107話 花と獣狩り その9
「狼夜」を取り出したガルドへと「フィオーレ」は一斉に飛び出した。
先陣を切ったのは、やはりレン。
その圧倒的な機動力を以て、ガルドとの距離をぐんぐんと縮めていく。
やがて、レンとガルドの双方の間合いにそれぞれが飛び込んだとき。
「レン選手、お得意の抜刀攻撃は今度こそ決まるのか──え?」
レンの行動を先読みしていた実況は、レンの行動の成否を口にしていたのだが、その実況が唖然とした声をあげた。
それは実況だけではなく、観客たちも同じ。そして相手をするガルドもまた。
誰もが言葉を失う光景が広がった。
レンは間合いに入ってすぐに地面を蹴り、上空へと逃れたのである。
あまりにも唐突すぎるレンの離脱。
なんの狙いがあるのかと誰もが怪訝な顔を浮かべたとき。
「隙ありだよ」
ヒナギクの静かな声が闘技場内に響いたのだ。
その声と同時にガルドは「狼夜」の柄を使って、防御の態勢に入るが、それよりも速くヒナギクの拳がガルドの腹部に突き刺さった。
「っ!?」
声を出すこともできずに悶絶するガルド。対してヒナギクはすぐに右腕を引くと、たたみ掛けるように両拳でのラッシュを始めた。ラッシュを行うも、ヒナギクは普段の裂帛の気合いはあげない。まるでそれは「このとき」のために前々から準備していた仕込みのように。
「ヒナギク選手のラーッシュっっっ! 普段の愛らしくも勇ましい声をあげずに、無言でガルド選手をたたみ掛けていく! もしや、あの気合いはこのときのための仕込みだったのでしょうか!?」
実況もヒナギクの変化、いや、仕込みに気付いたようで、興奮したように叫び出す。
実況の言うとおり、ヒナギクは今大会ではよく気合いの声を上げていた。その声と共に攻撃を仕掛けるというイメージがいつのまにか定着していた。
しかし、いまのヒナギクは無言でラッシュを叩き込んでいく。その姿はそれまでの若干騒がしい攻撃時とは、まるで異なっていた。
不意を衝いても、まるで「いまから攻撃しますよ」と言わんばかりの大音声が、いまはすっかりと鳴りを潜めている。
いままでのヒナギクが動であるとすれば、いまのヒナギクは静。決して騒がず、淡々と相手を仕留めに行く狩人のようである。
だが、ガルドもただやられるわけではない。
最初の静かな不意討ちとその後の数発のパンチは受けてしまったものの、それ以後は柄を上手く使いヒナギクのラッシュをどうにかいなしていた。
ただ、最初の一撃のダメージにより、その動きはそれまでよりもいくらか鈍く、すべての攻撃をいなすことはできておらず、数発に一回はヒナギクの一撃を受けていた。
「ガルド選手、必死の防御! しかし、いままでの完璧な防御とは違い、いくらかの攻撃を受けています! 徐々にガルド選手のHPバーが減っていくぅ!」
ヒナギクの攻撃を完璧に防御しきれていないガルドのHPバーは、徐々にだが確実に減っていた。
しかし、その速度は遅い。
というのもヒナギクは威力重視ではなく、手数重視の攻撃に切り換えているため、一撃一撃の威力が低くなってしまっていた。
普段のダメージとは比べようもないほどの低威力の一撃によるラッシュ。普段通りのダメージのラッシュであれば、ガルドはとっくにHPバーを消し飛ばしていたであろう。その点で言えば、ガルドは運がいいとも言える。
だが、いつ終わるとも知れぬラッシュを延々と受け続けるという意味では、精神的な負担を受けるという意味においては、はたしてどちらがましだったのやら。
肉体的なダメージではなく、精神的なダメージを負わせてくるヒナギクのラッシュをガルドは奥歯を噛み締めながら堪えていた。
だからこそ、ガルドはその動きに気付くことができなかった。
圧倒的な暴力の嵐に苛まれているがゆえに、周囲の変化に気付くことができなかった。
そしてそれは起きた。
「尻尾三段突き!」
ガルドの背後から聞こえる勇ましい声。その声にガルドの表情が焦りの色に変わる。だが、ガルドは振り返ることもできないまま、背中を襲う強烈な三段攻撃を直撃してしまう。
ガルドの体が海老反りになり、「狼夜」を握る手に力が一瞬抜け落ちる。明確な隙がガルドに生じた。
