118話 テンゼンとオルタ その2
個人部門エキスパートクラス決勝戦。
「閃光」のテンゼンと「神槍」のオルタ。
剣と槍のトッププレイヤー同士の試合。
戦前から「今大会最大の目玉」と称されていた試合は、ほぼ互角の様相を呈していた。
「しっ!」
短い気合の声とともに、オルタの槍がテンゼンへとまっすぐに伸びていく。
オルタの槍をテンゼンはバックステップで躱し、その隙を衝こうと前傾姿勢になりかけた。
「ふんっ!」
「っ!」
だが、テンゼンが前傾姿勢を取った瞬間、伸びきっていたはずのオルタの槍がさらに伸びたのだ。
オルタは両手で握っていた槍を右手で握り、距離を伸ばしたのである。伸びたと言ってもそこまで大幅に伸びたわけではない。
しかし、十分に距離を取っていたと思っていたテンゼンにとっては、想定外のもの。わずかにテンゼンの体が硬直する。その硬直の瞬間を、オルタは見逃すことなく、空いている左手の掌を使い、槍の石突きを押し出した。それによりオルタの槍は加速する。
加速した槍はテンゼンの喉元へとまっすぐに伸びる。これは決まったかと誰もが思ったとき、テンゼンは突如左側に倒れ込んだ。いや、正確に言えば、左側に倒れ込むようにしてオルタの一撃を回避する。
「っ!?」
今度はオルタが目を見開いた。
決まったと思った一撃を回避されてしまった。
その衝撃は決して弱くない。
その際にわずかながらに、オルタに隙が生じた。
「今度は僕の番だ」
そう呟き、テンゼンはかなり無理矢理な体勢のまま、一気に突進した。膝が接触しそうなほどに地面すれすれになりながら、オルタへとまっすぐに駆け抜けるテンゼン。
オルタの間合いを潰して、自身の間合いを得たテンゼンは、すかさず「閃光」の字を得た一撃、抜刀術を放つテンゼン。
下から掬い上げるようにして放たれる一撃は、剣術における八つの斬撃の逆袈裟斬りにあたるもの。その逆袈裟が閃光となってオルタに押し寄せる。
今度こそ決まったかと思われたが、オルタはテンゼンの渾身の一刀を大きく上体を反らすことで回避した。
「これでも決まらないか」
唸るように呟くテンゼン。
普段のテンゼンであれば、追撃を放つところではあるが、無理な体勢からの特攻であったため、追撃することは敵わず、斬撃を放った勢いのまま、オルタの懐から離脱する。
懐から離脱されれば、オルタの間合いではあったものの、オルタもまた無理矢理上体を反らした影響ですぐさま反撃に出ることはできなかった。
テンゼンはオルタの間合いから離れ、オルタもまた態勢を整えるために、若干の距離を取った。
いまの交錯は時間にしてみれば、ほんの数十秒程度。
だが、その数十秒の交錯が、ありえないほどに濃密な時間となっていた。
その濃密な時間を目の当たりにしていた観客席は、あまりの光景に無言となっていた。
それは実況ないし解説役の3人も同じであり、固唾を呑んでふたりのやり取りを見つめることに終始し、ふたりの交錯が終わってようやく息を吹き返す。
「っ~! テンゼン選手とオルタ選手の凄まじい攻防! 瞬きさえも憚れる達人同士の技と技のぶつかり合い! まさにエキスパートクラスの冠に相応しい戦いと言えましょう!」
息を吹き返した実況が興奮気味に叫ぶ。
若干、息切れしているものの、それさえも気にしていないと言わんばかりの興奮具合だった。
「……たしかに、すげえ戦いだな。どうにか目で追いきれるけれど、体のこなしまでは無理っすね。少なくとも俺ではテンゼンさんに勝てる気がしねえわ」
実況に続いて、解説役のひとりであるバルドが舌を巻いていた。
バルドとて、トッププレイヤーの一角ではある。そのバルドを以てしてもテンゼンには敵わないと白旗を上げたのだ。
バルドのコメントに観客席からはどよめきがあがるも、バルドは「もっとも」と付け加えた。
「あくまでも俺個人では、って話っすけどね。クランでのパーティー戦であれば、話は変わります。まぁ、テンゼンさんクラスが所属できるクランなんてあんのかって話でもありますから、あくまでも机上の空論って感じっすけど」
若干苦笑いするバルド。そんなバルドに「なるほど」と実況が頷く中、今度はローズがコメントを口にする。
「しっかし、本当に速いよねぇ、テンゼンさんって。身のこなしとかの速度であれば負ける気はないけど、攻撃速度は圧倒的に負けるね。「閃光」って字は伊達じゃないってところかな?」
ローズはローズでテンゼンを讃えつつ、自身の優位性を口にしながら、「「旋風」対「閃光」ってのも面白いし、次回あったら個人部門にエントリーするのもありかなぁ~?」ととんでもないことを言い始めた。
「おおっと、ローズさんのまさかのコメントです! その場合はこちらでもいろいろと手配を……ん? え? 職権乱用? ばっきゃろぉぉぉぉぉ! 職権乱用なんぞがなんぼのもんじゃい! 好カードまったなしの展開に興奮しねえクリエイターがいるかってんだぁぁぁぁぁ!」
