115 エースキラーのエース
「エスポワール」対「一滴」の決勝戦。
片や舞踏会の参加者然としたドレス風の煌びやかな装備を身につけ、片や武闘大会のファイナリストらしい歴戦の戦士然とする、対照的すぎる二組の試合。
その試合は想定通りの展開になっていった。
「「一滴」のクッキー選手の怒濤のラッシュ! 「エスポワール」のボアディシア選手、防戦一方です!」
「一滴」の格闘家であるクッキーが、「エスポワール」のタンクであるボアディシアを攻め込んでいた。クッキーは淡々と両拳による連続攻撃を続け、ボアディシアはその攻撃を必死の形相で受け止めていた。
「ふ!」
「っ!?」
必死の形相のボアディシアだが、その様子を見てもお構いなしとばかりに、盾の上からゴンゴンと殴りつけていくクッキー。だが、その盾も徐々に変形していく。その様子にボアディシアは愕然とした表情を浮かべている。
ちなみに、このボアディシアは「エスポワール」のサブマスターにして、司令塔の役目を負っている。その司令塔にクッキーは単独で対峙していた。
「一滴」のマスターであるフィナンと剣士のマドレーヌはどうしているかと言うと、フィナンは「エスポワール」の吟遊詩人であるオルフェウスと槍士のマルティスのふたりをひとりで相手取っていた。
「ほらほら、どうしたんですか? お姉さん方、もっと攻めてこないと勝てませんよ?」
フィナンは両手の双剣を攻撃と防御で上手に使い分けていた。いまもオルフェウスのレイピアを、背後からの強襲を右手の剣で防ぎながら、左手の剣でマルティスに斬りつけている。背後からの強襲を見事に防がれたオルフェウスは唖然とし、攻められているマルティスは信じられない者を見るような目でフィナンを見つめていた。
対してフィナンは余裕の表情でふたりのファイナリストたちを相手取るという離れ業を見せつけている。
そして最後のマドレーヌはと言うと、「エスポワール」の剣士であり、もっとも派手なドレスを身につけた金髪のご令嬢然としたマスターのマリーを相手にしている。
だが、ほかのふたりが一方的に攻め込む中、マドレーヌはあくびを搔きながら、みずからのEKである長剣を肩に担ぐようにして構えているだけであった。
というのもマリーがマドレーヌに攻め込もうとしていないからだ。
マリーは一方的な戦況をひっくり返そうと少し前までは、マドレーヌに攻撃を仕掛けていたのだが、いまやその手は完全に止まっていた。
というのも、マドレーヌはマリーと対峙してから一歩も動いていなかった。同じ場所に佇みながら、あくびを搔きつつマリーの攻撃をすべていなしていたのだ。
「なんなのよ、あなたはっ!?」
マリーは珠のような汗を搔きながら叫んだ。
その顔は誰の目から見てもわかるほどに怯えきったものだった。
試合開始前までの泰然自若とした様子はすでになく、天敵の存在に怯えきった獲物のようにさえ見える。
そんなマリーの魂の絶叫に対して、マドレーヌは目尻に涙を溜めつつ、「ん~?」と気のない返事をする。
「なんなのよ、って言われてもなぁ? あたしはレン様の大大大大大ファンのマドレーヌちゃんだよ?」
あはと両手の人差し指を頬を当てて笑うマドレーヌ。
仕草自体はその見目同様にかわいらしくはある。まぁ、若干仕草は古くはあるものの、それでもマドレーヌには似合うものだ。
だが、その仕草を見ても、以前のような声援は飛び交うことはない。
マドレーヌのあまりの強さに誰もが言葉を失っていた。
今大会マドレーヌは、どの試合でも相手のエースを相手取っていた。
中にはビギナークラスではなく、エキスパートクラスに出場してもおかしくないほどの猛者もいた。
だが、その猛者たちをマドレーヌは難なく降していた。
どんな相手でもマドレーヌの前では、猛者たりえなかったのだ。
なにせ、誰もマドレーヌに一撃を当てることができなかった。
逆にマドレーヌの一撃を誰も防ぐことはできなかった。
それは決勝戦という大舞台においても変わることはなかった。
彗星のようにクラン部門ビギナークラスに現れた「一滴」だが、その一番の戦果を挙げたのはほかならぬマドレーヌだった。
そんなマドレーヌは密やかに「エースキラー」と呼ばれていた。
「エースキラー」のマドレーヌ。
「エースキラー」がエース。ずいぶんととんちが利いているが事実であり、クッキーやフィナンも何の疑いもなくマドレーヌをエースと認めていた。
「エースキラー」にしてエースであるマドレーヌは、なぜか不満そうに顔を膨らませると──。
「ちょっと~! マドレーヌちゃん推しの人のたちぃ~!? もっと盛り上げてよぉ~。これから無敵のマドレーヌちゃんの大攻勢が始まるんだから、ダンマリはなしっしょ~!?」
──観客席に向かって、不満を露わにする。その不満の声に、マドレーヌ推しの間キャたちが「あ、そうだった!」と慌ててマドレーヌへの声援を始める。その声援を聞いて、マドレーヌは「うんうん」と満足そうに笑う。
