108話 花と獣狩り その10
終わんなかった←
「──出し惜しみはなしだ!」
レンは叫びながら、再び「瞬撃の剣」でミカヅチを双剣に変化させた。
変化させてすぐに、左右の刃に漆黒の雷を纏わせると、双剣をその場で撃ち合わせた。
「いけ、双鳴閃!」
レンの叫び声に呼応するかのように、撃ち合わせた双剣から黒き雷竜を解き放った。
黒き雷竜はまっすぐにガルドへと向かっていく。
突然の光景に観客席からは本日何度目かになるどよめきが上がる。
が、雷竜を見てもガルドは怯えることもせず、その手にある「狼夜」を振りかぶりながら、レンたちの元へ突進してくる。振りかぶっていた「狼夜」にガルドが力を込めた、そのとき。
「いまだ! 雷電!」
レンは十八番である雷電を雷竜へと向かって発動させる。雷竜との距離がみるみる縮まっていき、すぐにレンは雷竜の中に躍り込むと、雷竜をレンそのまま身に纏うと、すでに眼前に近付いていたガルドへと双剣を振り抜いた。
「双竜閃!」
レンが放ったのは、かつて焦炎王の卒業試験の際にレンが編み出した必殺技。双鳴閃で生じさせた黒き雷竜と高速機動スキルである雷電の合わせ技である双竜閃。焦炎王に手傷を与えたレンの持ちうる最高の技だった。
その技をレンはガルドへと放った。ちょうど攻撃体勢に移り、胸元ががら空きになったタイミングを狙っての一撃は、見事にガルドの胸を×の字に切り裂き、ガルドを黒い雷の奔流で焼いていく。
ガルドの口から悲鳴の咆哮が上がっていく。
だが、それでもガルドは止まらなかった。
悲鳴をあげながらも、その手にある「狼夜」をレン目がけて振り下ろしたのだ。
レンはとっさに背後へと跳び距離を取る。そのすぐ後に震動を伴った一撃が振るわれた。それまでレンが立っていた地面が大きく陥没する。黒雷の奔流によって硝子化していた地面からは甲高い音が鳴り響いていた。
その音ゆえにガルドはすぐに気付くことができなかった。
「今度こそ。……虎墜牙!」
すでにヒナギクが自身の背中に迫っていたことに、ガルドは再びのヒナギクの虎墜牙の一撃を喰らうまで気付いていなかった。
「っ!!?」
ガルドの口から困惑の声が上がる。
言葉にならない叫び声。レンへの反撃を行ったせいで、周囲への警戒がおろそかになっていたところに突き刺さる必殺の一撃。ガルドの背中が海老反りに曲がっていく。
だが、その状態であっても、ガルドは倒れなかった。
自身を鼓舞するように、ガルドの口からは咆哮が上がる。その咆哮とともにガルドは振り返りながら「狼夜」を水平に薙ぎ払う。
が、そのときにはすでにヒナギクはガルドの背中から離れていた。とはいえ、それはヒナギクだけのものではなく、ヒナギクの行動を読んでいたレンが先回りして虎墜牙を放ってすぐにヒナギクを回収して距離を取ったためである。
「おまえ、バンバン使いすぎだって」
「うるっさいなぁ。ああでもしないと止まりそうにないんだもん」
「だからって」
「はいはい、わかっていますよーだ」
ヒナギクを背後から抱きしめる形で回収したレンによるお小言を、ヒナギクはあっかんべーをしながら返事する。「子供かおまえは」と呆れるレンに、ヒナギクは「ふんだ」と不満げに顔を背ける。
その様子に観客席からは「本当にレンの兄貴は大変だなぁ」という声がわずかに漏れ聞こえるが、大半の観客はヒナギクの頬がほんのりと紅く染まっている様子を見て、「あれは高度なイチャコラだな」と理解を示し、「あらまぁ」という声とともにふたりの様子にほっこりとしていた。
だが、ヒナギクとレンの様子に観客がほっこりしていても、ガルドの暴走はいまだ続いている。
ヒナギクとレンが一時的に離脱したため、現在のガルドの相手はタマモがひとりで行っていた。
その特徴的である五本の尻尾である「五尾」をフルに使って、さながら要塞じみた鉄壁の防御で以てガルドの猛攻を防いでいた。
「闇雲な攻撃じゃボクには届きませんよ、ガルドさん」
タマモはおたまとフライパンではなく、素手で以てガルドの猛攻をいなす。
