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106話 花と獣狩り その8

 ──決着を着けよう。


 そう言い放ったガルドは、なぜか得物である「歴戦の大斧」を放り投げた。


 唐突すぎるガルドの行動に、タマモたちは揃って怪訝な顔を浮かべていた。



「ガルド選手、試合放棄でしょうか? ご自身のEKを投げ捨てられました」



 ガルドのまさかの行動に、実況も困惑の色を隠せずにいた。


 それは観客たちも同じで、いままで素晴らしい戦い振りを見せていたガルドの、想定もしなかった行動に誰もが困惑していた。


 だが、当のガルドは誰もが困惑する中、気にすることなくインベントリから新しい大斧を取り出した。


 それは柄から刃の部分まで含めてほぼすべてが紫みがかかった青い斧、夜明けの空を思わせる瑠璃色の斧だった。


 唯一瑠璃色ではないのは、斧の刃にアクセントとして描かれている狼の意匠くらい。


 それを合わせてみると、まるで瑠璃色の毛並みをした狼を模しているように感じられた。


 そんな鮮やかな瑠璃色の斧と合成獣の姿となったガルド。


 その組み合わせはあまりマッチしているとは言えない。


 だが、その斧をガルドは迷うことなく両手で握りしめる。


「こいつは俺のとっておきの斧だ」


 そう言って、ガルドは取り出した斧を高々に掲げる。


「これぞ、「夜明けの狼」を討伐したことで得られたSSRランクのEKよ!」


 目を見開きながらガルドが叫ぶ。その言葉にタマモたちは大きく反応を見せる。


「「夜明けの狼」ってたしか」


「ガルドさんたちがベータテスト時に倒したっていう」


「レイドボスの名前だったはず」


 タマモたちが愕然としていた。


 ベータテスターのみが得られる専用EK「歴戦」シリーズ。「歴戦」シリーズのランクはBTという特殊ランクであり、実態は若干ピーキーに調整されたSR+ランクとも言うべき特殊EKである。


 それ以外でEKを手に入れられるのは、ゲーム開始時の専用コインを用いたガチャのみ。


 ガチャ以外で手に入られるEKは例外なくBTランクのみだとタマモたち、いや、ほぼすべてのプレイヤーが思っていた。


 ガルドが手にした瑠璃色の大斧という予想だにしなかったEKの存在によって、その前提は覆されてしまった。


 その動揺は計り知れなく、タマモたちはもちろん、観客たちからもいままでとは別種のどよめきがあがっていく。


 だが、当のガルドは瑠璃色の大斧を掲げながら、タマモたちをじっと見つめていた。その目には、ひとつの隙も見えないほどに、油断という言葉を感じさせないほどに真剣そのものだった。


