとレンによってアオイは事実上封殺され、その間にタマモによってアッシリアは心を折られた。アオイが立てていたプランをそのまま「フィオーレ」が流用したような状況となっていた。
どうしてこうなった?
アオイは再び自身に問いかけるが、それを相手は待ってくれなかった。
「隙、だらけですよ!」
ヒナギクの声が耳朶を打つ。アオイはとっさに視線を向けるとヒナギクはすでにアオイに肉薄していた。
この試合通して、何度も行っている攻撃。右拳による一撃を放とうとしていた。
「それは通じんと何度やればわかる!?」
ヒナギクの一撃の威力は、間違いなく全プレイヤー中最強だろう。だが、どれほどの威力を誇ろうと当たらなければなんの意味もない。
この試合中、ヒナギクはバカのひとつ覚えのように何度も何度も右拳を振るってきたが、そのすべてをアオイは制してきた。
ヒナギクが右拳を振り上げたら、同時にアオイも右腕を上げ、ヒナギクの腕と交錯するようにすればいい。
それだけでヒナギクの一撃は空を切るどころか、不発となる。
タイミングは完全に憶えた。たとえ不意を衝かれたところで、喰らうはずのない一撃であった。
ゆえにアオイはいつも通りに右腕を振り上げたのだ。が、交錯するはずの右拳がいつまで待っても迫ってこない。
それどころか、視界からヒナギクが消えたのだ。
振り上げた右腕に隠れたのかと思った、そのとき。
「っぐぅ!?」
いままで感じたことのない衝撃が、アオイの腹部に走った。
視線を下げれば、ヒナギクの左拳が突き刺さっていた。
「……バカのひとつ憶えって思いましたよね?」
ヒナギクの声が再び聞こえる。声の聞こえた方へと視線を向けると、アオイの真横にヒナギクは立っていた。その真横からアオイの腹部、ちょうど肝臓辺りにヒナギクの左拳は突き刺さる。
「虎は狡猾なんですよ?」
にこりとヒナギクが笑う。その笑みを見てアオイは、「ヒナギク、貴様ぁっ!」とアオイが激高する。が、ヒナギクの姿が再び消えた。
アオイはたたらを踏みながらも、どうにか呼吸を整えようとしていた。
「あと虎の牙はひとつだけじゃないんですよ?」
呼吸を整えようとしているアオイに向かって、ヒナギクの声が囁かれた。声の聞こえた方へと視線をむけたとき、アオイの右頬にヒナギクの右拳が突き刺さる。
「がぁっ!?」
腹部の痛みにどうにか立っている程度だったアオイは、右頬の一撃により、大きく後退させられた。
アオイへと放たれた連撃。それはヒナギクの奥の手である「虎墜牙」のもうひとつの姿。必殺の右から追撃の左を放つ通常の「虎墜牙」の真逆。必倒の左から無慈悲の右を放つ。その名は──。
「──虎墜牙・零式」
「虎墜牙」のもうひとつの姿。それが「虎墜牙・零式」である。……なお、命名者はレンであることは言うまでもない。あと、命名の元ネタとなったものもまた言うまでもないであろう。
そうして放たれた「虎墜牙・零式」をアオイは直撃してしまった。
その威力にアオイは大きく後退する。いや、後退するというよりかは、吹き飛んでしまう。
だが、そこはさすが「魔王」を自称するアオイ。そのまま場外へと落ちることなく、四肢を使って、どうにか踏ん張り切った。
しかし、そうして踏ん張った先には──。
「雷電──一閃!」
──すでにレンが先回りしていた。「雷電」状態で先回りしていたレンは、「雷電」を纏いながら、ミカヅチを納刀し、アオイが自身の間合いに飛び込んできたのを確認すると、納刀していたミカヅチでの高速の抜刀術「雷電一閃」を放った。
「レン、貴様もかぁぁぁ!」
アオイは大きなダメージを負った体で、レンの「雷電一閃」へとその手にあるブロードソードでどうにか迎撃を行う。
が、ただのブロードソードとSSRランクの「ミカヅチ」では、それも苦し紛れにはなった迎撃では、太刀打ちなどできるわけもなく、アオイのブロードソードは真っ二つに切り裂かれた。
切り裂かれたブロードソードの刀身に、アオイの驚愕とした顔と──。
「これで終わりだ、アオイ」
──アオイに肉薄したタマモが映り込んだ。
「た、タマモっ!?」
アオイは次々に巻き起こる想定外の事態に強い困惑の色をその表情に浮かべていた。
それでもタマモは止まらない。止まらないまま、アオイの腹部にへとタマモの飛び蹴りが、アッシリアへと放ったものと同種の一撃が突き刺さる。
タマモが放った飛び蹴り。それは古武術「風聖道」における深奥「花鳥風月」のバリエーションのひとつ。
花のように軽やかに、月のように静かに、鳥のように舞い、そして風のように疾く相手を打倒する。ゆえにそれはこう呼ばれる。
「花鳥風月──疾風!」
花鳥風月・疾風。その名の通り、疾風のように相手へと放たれる最速の蹴り技。その一撃が武器を失い、身動きも鈍ったアオイの、痛めた腹部へと突き刺さる。
「がぁぁぁぁっ!?」
アオイの口から断末魔じみた叫びが上がる。あまりの衝撃と痛みにアオイの背が仰け反った。同時に、タマモはアオイの体をまるで逆上がりの補助板のように駆け上がり、無防備になった顎にへとサマーソルトを放った。
「っ!!?」
声にならない悲鳴を上げながら、ゆっくりとアオイは仰向けに倒れ込んだ。
いままで公式の場において、誰もアオイにクリーンヒットさせることはできなかった。
そのアオイを3人掛かりとはいえ、「フィオーレ」はダウンさせた。
あまりにもな光景に、一瞬音が消えた。だが、すぐに歓声が、大音声の歓声がタマモたちを包み込んだのだった。




