120話 テンゼンとオルタ その終わり
あまりにも唐突な発言に、歓声で沸いていた観客席が無言になった。
誰もが「え? いま、なんて?」という疑問顔で舞台上を見つめていた。
それは観客席だけではなく、実況解説席も同じようで、バルドもローズも「……うん? 聞き間違いかな?」と首を傾げていた。それは実況も同じようで、「……おかしいですね、耳がおかしくなりましたかね?」と笑っている。
だが、実況の笑い声には妙な圧があった。
その圧に解説役のバルドとローズが「え、あの、実況、さん?」と困惑の声を上げていく。
だが、実況は「なにか?」と言うだけだった。
その実況の声にふたりが小さく悲鳴をあげる。
もっとも悲鳴をあげたのは、ふたりだけではなく、観客席からも少なくない悲鳴があがり、唐突にアナウンスが流れる。
「えー、あの、実況さん。少々落ち着きましょう。いや、落ち着いてください、お願いします」
普段機械的なアナウンスが声を震わせていた。
どうやらアナウンス担当者さえも怖がらせるほどに、いまの実況は恐ろしいことになっているようだった。
その理由が舞台上で繰り広げられている光景であることは間違いない。その舞台上では現在──。
「……えっと、オルタさん?」
「ああ、なんだい!?」
「……あの、いま、なんと?」
──テンゼンが困惑の渦中にいた。
そんなテンゼンとは対照的に、オルタは熱い視線をテンゼンへと投げ掛けている。相変わらず目を血走らせながらだ。
オルタの血走った目に若干頬を引きつらせながら、テンゼンは問い返す。
その問いかけにオルタは、胸を張りながら叫んだ。
「あんたに惚れたって言ったんだ、テンゼンちゃん!」
拳を強く握りしめながら叫ぶオルタ。
その発言に「……あぁ、聞き間違いじゃなかったのか」と若干遠くを眺めるように目を細めるテンゼン。
だが、当のオルタはテンゼンの様子に気づくことなく、みずからの想いを爆発させていく。
「最初は強い奴だとしか思っていなかった。だが、不意にちらりと見えたのさ。テンゼンちゃん、あんたの素顔を」
「……」
いきなり語り始めたオルタに、「なにを言う気だ、こいつ」というように面倒くさそうな表情を浮かべるテンゼン。
しかし、すでに自身の世界にトリップしているオルタは、テンゼンの変化は気付かない。
「その瞬間、俺は運命を感じた」
「……はい?」
「そう、運命。いわば、ラブイズデスティニー!」
「……」
いきなりの発言にテンゼンの表情が消え失せる。それでもオルタは止まらない。
「はっきりと言えば、一目惚れしたんだ。テンゼンちゃん、あんたにだ!」
くわっと目を見開きながら叫ぶオルタ。その目は先ほどよりも血走りがひどくなっていた。
表情の次は目から光が消え失せていくテンゼン。されどオルタは突っ走る。
「なにせ、テンゼンちゃんは俺の理想の女の子像だった! 艶やかな黒髪も、その整った顔も、そしてちょっと幼めな見目もすべてが俺のドストライクだったんだ!」
オルタは天を見上げながら両手を広げて魂の咆哮を上げる。
もうこの時点ですでにわかる通り、オルタはいわゆるむっつりタイプである。
そしてその嗜好はデントと同じだった。
もっと言えば、オルタはデントの盟友にして、同レベルの「紳士」であった。
ただ、オルタは立場があることを理解しているデントが、ゲーム内では接触を断っているため、オルタとデントの繋がりがあることを知っているプレイヤーは皆無である。だが、現実においてはオルタはデントの一番の盟友であった。
それゆえにオルタにとってテンゼンの見目は、まさに衝撃的なものだったのだ。
デントの趣味はいわゆるバブみを感じる相手というのに対して、オルタの趣味は勝ち気ではあるものの、どこか影を背負うタイプ。そのタイプとテンゼンは物の見事に合致していた。
ゆえに、テンゼンの素顔をわずかに垣間見たオルタは、その瞬間運命と出会ったのである。……一方的にだが。
「だからこそ、だからこそ伝えたい! そして知って欲しい! 俺のこの熱い想いを!」
より目を血走らせながら叫ぶオルタ。
実を言うと、彼がこの試合中ずっと目を血走らせていたのも、テンゼンが憎しというわけではなく、理想の女性に出会えた興奮ゆえにだったのだ。
ただ、あまりにも理想の女性像そのものだったために、本当に現実であるのかがわからず、ついついと顔が強ばってしまっていたのだ。
そのふたつがテンゼンや他のプレイヤーたちに「オルタはテンゼンになにかしらの恨みを抱いている」という風に捉えさせていた。
だが、実際はまるで違った。
あまりにも違いすぎていたのだ。
オルタはテンゼンを憎しと思っていたわけではなく、テンゼンへの溢れんばかりの想いに翻弄されていただけだったのである。
その事実がいま露わになった。
