100話 花と獣狩り その2
昨日の「なんでもや」でも記していますが、今回と次回は「おたま」の更新となります。
「ガルキーパー」と「フィオーレ」の戦い。
準決勝最後の試合に相応しいと予想された、運命的な試合。
その運命の試合は、まさかの展開へとなっていた。
「まさか、まさかの展開だぁぁぁぁ! ここに来て、「ガルキーパー」がまさかの搦め手です!」
実況が観客の困惑を代弁するように叫んだ。
その声の通り、舞台上では「ガルキーパー」による搦め手が実行されていた。
具体的に言えば、前衛をシーフのイース、剣士のパリス、そしてタンクのキースの3名が担い、マスターのガルドは魔術師のキッカともども後衛に位置していた。同じ後衛でもガルドは若干キッカの前に立ち、その防衛をしていた。
本来の立ち位置で言えば、ガルドとキースの位置は逆となる。
キースは最大広範囲火力を担当するキッカを防衛するのが、普段の陣形であるが、今回はその陣形をガルドとキースを入れ替えるという形で行われている。
それにより、前衛の打撃力と後衛への防衛力はともに低下している。低下しているが、今回はそれがうまい具合にはまっていた。
前衛担当の3人は当然タマモたち3人の相手を行っているのだが、その組み合わせは妙と言えるほどにぴたりとはまってしまっている。
「フィオーレ」における最大単体火力の持ち主であるヒナギクの相手をするのは、シーフのイースだ。
「ほれほれ、どうした? ヒナギクちゃんよ? いくら君がガルド以上の物理火力を持っていてもそれじゃ意味ねえよ?」
にやにやと笑いながら、イースはヒナギクを手招きする。そんなイースにヒナギクは「むぅ」と唸りながらも、次々に拳打を放つも、そのすべてをイースは危なげなくひらりと回避していく。
STRの高さゆえの火力を持つヒナギクを相手にイースは持ち前のAGIの数値による華麗な回避を以てヒナギクを翻弄している。
もっとも回避はできているが、さすがに攻撃に回れるほどの余裕はないようで、ヒナギクに一方的に攻撃をさせるという形でイースは立ち回っていた。
それをヒナギクも理解しているが、ヒナギクは若干短気なところがあるため、理解していてもイースの思惑通りに動くしかなかった。イースの掌の上で踊らされているとわかっていてもだ。
「あー、もう当たらないなぁ!」
「いやいや、当たったら普通に死ぬわ、それ。っていうか、普通に死ぬ打撃ってなに? いや、本当にヒナギクちゃん、ヒーラー系なの? え、モンクの間違いじゃないの?」
「ヒーラー系だもん!」
「うわっと! なに、いまのパンチ!? いま、とんでもない風が吹き抜けていったんだけど!? 怖ぇよ!? 本当になんなん、この子ぉ!?」
……もっとも掌で踊っているヒナギクだが、その掌の持ち主であるイースをその拳打によって戦々恐々させているのだが。
「まぁ、そうだわな」とそのやり取りを見て誰もが納得する光景であった。とはいえ、それでもヒナギクがガルドたちの思惑通りに動いていることは事実であり、その事実に翻弄されながら、ヒナギクは攻め続けるしかなかった。
そうしてガルドたちの思惑通りに動くしかないのは、ヒナギクだけではなく、タマモとレンも同じである。
レンの相手を務めているのは、タンクのキース。キースはレンを相手に防御に回っていた。その光景は準々決勝時の「フルメタルボディズ」戦を彷彿させるものだったが、「フルメタルボディズ」戦とはひとつ異なることがあった。
「あー、もう! またか!」
レンは若干苛立ちを募らせながら、愛刀であるミカヅチを振るう。しかし、どれだけミカヅチを振るっても、「フルメタルボディズ」戦において猛威を振るった致命攻撃は一切発動しなかった。
「神鳴剣士」へとクラスチェンジをしたレンにとって、致命攻撃──クリティカルヒットは生命線とも言うべきもの。その生命線がこの試合では一度も発動していなかった。
その理由はキースにあった。
「無駄だよ、レン君。俺の防御を抜けるとは思わねえことだ」
キースは大盾を構えながら、じっとレンを見つめていた。その顔には余裕の色を浮かべている。
理由は単純だ。レンにとってキースは相性が最悪だからだ。
「神鳴剣士」は特殊職であり、その際に得られた致命関係のスキルは通常スキル。通常スキルであっても、致命関係のスキルは取得するのに多めのボーナスポイントを要する。それだけ致命関係のスキルは強力なものだった。
だが、その強力なスキル群にも天敵は存在する。
それが「絶対防御」である。
ベータテスト時における最高の盾にして、やはり、ベータテスト時において猛威を振るった「急所突き」への公式からの解答。