四回戦の「紅華」戦や準々決勝の「フルメタルボディズ」戦でも見せた「轟土流」の「円の守り」によるいなし。
小円からなる無敵の守り。その無敵の小円の中にタマモはいた。
そして「円の守り」を使うということは、それは必然的だった。
理性がないゆえに、大振りなガルドの攻撃。
その隙をタマモは完全に見出していた。ゆえに、それは発動する。
「轟土流深奥──「金剛不壊」!」
タマモの体に金色の光に覆われる。それまでいなしていたガルドの一撃がタマモに直撃するも、タマモの体には傷ひとつ付けることはできない。
ガルドの目が驚愕に見開かれると同時に、タマモはガルドへと向かって一歩踏み出す。その踏みだしとともに強烈な震動が起こり、ガルドの体勢が大きく崩れる。そこにタマモは渾身の右ストレートをガルドへと放った。
レンが刻みつけた×の字の斬撃の痕。その痕に向けてタマモはまっすぐに拳を打ちこんだ。
理性を失い、完全に猛獣と化したガルドには、その一撃を防ぐことはできず、ガルドの巨体が大きく背後へと向かって吹き飛んでいく。
「これで決まったか?」と誰もが思ったが、ガルドは空中でその身を回転させると、静かに着地する。まるで何事もなかったように平然と立ち上がっているように見えるが、その体には隠しきれない深いダメージの色が見て取れた。
「さすがはガルドさん、ですね」
「本当に参っちゃうね」
「これでもまだ倒れないんだから、本当にすげえよ、あの人」
いまだ戦う姿勢を見せるガルドに、タマモたちは本心からの称賛を口にする。
ガルドを相手に、タマモたち「フィオーレ」はエキジビションマッチとなった試合を続行していた。
すでに試合自体はガルドのHPバーを削りきったタマモたち「フィオーレ」に軍配が上がっている。
言うなれば、このエキジビションマッチは行う意味のない戦いである。
しかし、対戦相手であるガルドは理性が完全に飛んでしまっていることもあり、そのままでは徒に破壊を生じさせるだけなのは目に見えていた。
それに理性を飛ばす前、ガルドはまだ戦おうとしていたのだ。
そんなガルドとタマモたちはさらなる戦いを行う姿勢を見せた。
その結果が唐突なエキジビションマッチと相成ったのだ。
だが、そのエキジビションマッチは、通常の試合よりもはるかに危険度が高い。
当のガルドが完全に猛獣と化していることがその要因である。理性を失ったということは、手加減という考えをガルドは完全に失っているということにほかならない。つまりは、ストッパーを失ったガルドというトッププレイヤーを相手取るということ。
常人であれば、二の足を踏む展開であろう。
だが、タマモたちは危険極まりない状況であっても、あえて戦いを続ける決意をし、いまなお交戦を続けていた。
「まだ回数切れは起きないんですね」
「そういえば、検証したことなかったね」
「こんなことならやっておけばよかったなぁ」
3人が口にするのは、ガルドが用いているスキル「不死鳥の狂騒」と「不死鳥の猛攻」という蘇生スキルと蘇生する度にステータスが上昇するというスキルについて。
このスキルはタマモたちも以前の「不死鳥」シリーズを装備していた際に得ていたのだが、発動条件が死亡時のため、なかなか検証することができていなかったのだ。
デメリット付きのうえ、回数制限もあるピーキーなスキルではあるが、その分強力なふたつのスキル。
そのスキルの回数制限がどれほどのものなのかを予め確認しておけばよかったと、いまさらながらに後悔する3人。
しかし、どれほど後悔してもすでに後の祭りである。
「しゃーない。出たとこ勝負だな」
「まぁ、それしかないよね」
「ですねぇ」
若干投げやりな会話を行いつつも、3人の目はガルドへと注がれていく。
3人のそれぞれの攻撃により、追加で3回の蘇生は発動しているが、まだ回数切れを起こした様子は見えなかった。
その証拠にガルドは咆哮を上げながら、3人に突貫してくる。
暴威の嵐となったガルド。
その嵐にタマモたちは立ち向かう。
その様子に惜しみない拍手と声援を背に、3人とガルドの戦いは続いていった。