その事実を聞き、テンゼンは頭を痛そうに押さえ始める。
頭を押さえつつも、その頬が若干引きつっていた。
だが、深く被ったフードによって、その頬の引きつりは理解されることはなかった。
「……単刀直入に聞こうか。君はなにが言いたいんだい?」
「知れたことさ。俺と付き合ってください!」
立ち上がると腰を直角に曲げながら頭を下げるオルタ。
その告白にテンゼンの頬がより引きつった。
「……なんで?」
「一目惚れだからです!」
「……どこに?」
「テンゼンちゃんの全部! かわいい顔も、小柄な体も、かわいい声もぜんぶ好き!」
「……そっか。そっか、そっかぁ~」
オルタの告白を聞いて、テンゼンの声が上擦っていく。ただ、それは喜びではない。その上擦りは激しい怒りによってのものだった。
テンゼンのアバターは、テンゼンの実妹の姿を元にしている。
その理由はテンゼン曰く「憎い相手の姿をあえて纏うことで、より純度の高い殺意を抱けるから」というのが表向きの理由。
実際には様々な事情によるものなのだが、ただひとつだけはっきりと言えることがある。
それはテンゼンは決して実妹を、レンを嫌ってなどいないということである。
いや、それどころか、テンゼンにとってレンは目に入れても痛くないどころか、全身をなで切りにされても余裕で笑っていられるほどに愛する存在である。もっと言えば、テンゼンはド級のシスコンであった。
そのド級のシスコンに対して、大して知りもしないくせに、最愛の妹に見た目に惚れたと発言する。
それがどういう結果を招くことになるのかなんて言うまでもない。
「それで、返事は」
「ふ」
「ふ?」
「ふっざけんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、このド変態がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! てめぇなんぞに、誰がくれてやるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
テンゼンはブチ切れて、「ムラクモ」で再び「天昇閃」を放ち、オルタをはるか上空へとぶっ飛ばしたのだ。
そんなテンゼンの怒りの一撃の直撃を受けるオルタ。
だが、直撃を受けたというのに、その顔は満面の笑みに、清々しいほどの笑みを浮かべていた。
その笑みのまま、オルタは地面に落下し、そのまま気を失ったのだ。
だが、テンゼンの怒りはそれでも納まることはなかった。
気絶したオルタへと追撃を仕掛けようとしたが、突如として現れたNPCの軍団、運営用の特殊NPCたちに取り押さえられたのだ。
「離せぇ、てめぇらぁぁぁぁぁぁ! 僕にあのド変態を殺させろぉぉぉぉぉ!」
憤怒の表情で咆哮するテンゼンに対して、特殊NPCたちは「落ち着いてください! 気持ちはわかりますけど、落ち着いてください!」と必死に宥めていく。
だが、テンゼンの怒りがその程度で納まることなく、「うるせぇぇぇぇぇ! あいつを殺さなきゃ気がすまねぇんだよぉぉぉぉぉ!」と今度はテンゼンが目を血走らせていた。
だが、さしものテンゼンも多勢に無勢であったのか、特殊NPCたちに取り押さえられて、ずるずると引きずられながら、控え室へと戻っていく。
その際、オルタは幸せそうな笑みで気絶したままである。それどころか、「ふへへへ、テンゼンちゃーん」と寝言を口にし、その寝言がよりテンゼンの怒りに火を点けてしまった。
結果、個人部門のエキスパートクラスのファイナリストのふたりは「良識を鑑みて、両者退場していただきます」というアナウンスとともに控え室へと戻されることになった。
だが、それでも戦いの趨勢はすでに着いており、両者が退場すると同時にアナウンスより勝ち名乗りがあがった。
「……えー、オルタ選手の戦闘不能を確認致しましたので、個人部門エキスパートクラスの優勝者はテンゼン選手といたします、ね」
アナウンス担当者の声が若干疲れたものになっていたが、それでも試合自体は告白前の交錯によって、オルタの戦闘力が低下したこと、その後の最後の一撃によってオルタが気絶したことも踏まえて、テンゼンの勝利となった。
「はい、個人部門エキスパートクラスの優勝者はテンゼン選手と相成りましたぁ~。……はい、拍手」
アナウンス後に実況が明るい声で、拍手を行うが、あまりにも展開すぎて誰もが反応しきれなかった。そこに実況がドスの利いた声で「拍手」と呟いたことで会場内にいたほぼ全員が慌てて拍手を行っていく。
だが、その拍手が贈られるテンゼンは控え室で大暴れの真っ最中であり、その拍手を聞くことはなかった。
とにかく、こうしてあっけない幕切れを以て、個人部門エキスパートクラスの決勝戦は、テンゼンが優勝を果たしたのだった。




