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112話 ふたつの負けられない想い

「──ご来場の皆様、お待たせしました。これより第2回武闘大会決勝戦を開始致します!」


 いつものように実況の声が闘技場内でこだまする。


 その声に呼応して観客席からは、盛大な歓声が飛び交った。


 時刻はちょうど正午。


 太陽が一番高く昇った頃、長かった「武闘大会」の最終日は始まりを告げた。



「まずは事前にもお知らせしていたとおり、ビギナークラスの個人部門からです! それでは出場選手どうぞ!」



 実況の声を合図にしたように、どこからともなく大きな銅鑼の音が鳴り響く。


 その銅鑼の音に合わせて、東門がゆっくりと開いていった。


 東門から姿を見せたのは、槍のような見た目をした長柄武器を持った偉丈夫だった。長いあごひげを蓄えつつも、その顔立ちは美男子そのもの。


 その身を包むのは、漢服と呼ばれる伝統の民族衣裳を模した皮鎧。性能よりもやや見た目を重視した様子ではあるが、それでも彼が身につけると、不思議と歴戦の勇士の装備という風に見えてしまう。


 顔立ち、装備ともに文句なしの偉丈夫の姿を見て、女性の黄色い声援が飛び交い始めるも、偉丈夫はその声に反応を見せることなく、淡々と歩を進めていく。



「東門より出でしは、注目のルーキー! 前大会におけるテンゼン選手を彷彿させる圧倒的な強さから早くも異名持ちのプレイヤーとなりました! その異名は「美髯公」! そう、彼こそは「美髯公」シュドウ選手です!」



 偉丈夫ことシュドウが紹介されるやいなや、すでに彼にぞっこんとなった女性ファンからの声援が飛び交う。だが、声援は決して女性だけではなく、その勇猛果敢な戦い振りに惚れぬいた男性ファンからも熱い声援が飛び交っていく。


 その声援を一身に受けながらも、シュドウの表情は変わらない。


 表情を変えないまま、長柄武器、槍系のEKに分類されるSSR「冷艶鋸」を手にしてゆっくりとした足取りで舞台へと向かっていく。


 

「決勝戦からは私実況だけではなく、特別ゲスト兼解説役として「紅華」のローズさんと「フルメタルボディズ」のバルドさんにお越し戴いております」


「どうも、「フルメタルボディズ」のバルドだ。今回は解説役としてお呼びいただき感謝している」


「……」



 実況の紹介を受けて、バルドがまず挨拶をする。だが、もうひとりの解説役であるはずのローズは無言のままであった。



「ローズさん? いかがなさい──」


 

 無言のローズを見て実況が声を掛けようとしたとき。ローズはいきなり爆発した。



「おい、こら、おまえぇぇぇぇぇぇ! 三国志なのか水滸伝なのか、はっきりしろぉぉぉぉぉ! 朱仝なのに、なんで「冷艶鋸」持ってんだよぉぉぉぉぉ!?」



 マイクを手にして、ローズが絶叫する。


 その顔はあからさまなほどに怒りに燃えている。その様子を見て、バルドが「あー、スイッチ入ったなぁ」と呆れるもローズは止まらない。



「朱仝を名乗るなら、その髯はいい! だが、その武器はなに!? 朱仝と言ったら剣でしょうが! なのになんで「冷艶鋸」なんだよ!? ちぐはぐすぎんぞ!」


 

 ガチギレの様相でローズが叫ぶ。その叫びにシュドウの顔が苦々しげに歪んでいく。


 というのも、ローズの突っ込みはシュドウ自身が一番思っていることであるからだ。


 シュドウはローズの言うとおり、元となったのは「水滸伝」における「天満星朱仝」である。


 そんなシュドウがキャラメイク時に、一番拘ったのはその長い髯であった。朱仝と言えば、「三国志」の関羽と同じく「美髯公」の異名を持つ武将。異名の由来は長い髯を蓄えていることからだ。


 そんな朱仝のようにシュドウもまた「美髯公」と呼ばれることを夢見て、いままでのプレイヤーとして歩んできた。


 だが、一般的に「美髯公」と言えば、ほとんどの人が「関羽」を連想してしまう。武闘大会での活躍によって「美髯公」の異名を賜ったはいいが、シュドウにとっての苦難の日々は変わらなかった。


「あれ? 「美髯公」なのに「カンウ」じゃないの?」


「「美髯公」って「関羽」でしょう?」


「「朱仝」って誰?」


 知り合うプレイヤーはみんな「立派な長い髯だねぇ」と驚き、その様子にシュドウは得意げに「「美髯公」といつか呼ばれるのが夢なんだ」と返すと、誰もが「え? 関羽じゃないのに?」と言われ続けていたのだ。


 それはこうして大舞台で「美髯公」と呼ばれるようになっても変わらなかった。


 一般的に「「美髯公」=「関羽」」という図式は、シュドウ自身よくわかっていることではあった。


 だが、それでもシュドウが憧れたのは関羽ではなく、朱仝だったのだ。


 そりゃ関羽は誰もが知っている有名人であるし、まさに好漢と呼ぶに相応しい人物である


 しかし、朱仝も関羽と負けず劣らずの好漢である。


 知名度が関羽とは比べようもないが、朱仝とて同じく「美髯公」の異名を持つ武将なのだ。ただ知名度がないだけ。そうたったそれだけで「「美髯公」=「関羽」」という図式になるのはおかしい。そうシュドウは前々から思っている。


