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38話 ヒナギクはやらせない

 ヒナギクは目を見開いていた。


 目を見開きながらタマモをじっと見つめていた。見つめることしかできないでいるようだった。そんなヒナギクにタマモは肉薄していた。


(よし、これで負けはないのです)


 踏み込むのにかなり勇気が必要だった。後ろへと下がりたいという想いはあったし、距離を取るべきだと思ったのも本当のことだった。


 それでもタマモは踏み込んでいた。どうして踏み込めたのかはタマモ自身にもわからない。ただ踏み込まねば先はないと思ったのだ。このまま踏み込まなければなにも変わらない。踏み込んだところでなにかが変わるわけではない。しかし踏み込まなければじり貧になるだけなのは目に見えていた。


 だからこそタマモは踏み込めた。結果じり貧どころか、王手を掛けることができた。すでにヒナギクとの距離は当初の半分どころか、十分の一もないだろう。あと少し前に進めればタッチできる。ヒナギクはとっさのことだったからか対処できそうにはない。ここからの逆転は不可能だろう。


(勝負だったかどうかもわかりませんけれど、いままで通りであればこれでボクの勝ちなのです)


 いままで通りであれば、これで終りだ。これでタマモの勝利となる。もっとも勝負はしていないし、開始の合図もなにもないものだったが、いままで通りの特訓であれば、これで終りということになる。


(ここからの逆転はありえません。となれば、ボクの勝ちですね。油断なんて欠片もする気はないですが、いまのところ覆される要素はなにもないのです)


 タマモは油断をする気はない。そもそも油断や慢心があったからこそ大学受験に失敗をしてしまったのだ。あのとき即座に切り替えることができていれば、たとえ一度失敗があっても次に繋げることはできたはずだった。その次に繋げられなかった。いやその次を考えることができなくなってしまった。


(希望はボクを完璧だと言っていました。けれどボクはやっぱり完璧ではないのです)


 希望の夢を壊すようだが、やはりタマモは自分自身を完璧とは言えなかった。完璧であれば、もし失敗をしたとしても、その失敗を活かして次に繋げられたはずだ。


 しかしその次にタマモは繋げることができなかった。できないまま引きずってしまったのだ。その結果が受験失敗。失敗を引きずってしまった。失敗したことをいつまでも気にしすぎてしまったのだ。


 あのとき、切り替えることができていれば、失敗してもチャンスはあるのだと思えなかったことが、タマモの最大の失敗だった。


(そんなボクが完璧なわけがないのです。……希望には悪いけれど、ボクは完璧にはなれません。完璧にはなれないのです)


 そう完璧にはなれない。だが、完璧にはなれなかったとしても、同じ失敗を繰り返したくなかった。繰り返すべきではなかった。


 完璧にはなれない。なれなくてもそうなる努力をしなくてもいいというわけではない。完璧ではなくても完璧に近いところまで行けるように努力をするべきだった。


 だからこそ油断はおろか、慢心さえタマモはしない。油断も慢心もしないように集中して、ヒナギクへと迫っていく。


 指先がヒナギクの服にわずかに触れる。ここから避けることはできない。ヒナギクもようやく回避を始めたが、すでに遅い。ここから避けるには誰かの手を借りなければ無理だろう。


 しかしその手を借りるべき相手はどこにもいない。どう考えてもタマモの勝ちだった。それでも油断することなく、タマモは必死に腕を伸ばしていき、そして──。


「ヒナギクはやらせない!」


 ──あと少しというところでいつのまにかヒナギクの背後に移動していたレンがヒナギクの体を思いっきり引き寄せた。というかほぼ抱き寄せたに近い体勢だった。


「れ、レンさん!?」


「れ。レン!?」


 まさかのレンの行動にタマモだけではなく、ヒナギクも驚いていた。しかし当のレンはいくらか勝ち誇った顔をしていた。ほとんどとっさの行動だったのだろう。


 だが、とっさの行動であってもヒナギクを守ることができたのはたしかだった。だが、ヒナギクを守ることができても今度はレン自身が半身を晒す形になっていた。くわえて目の前にいたヒナギクを無理やり移動されたことでタマモの体勢は完全に崩れてしまった。もともと崩れ気味だったのが、いまや完全に崩れてしまった。結果タマモは腕を突き出す形で前のめりに倒れた。


 しかし腕を突き出す形だったことと、レン自身が半身を晒していたこと。その両方が重なり合った結果、タマモの手はレンの脚に触れた。


「あ」


 それは誰の声だったのか、三人のうちの誰かなのか、それとも三人全員の声が重なった結果なのかはわからない。わからないが、たしかにその声は響いた。


「……ボクの勝ち、ですね?」


 タマモは倒れ込みながらも目の前にいるヒナギクとレンに、顔を真っ赤にしたヒナギクと「やらかした」と顔にでかでかと書いているレンに向かって笑いかけたのだった。

 ヒナギクを庇った結果、やらかしてしまったレンでした。まぁ、レンとしてはあたり前のことですね。

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