その「絶対防御」は「急所突き」への対処策だけではなく、致命攻撃に関しても絶対的な効果を有している。
「絶対防御」発動中は、致命攻撃をすべてキャンセルするというチートじみた効果である。
もともと「急所突き」は、相手への即死を発動させるという効果である。その効果は言うなれば致命攻撃を突き詰めた先というべきものであり、処理的には致命攻撃と「急所突き」は同じ扱いをされている。
ゆえに「急所突き」へのカウンターとして実装された「絶対防御」は致命攻撃にも絶対的な優位性を誇っている。
そのため、クリティカルアタッカーとなったレンにとっては、「絶対防御」の使い手は全員が天敵と化す。
そしてその「絶対防御」をキースは所持していた。
ロイドたちはマスターであるバルドが所持しているということもあったが、それ以上にロイドたちは「絶対防御」を取得することができなかったのだ。いや、しなかったのだ。
「絶対防御」はあくまでも緊急回避用とも言うべき物であるため、所持していなくてもそこまで問題はなかった。誰かひとりでも取得できればいいと言う考えてであったため、バルドが取得したことでロイドたちは「絶対防御」を取得せずにベータテストを終えたのだ。
ゆえにロイドたちにとってレンの致命攻撃は、まさしく致命的なものではあったのだが、キースにとっては、「絶対防御」持ちのキースにとってはレンの攻撃は恐れるものではなかった。
たとえ、レンの方が圧倒的な機動力を誇っていたとしても、その機動力からの致命攻撃の嵐という戦闘スタイルは、キースの盾を揺るがすことはできない。
加えて剣類は、重装備に対してダメージ効率が悪化するのもレンにとっての天敵ぶりを加速させてしまっていた。
これによりレンもまたキースに事実上封殺されてしまっていた。
そして最後のタマモはと言うと──。
「ちぃえぁぁぁぁ!」
「っ!」
──剣士のパリス相手に悪戦苦闘中であった。
というのも、タマモの戦闘スタイルもまたパリスとの相性が悪すぎたというのがある。
タマモの戦闘スタイルはおたまとフライパンによる連撃ないし徒手空拳がメイン。「ブレイズソウル」戦のように魔法メインに立ち回ることもあるが、それにはヒナギクとレンによるフォローが必須なのだ。
だが、ヒナギクとレンは現在イースとキースによって封殺されており、その時点で魔法メインのスタイルは封じられた。
残るは本来のおたまとフライパンないし徒手空拳となるが、真っ当な剣士であるパリス相手にするにはタマモには圧倒的に負けている部分があった。
それはリーチの差。
徒手空拳はもとより、おたまとフライパンもともにリーチは短い。それに加えてタマモはかなり小柄であることもあり、パリスに攻撃を当てるには至近距離まで接近しないといけない。
だが、パリスは歴戦の剣士であるため、そうやすやすとタマモを間合いの中に飛び込ませはしなかった。
パリスが行うのは徹底的なヒットアンドアウェイ。
数発の剣戟を行った後、即座に退くを何度も何度も行っているのだ。
その一連の流れには一切の澱みもない。
その完璧さゆえに、タマモがつけいる隙がほとんどないのだ。
仮にあったとしても、時折後衛のキッカによる援護の魔法が飛び交うのだ。もっともキッカの魔法の援護はなにもパリスだけに行われているわけではない。イースやキース相手にも援護の魔法を飛び交わせている。
もっとも、そのおかげでキッカは「大忙しすぎんぞ、オイ!」とぼやいているものの、その顔には余裕の色を見せている。
そしてそんな4人の中央に座すのが、マスターであるガルド。ガルドは得物である大斧を担いであくびを搔いていた。あくびを搔くもやはりその顔には余裕の色がはっきりと見て取れていた。あくびを搔いてから、ガルドはその目尻に涙を浮かべさせつつ、笑って口を開く。
「嬢ちゃんたちはたしかに強えよ。まさに獣のようだぜ。だがな? 獣を狩るのに、なにも同じ強さなんざ必要ねえんだよ。獣を狩るのにここだ。ここを使うんだ。ここを使うことが獣狩りに一番必要なことなんだよ」
にやりと口元を歪めて笑いながら、ガルドは自身のこめかみをとんとんと指で叩いていた。
その様は強者然というよりも、老練の狩人のようであった。筋骨隆々としたガルドからのまさかの頭脳戦であった。
「まさに、老練な狩人による罠! はたして「フィオーレ」はこの罠をかいくぐれるのでしょうか!?」
白熱した試合となると思われていた一戦が、まさかの頭脳戦の様相を経る。その予想外の展開に観客は歓声を上げていく。
はたして「フィオーレ」は狩人の罠をかいくぐり、その喉笛に噛みつけるのだろうか?




