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122話 完全無欠を捨てて

 闇が広がっていた。


 ほんの少し先も見えないほどの闇。


 だが、ところどころでかがり火があり、そのかがり火を道しるべにして歩くことはできた


 そのかがり火だが、今回は特別なもののようで、普段は赤い火が点っているはずなのに、今回は青い火が灯されていた。


 その青い道しるべは、出口まで続いていた。


 歩き慣れた通路のはずなのに、灯された火の色によってまるで別の通路に迷い込んだようにさえ思えてならない。


 それこそ、まるでRPGのラスボス戦前の通路のようにさえタマモたちは感じていた。


「特別感あるねぇ~」


 ヒナギクは感嘆としたような声で告げる。ライトユーザーであるヒナギクにとって、この手の通路は物珍しく感じられるのだろう。わずかにはしゃいでいるようで、その目はきらきらと輝きを放っていた。


「まぁ、実際、特別だからなぁ~」


 対してレンは、ゲームは大抵やりこむタイプのヘビーユーザーであるため、この手の特別感ある仕掛けに関して、ヒナギクのようにはしゃぐことはない。はしゃぐことはないが、その目には感慨に更けているようである。


「……」


 それぞれにらしい反応を見せるヒナギクとレンとは違い、タマモは黙々と通路を進んでいた。その顔にはこれという表情はなく、淡々と眼前の道を進んでいた。その足取りは軽くはないが、重いというわけでもない。ただただ目の前の道を進むだけだった。


 普段とはまるで違うタマモの様子に、ヒナギクとレンはお互いに目配せをすると、それぞれに口を開く。


「どうしたの、タマちゃん?」


「緊張している?」


 ふたりが左右それぞれからタマモに問いかけると、タマモはわずかに口元を緩めて笑った。

「……そうですね、緊張していないと言うと、嘘になりますかね」


 タマモは普段通りの声で、それなりに緊張していることを伝えた。緊張しているという割には、その顔にも、その目にも余裕があるように見えた。


「タマちゃんでも緊張するんだね」


「びっくりした」


「おふたりとも、ボクをなんだと思っているのですか? それなりには緊張もするんですよ?」


 ため息交じりに呟くタマモ。そのタマモの一言にヒナギクとレンは再びお互いを見やると、それぞれに口を開いた。


「おっぱい魔人」


「ヘタレ」


「……否定できねえのが、腹立ちますねぇ~」


「「いや、だって、事実じゃん」」


「それが腹が立つと言っているんですよ!?」


 ヒナギクとレンがそれぞれに言ったのは、タマモをこれ以上となく言い表す単語である。その単語にタマモの表情が崩れるが、ヒナギクとレンはおかまいなしにトドメとなる一言を告げ、その一言にタマモはついに「うがー」と叫び出す。


 叫びだしたタマモを見て、「タマちゃんが怒った~」や「大人げない~」とふたりがタマモをからかうように騒ぐ。そんなふたりにタマモは「どの口がぁぁぁぁぁ!」と叫んだが、すぐに三人はいつものように笑い出す。


 独特な雰囲気をかもち出している通路に、若干不釣り合いな笑い声がこだましていく。


 笑い声が響く中、タマモはふぅと息を吐くと──。


「ヒナギクさん、レンさん」


「うん?」


「なぁに?」


「……ありがとうございます。いろいろと」


 ──素直な感謝を口にした。いきなりの感謝にふたりは目を何度か瞬かせて、きょとんという擬音が似合うような呆気に取られた顔をする。その様子にタマモは穏やかな笑みを浮かべながら続ける。


「今回はボクのわがままに付き合ってくれて、本当にありがとうございます。あと少し。あと少しで手が届きます。だから」


「ストップ、タマちゃん」


「そうだよ。それはフラグになるからさ」


 タマモは真摯に感謝を告げるも、その感謝をヒナギクとレンは中断させる。


 古来より、決戦を前にしんみりとなる話題を口にすることは、よくないことが起こる前兆と言えることであった。


 主に、それを口にした人物が死亡したり、勝てるはずの勝負に大敗したりなど、いわゆる死亡ないし敗北のフラグが成り立ってしまうとされている。


 タマモの発言もそのフラグが成立してもおかしくないほどのものだった。


 ライトユーザーであるヒナギクでさえも知っていることだったため、ヒナギクとレンはタマモの発言を中断させたのだった。


「……そういえば、そうですね。こういう場面で「なんでそんなことを言うのかなぁ」っていつも思っていましたけど、なるほど、こういうことだったんですね」


 ヒナギクたちの言葉に、自身が死亡ないし敗北のフラグを思いっきり踏み抜いていたことに、ようやく気付くタマモ。


 危険な発言を口にしたことに、ようやく気付いたタマモにやれやれと肩を竦めながら笑い合うヒナギクとレン。

 