「「双雷閃」!」
ガルドの隙を衝くようにして、ガルドの頭上から雄叫びと共にレンが飛来した。すれ違い様にガルドの体を×の字に切り裂く。ガルドの口から声にならない悲鳴が上がった。その表情は明かな苦悶の色に染まり、ガルドのHPバーはより大きく減少した。
「ヒナギク!」
「ヒナギクさん!」
それでも「フィオーレ」の追撃は止まらなかった。
タマモとレンがそれぞれにヒナギクの名を口にする。
「……うん、これで決めるよ」
ふたりの呼びかけにヒナギクは静かに答えた。
すでにヒナギクはラッシュをやめて構えを取っていた。
左手を前に出し、右腕を体に隠すようにして大きく引くという独特の構え。
その構えはヒナギクとレン、そしてテンゼンが幼少時から習い修めてきた流派「神威流宗家」の特有の構え。
それは「神威流宗家」の無手術のひとつにして一般的に言えば奥義とされるもの。
無手術の技の中でも上位の序列にして、かつて強大な敵でさえも、その一撃のもと打倒したという逸話からなるもの。
渾身の力とともに全体重を拳に乗せ、相手の急所に放つ一撃。そのため捨て身となることもありうる諸刃の剣。その様はまるで虎が相手を組み伏し、必殺の牙を打ち込むかのようとされる。
そのその名は付けられた。ヒナギクがガルドへのトドメとして放つその技は──。
「──虎墜牙!」
神威流宗家無手術「虎墜牙」──。
数ある技の中で、唯一ヒナギクが修めることができた必殺の一撃。
その一撃がガルドの腹部、ちょうど鳩尾にへと突き刺さった。
その衝撃にガルドの目が見開かれ、そのHPバーは完全に消し飛んだ。
だが。
「ま、だだだぁ!」
ガルドはHPバーが消し飛んだというのに、捨て身であり必殺の一撃を放ったヒナギクに反撃を行ったのだ。
まさかの反撃にヒナギクはとっさの防御も間に合わず、ガルドの反撃の餌食になった。悲鳴とともに大きく後退するヒナギク。そんなヒナギクの元にタマモとレンは慌てて駆け寄っていく。
「が、ガルド選手! HPバーがないのに、反撃したぁぁぁぁぁっ!?」
その行動に実況もいままで以上の絶叫とともに動揺を示す。観客たちもまさかの展開に言葉を失ってしまう。
だが、当のガルドはもちろん反撃を受けたヒナギクも、動揺を示すことはなかった。
「は、ははは。まさか、反撃できるとはなぁ。だが、これでまだもう少し戦えるぜ」
ガルドは息を切らしながら笑っていた。
そんなガルドにヒナギクは脚を震わせながらも立ち上がる。
「HPがないのに、なんで攻撃できるのか、全然意味わからないですけど、でも、まだやるってんならお相手しますよ」
ヒナギクは口元を拭いながらガルドを射貫く。それはタマモもレンも同じである。
「あぁ、まだ付き合ってもらうぜ。なにせ、「狼夜」を出したってのに、まともに攻撃してねえんだからなぁ!」
ガルドは咆哮をあげながら突貫する。その様はまさに手負いの猛獣そのもの。狩る側と狩られる側が逆転した瞬間であった。
「え、えっと、ガルド選手のHPバーは消し飛んでいるので、「フィオーレ」の勝利になるのですが、誰もやめてくれませんね、これ」
実況が困惑するも、タマモたちとガルドの戦いは依然として続いていた。
ガルドのHPバーが消し飛んでいることは事実だが、それでもガルドは戦いを続けている。その様を「バク」だの「チート」だのと言う声は観客席からはちらほらと上がるものの、当のタマモたちはそんな声を上げることなく、ガルドとの戦いを続行していた。
「え、えっと、両クランとも制止、制止してください! 試合は終了、終了ですよ!?」
ついには実況が制止の声を懸けるも、その声はガルドにもタマモたちにも届いていなかった。
実況が困惑の極みにある中、そこに突如アナウンスが響く。
「ご来場の皆様、いつも「エターナルカイザーオンライン」をご愛好いただきありがとうございます。私はプロデューサーのエルと申します。準決勝最終試合ですが、ごらんの通りガルド選手のHPバーはなくなっているため、試合自体は「フィオーレ」の勝利と致します。ですが、当人たちが戦闘を続行しております。これを止めることは大変難しく、くわえて皆様にとっても好ましくないと愚考しました。よって、ここからはエキジビションマッチとしまして、このまま戦闘の続行を継続することを決定いたしました」