そんなマドレーヌにクッキーとフィナンから批難が飛んだ。
「マドレーヌ! ふざけすぎだから!」
「もうちょっと真面目にやってよ? 私らばっかり頑張っているんだけど?」
ふたりを相手取りながら戦うフィナンは、まるでクラス委員がふざけるクラスメイトを注意するように。
怒濤のラッシュを続けるクッキーは、その雰囲気に合った、とても物静かにだが、明確に怒りを露わにしている。
そんなふたりの様子にマドレーヌは「はぁい」とつまらそうに唇を尖らせながら、ようやくまともに剣を構える。
そこにマリーの怒号が飛ぶ。
「こんっ、クソガキが! あまっなじゃ!」
舞踏会の参加者然としたフォーマルかつ美しいドレスがよく似合う金髪のご令嬢という雰囲気だったマリーの口から、その雰囲気に合わない薩摩弁が飛び出したのだ。
いきなりのマリーの変化にマドレーヌは、一瞬きょとんとしたが、すぐにお腹を抱えて笑い出す。
「あははは! そんなお嬢様って格好と見た目してんのに、すっごい訛り~。どこの人、お姉さん?」
マドレーヌはマリーを煽るようにして笑った。
その煽りにマリーの怒りは頂点に達していた。
「ぶちのめしてやっ、こんガキぃぃぃぃぃぃ!」
マリーは目を血走らせながら、マドレーヌに特攻を仕掛ける。そんなマリーに他の「エスポワール」の面々が「マリー! 待って!」と叫ぶも、マリーの耳にはもう届かない。
マリーはその手にあるRランクの長剣を両手で握ると、顔のすぐそばで構えたまま突っ込んでいく。
「ん~? あ、それ知っているよ? 有名な流派だ。えっと、示現流だっけ?」
マドレーヌはマリーの型を見て、興味深そうに言う。
「だからなんじゃぁぁぁぁぁぁ!」
マドレーヌの言葉にマリーは叫びながら返す。その返事を聞いて、マドレーヌはニコニコと笑いながら所持しているEKをゆっくりと鞘に納めると、半身に立った。その顔には相変わらず笑みが浮かんでいる。
だが、その目は笑っては居なかった。
「ん~? 簡単だよ? だって、それうちのおじいちゃんのところに道場破りをして負けた人が使っていた流派だもん」
そうマドレーヌが口にしてすぐ、マリーはマドレーヌに肉薄した。
「喰れ、クソガキ!」
必殺の一刀を振り下ろすマリー。
だが、マドレーヌは剣を鞘に納めたまま笑っていた。笑いながら、ぽつりとマドレーヌは呟いた。
「ん~、おじいちゃんの言う通りだ。うちの流派と比べたら遅いね」
すでに自身に肉薄するマリーの一刀を見て、マドレーヌは依然として笑っていた。だが、次の瞬間、マドレーヌはマリーの背後に立っていた。鞘に納めていた剣を抜き放った体勢のまま、マリーとすれ違うようにしてだ。
「ま、マドレーヌ選手とマリー選手が入れ替わっていますが、いまいったいなにが」
いきなりの状況に実況が困惑する。だが、解説役のバルドとローズは目を見開いて、「マジか」と「速っ、なにあれ」と驚いていた。その様子に実況が「どういうことですか」と尋ねようとしたとき。
「速、すぎやろう。なに、そい」
マリーがぽつりぽつりと呟きながら、崩れ落ちたのだ。
マリーの持つ剣が舞台上で転がる音とともにマリーの体が伏したのは同時だった。
そんなマリーに対して、マドレーヌは剣をくるくると手の中で回転させてから納刀して応えた。
「ん~? うちの流派の剣だよ? 「神威流抜刀術」って言うの。憶えておいてねぇ?」
ひらひらと手を振りながらマドレーヌは笑う。
だが、その声はもうマリーには届いていなかった。
「「エスポワール」のマスターの戦闘不能を確認しました。これにより「一滴」の勝利と致します」
無機質なアナウンスが流れてすぐ銅鑼の音が鳴り響いた。
「け、決着! 決着です! 戦闘時間はわずか10分! 10分でクラン部門ビギナークラスは決着しましたぁぁぁぁぁ! その勝者は「一滴」! 今大会で初参戦のニューフェイスの優勝だぁぁぁぁぁぁぁ!」
実況が叫ぶと、観客からも一拍遅れて声援と拍手が飛び交う。
その拍手の中、マドレーヌは「マドレーヌちゃん、やっぱし無敵ぃ~!」と叫ぶ。そんなマドレーヌを背後からクッキーとフィナンが同時に「調子に乗るな!」と頭を小突く。小突かれたマドレーヌは後頭部を抑えながら、「なにすんのぉ~!?」と涙目になって叫んだ。
いつも通りの和気藹々とした様子を見せながら、「一滴」の面々はこれと言ってダメージを負った様子もなく騒いでいく。
対する「エスポワール」は戦前の煌びやかな様子とは打って変わって、散々な有様となっていた。
そんな対照的な勝者と敗者の姿を示しながら、クラン部門のビギナークラスの決勝戦は終了した。
最後に美味しいところをかっ攫っていたマドレーヌによって「一滴」は優勝を掴んだのだった。