「やっぱり、タマちゃん、緊張しているんだね~」


「タマちゃんも人の子ってことだよなぁ~。完全無欠のお嬢様なんて、そうそう存在しないもんな~」


「完全無欠のお嬢様、ですか」


 レンが何気なく口にした言葉。それはかつてのタマモが、いや、かつての「玉森まりも」が当たり前のように享受していたものだった。


 以前の「玉森まりも」は、完全無欠という言葉を体現しているというよりも、完全無欠という言葉の擬人化したような存在として扱われていた。


「勝利」という言葉は「玉森まりも」にとっては呼吸と同じだった。


 どんな状況下であっても、「玉森まりも」がいる時点で「勝利」は確定されていた。


 ゆえに、タマモ、いや、まりも自身も自分が行うということは、勝利するということだと思っていた。本気でそう思っていた。


 だが、このゲームを始めてから、勝利も完全無欠も、遠くに行ってしまった。


 かつてはそばで寄り添うように、あって当たり前のものであったのに、いまや手を伸ばしてもなかなか届かないものへとなってしまっている。


 だが、いまはその届かないものを求めている。


 すべてはアンリを、あの幸せな日々を取り戻すため。


 そのための戦い。


 そのための戦いは、あと一戦を残すのみ。


 その一戦こそが、最大の壁であり、そして元凶との戦いである。


 その元凶の戦いを乗り越えて、ようやくアンリを取り戻せる。


 いままでの戦いは、この日、このときのためだった。


 ゆえに、いまこそ、いまこそ戻るときだ。


「タマモ」ではなく、「玉森まりも」へと戻るべきだとタマモは思っていた。


 だが、その出鼻はふたりによってくじかれた。


 しかし、それはタマモを想ってのもの。


 気負いすぎているタマモを気遣ってこそのものだった。


 考えてみれば、ここにいるのは「玉森まりも」ではなかった。


 そう、かつて、自身の回りにあるすべてが当たり前だと思っていた頃の「玉森まりも」ではない。


「タマモ」になって、敗北を知り、絶望を知った。


 それは「玉森まりも」のままでは決して知り得なかったこと。


 同じように「タマモ」になって、好敵手を知り、人を愛することを知った。


 それもまた「玉森まりも」のままでは知り得なかったことだ。


 いまのタマモはかつての「玉森まりも」が駆るタマモではない。


 いまのタマモは、知り得なかったものを知った「玉森まりも」が駆るタマモなのだ。


 完全無欠ではない。


 だが、完全無欠を謳っていた頃よりもはるかに強くなったのだ。


 だからこそ、かつての「玉森まりも」に、完全無欠だが、弱かった「玉森まりも」に戻る必要はない。


 完全無欠のお嬢様なんて偶像はもういらない。


 そんなものはもう求めていない。


 いまタマモが求めているのは、ただひとつ。


 愛する人を取り戻すための勝利だけ。


 その代価が「完全無欠」という言葉であれば、いくらでも支払おう。


「……完全無欠なんて、そんなつまらないものなんか、欲しければいくらでも差し上げるわ。私が、いまの私が欲しいのは、そんなつまらないものなんかじゃないもの」


 ぽつりとタマモは呟く。


 その呟きは両隣にいるふたりにもはっきりと聞こえないほどの呟きだったが、その声は届いていたようで「タマちゃん?」とふたりは首を傾げていた。


「……なんでもありませんよ。「やりますか」と呟いただけです」


「それ、呟きじゃなくて、ちゃんと言えばよくない?」


「そうだよ。そうすれば気合いも入るしさ」


「そうですね。……では」


 こほんと咳払いをしながら、その場で立ち止まるタマモ。


 タマモが立ち止まったことで、ヒナギクとレンも立ち止まり、全員が全員を視界に治める形で向かい合い、そして──。


「やりましょう」


「やろうか」


「やろうぜ」


 ──お互いに手を重ね合わせると、口々に同じ言葉を、それだけでは第三者には通じない言葉を口にし合う。


 だが、その目は雄弁に物語っていた。


 やろうという言葉の続きを。


「「「優勝しよう」」」


 三人の言葉は重なる。


 いや、言葉だけじゃない。


 その想いもまた重なった。


「「「行こう」」」


 重なった手が離れ、三人は再び歩み出す。


 決戦の舞台へ続く道を歩み、そして辿り着いたのは、ひとつの扉の前。


 その扉を三人が同時に触れると、扉はゆっくりと開いていった。

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