「嬢ちゃんたちの頑張りに報いるために、俺もとっておきを出させてもらったぜ」


 そう言って掲げていた大斧を普段通りの、肩に担ぐ構えを取るガルド。その視線にはタマモたちを射殺しかねないほどに鋭かった。


「まぁ、正直に言うと、報いるというか、いままで使えなかったというべきだがな」


 ぼそりとガルドが呟く。


 その呟きはさしものタマモの耳にも届かないほどの小さなものだった。


 ガルドが瑠璃色の大斧をいままで使わなかった理由は、単純に使用条件を満たしていなかったがゆえである。


 ガルドのとっておきの大斧こと「狼夜」は、ランク自体はSSRであるものの、その使用には他のSSRランクとは、いや、通常のEKにはない使用条件が定められていた。


 それは戦闘時間。


 1回の戦闘時間が20分を超えたとき。「狼夜」は初めて使用可能となる。それまでの「狼夜」は「封印中」という表示がされ、装備をすることができないのだ。


 加えて、一度装備すれば、再装備ができるようになるまでリアル時間で2週間ものクールタイムが発生する。


 ただ「狼夜」の威力は驚異的で、その一振りはガルドの奥の手である「獣波激震衝」に勝るとも劣らない。ただの通常攻撃がである。


 ゆえに長すぎるクールタイムと普段は面倒すぎる封印をされているものの、その能力はまさに破格の一言に尽きる。


 その「狼夜」の封印を解いたガルド。


 普通に考えれば、タマモたちを降して決勝戦に使用するべき、まさに奥の手中の奥の手と言うべき代物。


 その虎の子とも言える「狼夜」を、なぜ準決勝という舞台で使用するのか。


 その理由はただひとつ。


 ガルドは決勝に進むつもりなど、端からないからである。


 とはいえ、最初から負けるつもりだったわけでもない。


 試合中、ガルドは常に本気だった。全力を賭していた。


 だが、本気であり、全力でもあったが、ガルドは最初から勝つつもりはなかった。


 それはガルドだけではない。他の「ガルキーパー」の面々も同じだった。


 理由は単純であり、ガルドたちは決勝で「三空」と戦って勝つビジョンが見えなかったのだ。


「ガルキーパー」は準決勝に駒を進めるほどの猛者たちだ。


 もちろん、組み合わせの妙もあったので、自身たちの実力が他のクランよりも上とは思っていない。


 思ってはいないが、それでもそれなりの力を所持しているという自負はある。


 その自負は、「三空」の試合を見て霞んでしまった。


 勝てない。

 

 それがはっきりとわかったのだ。


「三空」はどう見ても全員がクラスチェンジを果たしていた。


 現在の「EKO」においてクラスチェンジを果たしている者のほとんどは、そのクランにおけるエース級のプレイヤーがほとんどである。


 だというのに、「三空」は全員がクラスチェンジを果たしていた。


 人数はたった3人であっても、クラスチェンジした者がガルドしかいない「ガルキーパー」では、エース級がガルドしかいない「ガルキーパー」では、どうあっても「三空」に勝てるビジョンが見いだせなかったのだ。


 もちろん、クラスチェンジがすべてというわけではない。


 ただ、クラスチェンジした後とする前では戦力差は大きく差があった。


 人数差で埋まることのない差があったのだ。


 ゆえにガルドたちは決勝に進むことを諦めた。


 進んだところで負けは見えている。


 であれば、勝つ意味はない。


 とはいえ、タマモたちにただで勝ちを譲るというわけにもいかなかった。


 その理由もまた単純なものだ。


 ガルドたちは、自身たちの試合でタマモたちを鍛えることにしたからだ。


 要は、この準決勝はガルドたちにとっては、「フィオーレ」への教導だった。


 教導であるがゆえに、タマモたちにとっては悪辣じみた策を用いた。


 すべてはタマモたちに強くなってほしかったがゆえ。


 それはガルドひとりっきりでタマモたちと対峙してからも同じだった。


 トッププレイヤーの五指に入るガルドだからこそできる教導。それがガルドひとりでタマモたちの相手をするということだった。


 3人掛かりでも負けかねない強敵への対処法を学ばせるという理由から、あえてガルドはタマモたちを煽ったのだ。


 タマモたちであれば、自身たちの想いも背負って決勝で見事な試合をしてくれるという期待をしていた。


 身勝手であるし、余計なお世話でもあることは重々承知していた。


 それでも「ガルキーパー」では勝ち目のない「三空」相手に、いや、クラン部門のすべてのクランの中で唯一勝ち目がある「フィオーレ」を、「三空」同様に全員がクラスチェンジを果たしたクランである「フィオーレ」をより強くしてあげたかったのだ。


 その教導ももう終わりの時間である。


 であれば、最後に行うべきなのは試験であろう。


「狼夜」を解き放ったガルドを打ち倒せるかどうか。


 それが試験内容だ。


 はたしてこの試験を乗り越えてくれるのか。


 ガルドは「狼夜」を肩に担ぎながら思ったが、すぐに笑った。


「身勝手だってわかっているが、それでも期待しているんだぜ、俺たちはよ」


 ぼそりと呟きながら、ガルドは肩に担いだ「狼夜」を全力で握りしめる。


「さぁ、最後の勝負だ。行くぜ、嬢ちゃんたちよぉ!」


 ガルドは叫ぶ。


 その叫びに呼応するように、タマモたちも叫び返す。


 気持ちのいい強い声。


 その声に満足したようにガルドは笑いながら、地面を蹴り、全力で駆け出していく。


 タマモたちも一斉に駆け出した。


 全員が腹の底から雄叫びを上げながら、まっすぐに駆け抜けていく。


 最後の勝負。


 誰もが固唾を呑む数分間は、こうして始まりを告げた。

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