39話 平和な「フィオーレ」
「──まぁ、勝負はタマちゃんの勝ちになったね、うん」
「そ、そうだね。まさか、こんなにも早く負けることになるなんて考えてもいなかったよね」
「そうだな。うん、これはさすがに予想外だったなぁ。あははは」
「そうだねぇ。あははは」
顔を真っ赤にしたヒナギクとレン。お互いに顔を背けながらも同じことを言っていた。
(むぅ。やはりレンさんは強敵ですねぇ)
アオイを忘れたわけではないし、アオイは理想の嫁像そのものだ。しかし高嶺の花すぎてタマモにはうかつに手を出せない。
だからと言ってヒナギクであれば手を出しやすいというわけではない。なんというか、ヒナギクは十かのような安心感がある。その安心感はさしものアオイにもない。もっとも悪魔モード時のヒナギクにはできるだけ近づきたくはないことはたしかである。
それらを踏まえたとしてもやはりアオイにはアオイの。ヒナギクにはヒナギクの良さがあるのだ。だからこそその良さを比べることはできないし、する意味もない。できればふたりとは末永く付き合っていきたいものである。
だがそのためにレンというたちはだかる壁があった。さすがは幼なじみだけあって、ヒナギクからの好感度は最初から高い。
今回はその好感度の高さがタマモにとっては災いしてしまった。
たしかに特訓とはいえ、ヒナギク相手にするべきではなかったことなのかもしれない。もう少し手加減をしてもよかったのかもしれない。
しかし仮に手加減をしたとしたら、きっとヒナギクは怒ったことだろう。そんなことをしたらかえって嫌われていた。
ゆえにあのときは全力で対峙するのが正解だったと言える。
だが、そこにまさかのレンからの横やりが入るとは。レン自身おそらく狙ってしたことではないのだろう。本当に無意識のうちにヒナギクのところに駆け寄り、ヒナギクを守ったのだろう。それはまるで普段からしなれていることのように、まるでルーチンワークのようにもタマモには思えた。
そのルーチンワークがものの見事に発動した結果、現在の甘酸っぱい雰囲気になってしまっていた。畑にはヒナギクとレンしかいないわけではない。タマモはもちろんクーたち虫系のモンスターたちも勢ぞろいしていた。そんな面々の前で恥ずかしげもなくふたりは甘酸っぱい空気をかもち出してくれている。
「……きゅー」
不意に足元からクーの声が聞こえた。クーは頭を緩やかに振っている。それはまるで「ヒナギクの嬢ちゃんのことは諦めな。相手が悪すぎるぜ」と言っているかのようにタマモには思えた。芋虫のくせになぜこうも表情豊かなのかが解せない。
「む、むぅ。ボクは負けないのですよ」
いくらクーが言ったところでこればかりは頷けない。たとえ敗色濃厚だろうとこればかりは頷くわけにはいかない。強敵が相手であろうとヒナギクを諦めることなど誰がしてやるものか。
「ヒナギクさんはボクの嫁なのですから」
えっへんと胸を張るタマモ。そんなタマモにクーはなんとも言えない顔で「きゅー」と頭を振る。「まぁ、頑張れよ」と言われた気がするのは、きっと気のせいではない。相変らず言いたいことを言ってくれる芋虫だった。
「……ヒナギクをタマちゃんにやった憶えはないんですけどぉ?」
クーに対して宣言したはずだったのに、いきなりレンが声を掛けてきた。レンはなんとも言えない顔で笑っている。笑っているが、目だけは笑っていない。
だからと言って負けるつもりなどタマモには毛頭なかった。
「ええ、そうですね。いまはまだ貰っていませんからね」
「いまはまだ?」
「ええ。そうですよ? いずれはもらい受けるのです!」
はっきりと勝利宣言を口にするタマモにレンはひと言こう言った。
「やってみろ」
「やってやるのですよ」
お互いに笑い合いながらの言い合いだった。ただふたりに挟まれているヒナギクはと言うと──。
「……私どっちのものにもなった憶えはないんだけど」
あはははと苦笑いしながらふたりのやり取りを聞いていた。しかしそんなヒナギクの嘆きとも呟きとも言える言葉への返事はない。タマモとレンは笑いつつにらみ合うという不思議なことをしていた。
「きゅー(青春だなぁ)」
そんな三人を眺めつつ、いつものように呟くクー。そうして「フィオーレ」は今日も平和だった。




