40話 話し合いのはずが?
「さて、今日は特訓もするけれど、まずは話し合いです」
「武闘大会」まであと数日というところまで迫ったある日、いつものように畑に向かったタマモを待っていたのは、材木置き場に置かれている木材をテーブルに見立てて座っていたヒナギクとレンだった。
「よく来たね、タマちゃん。まずは座るといいよ」
「……えっと?」
「まぁ、座って、タマちゃん」
やや呆れ顔になりつつも、用意されていた切り株に座るように促すヒナギク。状況がまったく読めないが、とりあえす言われた通りに腰掛けるタマモ。するとそれまで腕を組んでいたはずのレンがなぜかテーブル代りに木材に両肘をつき、手を組んだ。そして組んだ手で口元を隠すようにして言ったのが冒頭のひと言である。
「……どこぞの秘密組織の司令みたいなポージングを取る理由はわかりませんけれど、なにかあったんですか、レンさん?」
「一度はやってみたかったのです」
「……ボクの口調のまねをしないでほしいのですよ」
「えー、でもこの口調がタマちゃんだけのものってわけじゃないじゃん? もしかしたらちょっと天然さんだけど、頑張り屋で料理上手で、好きになった相手に尽くす、かわいい系の美少女の口調という可能性も否定しきれないと思うよ?」
「なんですか、その明らかなレンさんの願望は?」
「いやいや、もしかしたら実在する可能性だってあると思うよ? むしろあってほしいなと思う所存なのですよ」
ふふんと胸を張るレン。そんなレンに呆れているヒナギク。ヒナギクという幼なじみがいる時点ですでにレンは勝ち組のようなものなのに、それでもまだ足りないと言うのだろうか。なんとも贅沢なことだと思うタマモ。
「まぁ、どうせいたとしてもヤンデル成分もあると思うけどねぇ」
「そんなことはないと思うのですよ! きっと身も心も尽くしてくれるような美少女はどこかにいるはずだもの! いや、なのですよ!」
なぜか熱く語るレン。そんなレンに呆れを通り越して冷たいまなざしを向けるヒナギク。まるで離婚待ったなしの夫婦のようだなと思うタマモだった。しかしそう思う一方でまだ重要なことをレンが言っていないことにも気づいていた。というよりもなぜそれを無視しているのかがわからない。タマモは咳ばらいをしてからその話題について斬り込んだ。
「……レンさん」
「なんだい?」
タマモの雰囲気が変わったことに気付き、レンの表情が真剣なものになる。ヒナギクは「そうだよね」と何度も頷いていた。タマちゃんを信じていたよ、とヒナギクは若干涙目になっていた。どうやらレンの妄想に疲れていたようである。これではますますヒナギクを譲ることなどできないと思いつつ、タマモは秘めていた想いを、大事なことを口にした。
「その美少女さんのお胸はいかほどで?」
「……タマちゃん」
ヒナギクの目からハイライトが消えた。まるで信じていた相手に裏切れたようであるが、タマモとしては聞かずにはいられない要素である。
「そこまでハイスペックなのであれば、やはりお胸もハイスペックであるべきなのです! 具体的には大きめ、形よし、柔らかく弾力あり、そしてジャストフィット! これは譲れません」
くわっと目を見開くタマモ。そんなタマモの熱意になぜか汗を拭う仕草をするレン。そんなふたりに冷たいを通り越して絶対零度を思わせる、なんの感情も宿していない目を向けるヒナギク。しかしそんなヒナギクにある意味ふたりの世界に入ってしまったタマモとレンは気付かなかった。
「俺的には胸はなくてもいいんだけどね」
「はぁぁぁ!? なにを言いますか! お胸は母性の象徴なのです! その象徴は大きければ大きいほどいいのですよ! それを蔑ろにするなど愚の骨頂!」
くわわっと目を再び見開くタマモ。しかしそんなタマモの熱意にレンはひるむことなく応じていく。
「なにを言うかと思えば。胸は大きかろうが小さかろうが母性の象徴でしょう! 大きさだけですべてを語るなど、それこそ愚の骨頂だよ!」
「むぅ!」
まさかのカウンターを受けて一瞬怯んでしまったタマモ。まさかこだわりのある胸のことでカウンターを受けるなどと考えたこともなかったのである。しかしこれで怯んだままではいられない。
(ボクは世界一のお胸マイスターを目指すのです。こんなところで負けてなんていられません!)
「たしかにレンさんの言うことも一理あるのです。ですが──」
「なにを言うんだね、タマちゃんや。それは──」
一瞬怯んだものの持論を展開していくタマモと対抗していくレン。そんなふたりの口論は次第に熱を──。
「……うるさい」
──バキィッという音が不意に響いた。
口論していたタマモとレンがぴたりと止まり、恐る恐ると振り返るとそこにはテーブルだった木材の一部を握り潰すヒナギクがいた。
「ねぇ、真面目に話し合いしよう?」
目のハイライトを消しながら、握りつぶした木材の一部を掌で弄るヒナギク。そんなヒナギクを見て、同時に敬礼をしたタマモとレン。ふたりとも大いに怯えながらも背筋をぴんと伸ばした、それはそれは見事な敬礼であった。
その光景をいつものように絹糸を回収しにきていたデントは見ていた。そして後にデントは語った。
「あれほど「フィオーレ」内の力関係が如実に示された光景はないと思う」
なんだかんだで「フィオーレ」に近い位置にいるデントだからこそ語れた言葉であった。もっともそれをデントが語るのはこれよりもずっと先の話になる。
「と、とりあえず、話し合いを始めます!」
レンが叫ぶ。タマモは元気よく叫んだ。こうして「武闘大会」にむけての話し合いは始まったのだった。
レンの妄想と口調で「あぁ」となる人がいたら、ありがとうございますと言いたいです。
そして「フィオーレ」最恐はヒナギクです。