ローズのコメントにさらなる興奮を見せる実況だったが、運営の他の面々からストップが掛かったようだ。しかし、そのストップを実況は一蹴する。あまりにも男らしい言葉に観客席からはどよめきとともに拍手が送られていく。
そんな実況に解説のバルドと当事者のローズが苦笑いしていた。和気藹々とする実況解説席とは違い、舞台上ではテンゼンとオルタのぶつかり合いが再び行われようとしていた。
「さっきはそっちだっただろう? なら、次は僕から行こう」
テンゼンは店売りの刀を納刀すると、大きく深呼吸をしながら、体を下へと縮めていく。再び膝が地面に接触しそうなほどに体を縮めた、そのとき。
テンゼンは爆発的な速度でオルタへと突進した。
ローズやレンのように姿が見えないほどの速度とは言えない。
だが、瞬きをしたときにはすでに目の前にいるというほどの速度でオルタへと接近していくテンゼン。
そんなテンゼンを、オルタは相変わらず血走った目で睨み付けながら、槍を両手で握りしめながら、槍を体の背後に回すほどに大きく振りかぶっていく。
その構えからして、オルタの狙いがなんであるのかは明白だった。
扇状への薙ぎ払い。
テンゼンの速度に合わせて、逃げ道をできる限り塞ぐ一撃。
それがオルタの狙い。
突きでは攻撃が一点となるため、ほかのプレイヤーならともかく、テンゼンには通じ得ない。
上からの叩きつけは点ではなく面の攻撃となるが、直線的すぎてやはりテンゼンには通じない。
となると残るは扇状に放つ薙ぎ払いのみ。
ある意味セオリー通りの攻撃ではあるものの、放つのはオルタだ。
「神槍」と謳われる槍の使い手の中で最強のプレイヤーが放つ一撃。
たとえ大振りな一撃となっても、オルタの技量であれば、その一撃は即座に神業と化す。
事実、テンゼンがオルタの間合いに飛び込んだとき。それは起きた。
「ちぇぁぁぁぁぁぁ!」
オルタが裂帛の気合いとともに、それを放った。
ビギナークラスの個人部門でシュドウが放った「武神化」状態での必殺の一撃「月閃神舞」──。
その「月閃神舞」をオルタが放ったのである。
とはいえ、本家本元には威力も速度も及ばない。
だが、舞台上ではたしかに月が煌めきを放ったのだ。
まさかの一撃にテンゼンの目が見開かれるも、わずか。
テンゼンはオルタ版の「月閃神舞」へと向けて、全力の「閃光」の抜刀術を放った。
奇しくも、ともに閃光の一撃。
それが舞台上で激しいぶつかり合い、炸裂音とともに破壊音が鳴り響く。
破壊音が鎮まったとき。そこにはともに武器を失ったテンゼンとオルタが向かい合っていた。
「まさか、まさかのともに武器を失った両選手! ここからどういう展開を見せるのでしょうかぁぁぁぁぁ!?」
ともに無手となったテンゼンとオルタ。
ふたりは視線を逸らすことなく、しばらく見つめ合うも、最初に動いたのはテンゼンだった。
「……ふぅ。ここまで食らいついてくるのは、あのバカくらいだと思っていたんだが……面白いね、君」
そう言ってテンゼンは中空に左手を伸ばすと、なにかを掴んだ。そのなにかを左手で掴んだまま、右手にまた別のなにかを掴み取ると、右手をゆっくりと横にスライドしていく。すると眩い光が放たれた。その光の中から一振りの剣が、刀身に蛇が絡みついた一振りの剣が現れる。
テンゼンが所持するSSRランクのEK「ムラクモ」が今大会初めてその姿を現した。
「……」
「ムラクモ」の出現に、観客席が沸く中、オルタはインベントリから一本の槍を取り出したのだ。
「テンゼン選手が虎の子の剣を見せたと思ったら、今度はオルタ選手が見たことのない槍を取り出しましたぁぁぁぁぁ!」
実況の言うとおり、オルタがいままで使っていた槍とは、まるで違う槍が現れたのだ。
その槍はあまりにも長かった。
長槍とされるパイクとしか思えないほど。その全長は5メートルは優にあった。
そんな長い槍には、ある特徴があった。
それは槍が青を基調としているということ。
そしてところどころに白い紋様が刻まれているということ。
そのふたつが合わさると、まるでその一本の槍が広大な海を想像させた。
青はどこまでも広がる海原を、白は海原を揺らす波をそれぞれに連想させる。
そんな二色の槍をオルタは取り出し、その名を告げる。
「行くぞ、「沼矛」」
今試合初めてまともな言葉を口にするオルタ。
そのオルタが口にした名前。
その名こそがオルタが手にした槍。
SSRランクの長槍EK「沼矛」──すなわち「天沼矛」の名を冠するEKだった。
そのEKこそがオルタの所持するEKであり、切り札だった。
お互いに手にした切り札は、奇しくもともに日本神話のもの。
国生みの神とされるイザナギ、イザナミが用いた槍の名を冠するEKを持つオルタ。
対して、その子供であるスサノオが手にしたとされるアマノムラクモノツルギを冠したEKを手にするテンゼン。
達人と達人による対決は、その手にするEKによって天上の戦いを彷彿させる一戦へと転じていく。
「閃光」と「神槍」の戦い。
その戦いはそれぞれが切り札を手にしたことで佳境へと突入するのだった。




