42話 「フィオーレ」のマスター
「それで話し合いってなんなんですか、レンさん」
「うん。「武闘大会」に向けてということもあるけれど、それ以上に「フィオーレ」内の位置づけについての話し合いをしようと思うんだ」
「位置づけ、ですか?」
タマモとレンは真面目に話し合いを始めた。
だが、そんなふたりを訝しむようにヒナギクは見つめていた。相変らず目のハイライトが消えているのがなんとも言えない。そのヒナギクの視線を浴びているからか、タマモもレンもそろって顔を青くしている。二人そろって怒り狂ったヒナギクの恐怖は身に染みてわかっているからこその反応だった。
(ヒナギクさんは怒らせちゃいけないのです)
(ヒナギクは怒ったら本当に怖いもんなぁ)
ゲーム内で出会ってまだ一か月と少しという程度のタマモでもヒナギクの恐怖は骨身に染みるほどだ。幼なじみであるレンにとってみれば、ヒナギクの恐怖がどれほどのものなのかは一晩でも語り尽せないほどだろう。そうしてふたりに恐怖を植え付けたヒナギクは無言のまま、いつのまにか膝の上にいたクーを撫でている。クーも若干怯えている風なのがなんとも言えないところである。
「……ねぇ、みんな私のことをなんか恐ろしいものを見るような目で見ていないかな?」
クーを撫でる手を止めることなくヒナギクがタマモとレンを見やる。思わず体を震わせてしまうタマモとレン。そしてヒナギクが言った「みんな」の中に自分も含まれていることに気付いたクーもまたわずかに体を震わせていた。
「……へぇ? ただみんなに注意しただけなのに、そんな目で私のことを見るんだ? へぇ? そんなんでよくまぁ人のことを嫁だのなんだのと言えたよねぇ。あははは」
ふたりと一頭の反応にヒナギクは笑った。しかし笑っているはずなのに、その声には温度はなく、思わず体を震わせてしまうタマモとレン、そしてクーだった。
「……まぁ、いいけどねぇ。どうせ私のことなんてぇ」
はっ、と吐き捨てるように言うヒナギク。若干やさぐれているようだった。なんとも言えない空気が漂う中、クーが「きゅ、きゅー(おまえら、なんとかしろ)」とタマモとレンに訴え始める。実際現時点での被害がありそうなのはヒナギクの膝の上にいるクーだった。
普段であれば「羨ましい」とか「ちょっとそこ替われ」と言いたくなるタマモであるが、今日ばかりはクーの位置は羨ましくもなんともなかった。ただただ気の毒でならない。だが気の毒に思っても現状を打破することはできないし、方法さえも思いつかない。
(とりあえず、真面目に話し合いをしましょう)
(そうだね。とりあえず話し合いを進めようか)
現状の打破が思いつかない以上は、真面目に話し合いを進めてヒナギクの機嫌が治るのを待つほかにない。それまではクーは人柱的な立ち位置で頑張ってもらうしかない。タマモとレンはアイコンタクトでの意思疎通を交わした。
「あ、あー。でだ。俺としては今回の「武闘大会」を機に、正式なリーダー。つまり「フィオーレ」のマスターを決めたいと思っている」
こほんと咳ばらいをしながらレンが言う。その内容に「なるほど」と頷くタマモとやはりやさぐれているヒナギク。それでもなおレンは淡々と話を進めていった。
「たしかにマスターは決めた方がいいですよね。「武闘大会」の概要を見るかぎり、リーダーの存在は不可欠ですし」
「武闘大会」まで残り数日を迫っているからか、運営も「武闘大会」のTipsを更新していた。その内容は「武闘大会」における基本的なルールについてだった。
基本的に試合時間は十五分。準決勝からは三十分になり、制限時間をすぎても決着が着かなかった場合は、HPの残量で勝敗が決する。クラン戦の場合は残量の平均値で決するとあった。もちろん時間内に相手のクラン全員場外ないし死亡判定、もしくはギブアップさせれば、その時点で決着となる。加えてクラン戦であれば、ひとつ付け加えられた項目がある。それが相手クランのリーダーを退場させるというものだった。
「たしか、相手のリーダーを倒すか場外にさせれば、その時点で決着だっけ?」
「うん。人数不利を覆すためのルールみたいだね」
ヒナギクが肘を突きながら言う。まだ怒りが治まらないようだが、怒りをあえてスルーしつつ平静に頷くレン。よくまぁ平静に答えられるなぁと素直に思うタマモだった。
「それぞれのクランによって戦略は異なるだろうけれど、リーダーを守るということも念頭に置いて戦わなきゃいけなくなった。人数が少ないクランは当然相手のリーダーを狙ってくるだろうし、人数が多いからと言って相手のリーダーを狙わなくていいというわけでもない。将棋で言えば「王将」が自分たちのリーダーになるってこと。戦略の幅がリーダーという存在で大きく広がったということになるね」
レンの説明に頷くタマモとヒナギク。クランによってリーダーの扱いは異なるだろうが、基本的にリーダーを守ったうえでの戦いとなるのが基本となる。そのうえでどうやって相手に勝つのか。まさに将棋のような状況になったと言える。
「そのうえで俺はリーダーないし「フィオーレ」のマスターをタマちゃんに任せたいと思っている」
レンははっきりとそう言った。そんなレンのひと言に「ほえ?」と首を傾げてしまったタマモだった。