プロデューサーのエルからの爆弾発言に、観客と実況が唖然とするもつかの間、すぐに観客席からは大音声の声援が飛び交い始めた。中には「なんでHPバーがないのに戦えるんだよ」とか「これバクでもチートでもなく、仕様なのか」という疑問の声があがる。
その疑問の声に対して、エルプロデューサーによるアナウンスが再び響く。
「なお、皆様が疑問視されている「ガルド選手のHPバーがないのに戦闘続行している」ことに関しましては、これはガルド選手の装備に特殊なスキルが付与されているためです。なお、このスキルに関しましてはガルド選手が多くのプレイヤー様が未踏のフィールドに達し、そこで入手したものであるがゆえに、スキル名とその内容に関しましては公表は差し控えさせていただきますが、バクでもチートでもないことは名言させていただきます。なお、このスキルに関しましては、「フィオーレ」の皆様もすでに入手済みともまた名言いたします」
そう言ってエルプロデューサーのアナウンスは終わる。
そのとんでもない内容に本日何度目かになるどよめきが上がる中、そのアナウンスの内容を聞いたタマモたちはガルドの状態を理解した。
「そういうことか!」
「考えてみれば、当然ですね!」
「だって、入手元と一緒にいるんだもんね!」
そう、エルプロデューサーのアナウンスにより、ガルドのHPバーが消し飛んだのに戦えている理由は、なんのスキルであるのかははっきりとわかった。
ガルドの使用したスキル。
それはタマモたちの以前の装備の「不死鳥(劣)シリーズ」のシリーズスキルである「不死鳥の狂騒」と「不死鳥の猛攻」だろう。
どちらも蘇生に関するスキルであり、HPバーが消し飛んでもガルドが戦えている理由はそれ以外に考えられない。
ただ、どちらのスキルも「劣」であれば、理性と正気が蝕まれるというデメリットが存在していた。
その点を踏まえてガルドを見やると、すでに正気があるとも理性があるとも言えないほどに暴走しているように見えた。
他の「ガルキーパー」の面々が蘇生しないのは、エースであるガルドに「とこしえの産毛」を利用した装備を与えたからだろう。
全プレイヤー中五指に入る実力者のガルド。
そのガルドが暴走しながら、何度も蘇生し、そのたびに強力になっていくというのは、対戦相手にとっては悪夢としか言いようのない状況だった。
特に状況を理解できないプレイヤーにとっては、「とこしえの産毛」で作製した装備を持たないプレイヤーにとっては、状況を理解できないまま、蹂躙されることは明らかだろう。
だが、タマモたちはその特性を理解している。そのデメリットも、そしてそのスキルの弱点もまた理解していた。
「ねぇ、みんなわかっているよね?」
ヒナギクがふたりに声を懸ける。
「あぁ、もちろん。このスキルは」
レンがヒナギクの問いかけに頷く。
「回数制限があります」
最後にタマモが口にしたのは、共通認識の答えである。
「不死鳥の狂騒」と「不死鳥の猛攻」には、回数制限が存在している。無限に蘇生ができるわけではないのだ。
つまり、エキジビションマッチとなったこの試合を終わらす手段は、ただひとつ。それは──。
「「「──蘇生しなくなるまで、ガルドさんのHPを削りきればいい!」」」
──蘇生可能回数を使い切らせればいいということ。
ただ、それは至難の業でもある。
相手は何度も言うが、全プレイヤー中五指の指に入る、まさにトップオブトップスのひとり。その相手が蘇生するたびに強力になっていく。その相手を蘇生しなくなるまで打倒し続ける。
傍から聞けば無謀そのもの。
だが、このエキジビションマッチの終わりはそれ以外にはありえないのだ。
であれば──。
「やりますよ、ヒナギクさん、レンさん!」
「あぁ!」
「全力全開で行くよ!」
──全力でやり抜くしかない。
タマモたちは理性を失った猛獣と化したガルドへと、果敢に立ち向かっていった。