 だが、あまりに熱弁すぎると引かれるか、歴史オタクのレッテルを貼られるだけ。シュドウ自身は決して間違ったことは言っていないが、現状で言えばその思いは報われていない。


 なによりも、彼の思いが報われない原因があった。


 それは彼の持つSSRランクのEKが「冷艶鋸」であるからだ。


「冷艶鋸」と言ってすぐに理解できるものはそうはいない。


 だが、「青龍偃月刀」と言えば、誰もが理解を示すであろう。


「冷艶鋸」とは「青龍偃月刀」の別名である。


「青龍偃月刀」と言えば、「関羽」を誰もが連想する武器であった。


 そう、「「「美髯公」=「関羽」」だけという図式はおかしい」と常々に口にするシュドウにとっては皮肉以外の何物でもないシロモノであった。


 SSRランク引換券を最初の単発で手に入れて、「運がいいなぁ」と思っていたシュドウに、現実という名のトドメを刺してくれたシロモノでもあった。


 だが、せっかくのSSRランクのEKを「関羽を連想させるから」という理由だけでお蔵入りすることなどシュドウにはできなかった。むろん、拘りきったアバターをリメイクすることなどもっての外、そもそもまたSSRランク引換券を手に入れられるかどうかもわからないのだ。


 リスク対効果を冷静に踏まえて、シュドウは折れたのだ。


 シュドウ自身、「関羽と朱仝、どっちやねん」という想いはあれど、それでも涙を呑んで冷艶鋸とともに上り詰めた決勝戦。その決勝戦でまさかの突っ込みがはるか上位層から叩き込まれたのだ。


 シュドウにとっては最大級の精神ダメージを負ったも同然である。その場で膝を突きたい衝動に駆られつつも、シュドウは笑いそうになる膝を叩きながら前へ進む。その口の端から血を流しながら。


 そんなシュドウに対して、「水滸伝」ガチ勢であるローズからの罵倒は続いていた。そのすべてに「俺だって同じ気持ちなんすよぉぉぉぉ!」と叫びたいのをぐっと堪えるシュドウ。その背中は少し前までは堂々としたもののだったのに、いつのまにか哀愁の漂う背中へと変化していた。


 そうしてシュドウがまっすぐに舞台へと進む最中、西門が開いた。その途端、一部の観客が「せーの」という合図があがると──。


「「「ポ・ン・ちゃーん!!!!」」」


 ──シュドウとはまた別種の黄色い声援が飛び交った。


 その声援を背に姿を現したのは、信楽焼の狸をデフォルメした姿の狸系の獣人であるポンタッタだった。


 その表情は相変わらず読めない。


 しかし、その目は雄弁に物語っている。


「やってらんねえ」と。


 ポンタッタ的には「なんであんな見た目もカッコいい奴と決勝でやり合わにゃならんのだ」と言いたい。切実に言いたい。


 だが、優勝せねば、スキンアイテムの購入費が手に入らないという現実は変わらない。


 つまりどんなに嫌であっても、ポンタッタにはシュドウと戦う以外の選択肢は存在していないのだ。


 その事実がよりポンタッタのやる気を削いでいく。


「なんなんですか、そのカッコいい姿はさぁ~? 嫌味か、嫌味ですかぁ~? ええぇ、この野郎~。イメージする朱仝そのものとか、マジふざけんなですよ~。似合いすぎなんだよ、てめぇは~です」


 ポンタッタはぶつぶつと呪詛を紡ぎながら前進する。


 その手にあるSSRランクのハンマー型のEKを引きずりながらだ。その様子は「処刑人かなにか?」と思わせるほどに不気味なものであった。


 それでもなお、ポンタッタの愛くるしさが不気味さを中和して上書きするという不思議な状況になってしまっていた。


 そんなポンタッタだが、彼もまた「美髯公」と聞いて、「関羽と朱仝のどっちだろう?」と思った数少ない人物のひとりであった。


 もし、武闘大会という舞台以外で出会っていれば、よき友人となりえただろうふたり。


 しかし、こと現在においてふたりは優勝の座を争うライバルであった。


 ポンタッタが優勝を狙う理由は、人間の姿になれるスキンアイテムの購入費を手に入れるため。


 対してシュドウが優勝を狙う理由。それは「「冷艶鋸」の代わりになるとっておきの剣を作る費用が欲しいから」である。


 すでにとっておきの剣を作る材料は手に入れている。「セルリアンリザード」の「ウォーリア・オブ・ドラゴン」個体から手に入れた「鋭牙」を材料にすることは決まっている。だが、問題はその資金が足りないのだ。


 今回の大会の優勝賞金はすべてその費用に回す。それでもまだいくらか足りないが、その分だけであればコツコツと頑張れば貯められない額ではない。


 ゆえに、シュドウもまたこの試合を負けることはできない。


 お互いに負けられないという想いを抱き合うふたり。


 今後のゲームプレイのために必要であるからというお互いに同じ理由を抱き合っているという珍しい試合。


 そんな試合の火蓋は──。



「それでは、ビギナークラス個人部門決勝戦──始め!」



 ──いま切って落とされるのだった。

美髯公は関羽だけじゃねぇんだぜ、というのは私個人的な想いでもあります←

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