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そして、うつつへと

新年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

新年最初の「おたま」は、年跨ぎ更新の後編となります。

「──めーぎーつーねーどーもぉぉぉぉぉ!」


 底冷えするほどの低い声での大絶叫が、稲穂の海の向こう側から聞こえてきた。


 その声に強く反応を示すタマモ。


 その手に自身のEKであるおたまとフライパンをとっさに装備し、アンリとエリセを守るようにして立ちはだかるも、なぜかふたりは「旦那様?」と首を傾げるだけだった。


 タマモは「ボクの後ろに」と言おうとしたが、それよりも早く声の主が現れたのだ。


「貴様らぁぁぁぁぁ! だぁれの許しを得て、タマモとイチャついておるんじゃぁぁぁぁぁぁ!?」


 声の主はアオイだった。


 陽光に煌めく銀糸の髪を揺らしながら、その紅い瞳を限界まで広げかつ血走らせながら叫ぶアオイ。


 そんなアオイに「アオイ!」とタマモはおたまとフライパンを強く握りしめたところで──。


「アオイはん、おはよう」


「……おはようございます、偽乳女さん」


 エリセは穏やかにアオイに挨拶をし、アンリも表面上は穏やかに挨拶をしていた。が、最後に余計な言葉を付け加えていたが。その言葉にアオイは爆発しながらアンリへと突撃を敢行する。


「貴様ぁぁぁぁぁぁ! 何度言えばわかるのじゃ!? 我のこれは偽物じゃないもん!」


「はっ、偽物を偽物と言うバカがどこにいるのですか? どうせ詰め物なのです」


「貴様と同じにするではないわ! 我のこれは天然自然よ! 貴様のその掌サイズと一緒にするでないわ!」


「誰が掌サイズですか!? そもそも、そんな脂肪の塊くらいでいい気になるなんて、お子ちゃまな証拠です!」


「だーれーがー、お子ちゃまじゃ、貴様!? われら3人中随一のお子ちゃま体型の分際で!」


「し、失礼な! 見てもいないくせになにを言っているんですか!?」


「はっ! そんなもの服の上からでもわかるわ! 貴様は誰がどう見てもお子ちゃま体型じゃ! 大人体系というのは、我やそこにおられるエリセ殿のようにじゃな」


「偽乳の分際でなにを抜かすのですか!」


「だから、偽物じゃないもんっ!」


「アンリだって、お子ちゃま体型じゃありません!」


「がるるるるるる!」


「ふしゃぁぁぁぁ!」


 いまにも噛みつきあいそうなほどに威嚇しあうアンリとアオイ。


 あまりにもなハイペースに割り込むことができずにタマモは硬直しながら、「……あれ? そもそもなんでボクはアオイさんからふたりを守ろうとしていたんでしたっけ?」と小首を傾げながらおたまとフライパンをしまう。


 その間も瞳孔を縦に割けさせたアンリとこめかみに血管を浮かばせるアオイが取っ組み合いの言い合いを行っていた。


 言い合いではあるのだが、その内容は「偽物」と「本物」という2つの単語だけで成り立っており、非常にシュールな光景であった。


 そんなふたりにエリセがまたもやため息を吐くと、それぞれの頭に拳を一発ずつ振り下ろして、喧嘩を仲裁した。エリセの一撃により、揃って頭を押さえて蹲るアンリとアオイ。そんなふたりにエリセはため息交じりに一言を告げる。


「まったく、もう。顔を合わすたんびに喧嘩ばっかり。ええ加減にしいひんと旦那様に嫌われてまうで?」


 呆れながらふたりに忠告的な一言を投げ掛けるエリセ。


 そんなエリセの言葉に過敏に反応したアンリとアオイは、ほぼ同時にタマモを見やる。その表情は非常に庇護欲をそそられるものだった。


「……あー、ん-。そう簡単に嫌わないから安心してください、ね?」


 あははは、と笑うタマモ。その言葉にふたりは揃って目を輝かせていた。


「ほんまに仲良しさんやんな、ふたりは」


 同じ反応を示すふたりを見て、エリセが笑う。その言葉に「仲良しじゃない!」と声を合わせて否定するアンリとアオイ。だが、すぐに「まねするな!」と再び取っ組み合いを始めた。


「……そないなとこなんやけどなぁ」


 そんなふたりの姿にエリセが苦笑いを浮かべる。その笑みにつられるように、タマモもまた笑っていた。


 笑いながら、再び込み上がってくる違和感に困惑を強めていく。


(なにかがおかしい)


 あまりにも穏やかな光景なのに、その穏やかな光景がやけに胸を騒がせていく。


 その理由がタマモにはわからなかった。


 わからないのに、いまが「おかしい」ということだけはわかっていた。


 いったいこれはなんなんだろう?


