116話 フィオーレと一滴のひととき
闘技場内は大いに盛り上がりを見せていた。
初戦である個人部門ビギナークラスでも盛り上がったというのに、そこに拍車を掛けるようにしてクラン部門のビギナークラスでも盛り上がったのだ。
とはいえ、同じビギナークラスと言えど、個人部門とクラン部門ではまるで別の盛り上がりを見せていた。
個人部門ではポンタッタとシュドウによる接戦の末、ポンタッタが薄氷の勝利をあげるという結果にはなった。
クラン部門は接戦にはならなかった。「一滴」による一方的な戦闘が行われた。特に目を見張ったのは、対戦相手であった「エスポワール」のマスターであるマリーを「一滴」のエースにして「エースキラー」のマドレーヌが完全に子供扱いをしていたということだった。
現在の盛り上がりはその余波だった。
マドレーヌ自身は、マリーに対してほとんど攻撃を仕掛けていない。
マリーの攻撃をすべていなし、そして最終的にはマリーを一刀で以て降したのだ。
その一撃に対して、マリーは反応すらできずに直撃した。
その結果、マリーは戦闘不能に陥り、「一滴」の勝利が決定したのだ。
その戦闘時間はわずか10分。
決勝戦とは思えないほどの短時間での決着であった。
が、その当のマドレーヌたち「一滴」は、つい先ほどまで舞台上で騒いでいた。
というのも、マリーを撃破し、勝ち名乗りを受けたマドレーヌが調子に乗っていたのを見た、「一滴」のマスターであるフィナンと参謀のクッキーにより、頭を小突かれたことにより、クラン内での喧嘩が始まったためである。
いままでのチームワークはどこへやら、子供の喧嘩のごとく取っ組み合いが行われ、その収拾が着いたのがつい先ほどであった。収拾が着いたのは、「一滴」の姉貴分的クランであるタマモたち「フィオーレ」が出張ってようやくだった。
取っ組み合いを行う3人を落ち着けさせようと運営もNPCを出したのだが、そのNPCを3人はあっさりと一蹴してしまい、運営ではどうにもならんということになった結果、「「フィオーレ」の方々、お願い致しますぅぅぅぅ!」という実況を通じてのSOSにより、「フィオーレ」が出張り、それぞれを落ち着かさせたのがついさきほどであった。
そして現在、「一滴」の3人はそれぞれが大ファンである「フィオーレ」の3人とともに「フィオーレ」の控え室で借りてきた猫状態と化していた。
「それにしても、マドレーヌちゃん、うちの流派だったんだねぇ。なんか「既視感がある型だなぁ」とは思っていたけど」
「いやぁ~、あーしなんて、レン様には遠く及ばないですよぉ~」
「そんな謙遜しなくてもいいのに」
「いやいやいや、マジですマジです! だってレン様はもっと速く一撃を入れられますもん! そんなレン様と比べたらあーしなんて、全然ですよ!」
「そうかなぁ~? キレで言えばマドレーヌちゃんの方が上な気がするけど」
「そんなことないです! 絶対にないです!」
「一滴」優勝の立役者であるマドレーヌは、推しであるレンに間接的に褒められて、その顔をだらしなく歪ませていた。
目を輝かせながら、その尻尾をぶんぶんと左右に振りレンとの会話を続けるマドレーヌ。
その顔を見る限り、すでにフィナンとクッキーに小突かれたことはもうどうでもいいようである。とても、とても幸せそうな顔でマドレーヌはレンとの会話を楽しんでいた。
「クッキーちゃん。すごいラッシュだったね。私は一撃重視だけど、クッキーちゃんは手数重視なのかな?」
「ひゃ、ひゃい。私は、3人の中で一番小柄なので、どうやって一撃だとふたりには敵わないから、手数を出して行こうって決めていまして、それで、その」
「そっかぁ~。でも、小柄でも威力は出せるんだよ? たとえば、腰を落としたり、体重を掛けたりすると小柄な人でも結構な威力が出せるんだよ。ちょっと構えてみて」
「え? えっと、こ、こうですか?」
「うん、もうちょっと腰を落として」
「は、はい。えっと」
嬉しそうに顔を歪ませるマドレーヌに対して、クッキーは憧れのヒナギクとの会話にガチガチに緊張して、ヒナギクの膝の上でちょこんと座っている。クッキーがみずから座ったわけではない。ヒナギクがクッキーを自身の膝の上に座らせたのだ。
クッキー自身が言う通り、クッキーは3人の中で比較的小柄であったがゆえに、ヒナギクはクッキーを自身の膝の上に座らせ、その頭を撫でていたのだが、ヒナギクの言葉によりふたりは隣り合って構えを取ると、ヒナギクからの指導が始まった。
クッキーは最初困惑していたものの、指導を受けるうちに困惑はなくなり、ふたりの気合いの声が控え室内で響くまで時間はさほど掛からなかった。
「──ふぅ~。終わりましたね」
「……す、すみませんでした」
「ん? あぁ、気にしないでいいですよ? 優勝してすぐですもん。テンションも上がっちゃうのも仕方がないですよ」
「で、でも、それでタマモさんたちにご迷惑をおかけしてしまったし」
「あれくらいなら別にいいですよ。出番まで暇でしたし、こうしてお話ができる相手もできましたからねぇ」
「ですが」
「いいからいいから、そんなに固くならなくてもいいですよ」
「は、はぁ」
そしてマスターのフィナンはというと、ガチ恋相手であるタマモを前にしてクッキー以上にガチガチに緊張している。
そんなフィナンを前にして、タマモは苦笑いしながら、その頭をぽんぽんと撫でていた。頭を撫でられてフィナンの顔は薄らと朱色に染まっていた。
その尻尾をゆらゆらと左右に揺れ動きながら、隣に座るタマモをちらちらと見やるフィナンは、誰がどう見ても恋する乙女の顔だった。
もし、この場にユキナがいれば、友人同士による熾烈な争いが勃発したことは間違いないが、現在ユキナは控え室内ではなく、観客席で「紅華」と「フルメタルボディズ」、それに「ガルキーパー」の面々と共にしていた。
というのも、やはりこういうことは同じ出場選手同士でないとわかり合えない、とユキナは控え室に来ることを遠慮したのである。
そのため、「フィオーレ」の控え室内では、「一滴」の3人がそれぞれの推しとの触れ合いが行われていた。
その触れ合いにより、3人はそれぞれのらしさを取り戻していた、そのとき。
『お待たせいたしました! これより個人部門エキスパートクラスを開始いたします!」
控え室内にあるモニターが舞台上を映し出し、実況の声が控え室内でも響き出す。
「お、始まりますね」
「あ、そうですね」
タマモとフィナンがモニターを見やると、指導中だったヒナギクとクッキーも止まり、モニターを見つめていた。そしてレンとマドレーヌはと言うと──。
「れ、レン様? お顔が」
「……ごめん、ちょっと集中させてもらっていいかな?」
「は、はい……やば、カッコよすぎるよぉ~」
──試合開始を聞き、表情を変えたレン。そんなレンに最初は戸惑いを見せていたマドレーヌだったが、レンの「集中させてほしい」という言葉に一瞬体を硬直させるも、すぐにレンの真剣な横顔を前にしてだらしなく顔を緩ませていた。
そんなレンが見つめる先のモニターでは、東西の門がそれぞれに開かれていき、出場選手がそれぞれに姿を現すのだった。