 どうして、こんなに胸が騒ぐのだろう。


 その胸騒ぎに思考することに没頭しようとしたとき。


「……それ以上はあかんえ」


 不意に聞き慣れない声が聞こえてきた。


 同時にそよ風が吹いた。


 稲穂が揺れる音が静かに鳴り響く。


 その音に埋没していた思考が、散漫となっていく。


 このままでいい。


 このままがいい。


 そう思ってしまった。


 だが、「このままがいい」と思うのに、「違う」という想いが沸き起こった。


 これは違う。


 これは違うんだと。


 そうタマモは思いながら、震える体で唇を噛む。


 唇の端が切れて鉄錆の味が口の中で広がった。


 同時に、また聞き慣れない声が響いた。


「強情やなぁ。せっかく幸せな夢を見てるのに、なにが気にくわへんの?」


「夢?」


「そう、夢。辛い現実よりも皆幸せそうに笑う夢の方がはるかにええやろう?」


 淡々とした声とともに、目の前にいたアンリもエリセもアオイも、そしてアンリとエリセの両親たちの姿も忽然と消えた。


 目の前には真っ白な空間だけが広がっていた。


 その空間の中で聞き慣れない声と、風に揺れる稲穂の音が響いていた。


「催眠、ですか?」


「まぁ、そないなところかいな?」


「……なんで、ボクに?」


「……辛い現実よりも、幸せな夢の方がええやろう?」


 声の持ち主は気遣うようにそう言う。


 その一言に一瞬言葉を失いそうになるタマモだったが、すぐに自分を取り戻して言い切った。


「余計なお世話ですよ。たとえ辛かろうとも、ボクはいまのままで進むだけです」


「……たとえすべてを失うても? 手に入れたすべてを失う結果になったかて?」


「それでもです」


「なんで? ただ辛いだけとちがう? そんなんよりもいまの夢の方がええ思うんやけどな?」


「……たしかに辛いですけど、あの夢は違うのです。幸せではあるかもしれないけど、空虚すぎるのですよ。あまりにも空っぽすぎる。笑顔に溢れていても、その笑顔は幻です。そんな夢幻なんていらない。そんなものに縋る気はボクにはありません」


 現実とは違う幸せな夢。


 たしかに心地いい夢だった。


 でも、違う。


 誰もが笑っていても、それは違うのだとタマモの心は叫んでいた。


 だからこそ、否定する。


 たとえ現実の方がはるかに辛くても、それでもあの夢に縋り、現実を否定しようとはタマモは思えなかった。


「……はぁ、強情さんやな」


「それがボクなのです」


「……知ってんで。いままでずっと見とったさかいな」


「ずっと?」


「うん、ずっと見ていたゆえな。そなたが紡ぐ日々を我もまた見ていたよ。……だからこそ、少しばかり気遣いをしようと思ったが、余計な世話であったな。許せ、タマモ。その強き心のままに生きるがいい、我が愛おしき裔よ」


 声の主の口調が変わる。


 同時にまた稲穂の揺れる音が聞こえた。


 いや、稲穂ではない。


 金色のふわりとしたなにかが目の前で揺れていた。


 無数のなにかが揺れ動く。


 その光景と音にタマモは意識を保つことができなくなっていく。


「頑張ってな、タマちゃん。うちには応援しかできひんけど、タマちゃんらしゅうあれるように祈ってるさかいな。……タマちゃんのすぐそばで、な」


 声の主が笑う。タマモの体を暖かな毛布のようなものが包み込んでいく。どこかで覚えのあるぬくもりに包まれながら、タマモは意識を手放した。






「旦那様?」


 声が聞こえた。


 聞き慣れたエリセの声。


 ぼんやりとしながら、まぶたを開くと、巫女服の上衣を羽織っただけのエリセがいた。その向こう側には見慣れた氷結王の御山からの景色が広がっていた。


 そんな景色を背景にして、エリセは不思議そうに首を傾げている。


「……エリセ?」


「普段よりも遅うまで寝てるさかい、心配になったんどす。……辛そうやったさかい」


「……そう」


 エリセは気遣うようにタマモを見つめる。


 空の瞳がタマモを見つめるも、瞳は不安の色に染まっている。


「……ごめんね、心配掛けた」


「気にせんといておくれやす。うちの役目さかい」


「……うん、ありがとう」


 そう言ってタマモはエリセの頬を撫でる。エリセは嬉しそうに頬を綻ばせると、「そういえば」と言った。


「なにか悪い夢でも見とったん?」


「……夢か。そうだねぇ。ん~。ごめん、よく思い出せない。思い出せないけど、悪い夢じゃなかったと思う」


「そう、なんどすか?」


「うん。よく憶えていないけどね」


 タマモ自身よく憶えていないが、悪い夢ではなかったということだけはわかる。わかるのだが、その内容はさっぱりと思い出せなかった。


「ん? 旦那様、それは?」


「え?」


 エリセがなにかに気付いたのか、タマモの髪に手を伸ばすと、眩い金色の毛を手に取っていた。


 タマモのそれとは違う。だが、この場にはエリセとタマモしかいない。当然、金色の髪ないし金色の毛を持った人物はいなかった。


「旦那様、心当たりは?」


「ないね。……でも」


「でも?」


 エリセが持つ金色の毛を取り、タマモはそれをじっと見つめた。以前のタマモの髪や尻尾の毛よりもはるかに眩く美しい金毛。誰の物なのだろうと思っていると、不意に風が吹き、その手の中にあった金毛を攫ってしまう。


 風の中に踊る金毛。


 手を伸ばすもすでに届く距離ではなかった。


 遠ざかる金毛を眺めていると、稲穂が揺れる音が聞こえた気がした。


「旦那様?」


 エリセが怪訝な顔をする。


 そんなエリセに「なんでもないよ」と言いながら、タマモは正面を見やる。もうどこに行ったかもわからない謎の金毛。その金毛を思い浮かべながらタマモはぼそりと呟いた。


「……ボクらしく在り続けます」


 それは誰に言ったかもわからない。


 気付けば口にしていた。


 金毛を攫っていた風を見つめながら、タマモはその胸の内に宿った想いを口にしたのだった。


 すると再び風が吹き、また稲穂の揺れる音が聞こえた。


 不快ではなく、とても心地いいその音に耳を傾けていった。

以上年跨ぎ更新でした。

改めまして、今年もよろしくお願いいたします。

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