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97話 熟年夫婦

 デントの魂の絶叫がこだまする中、タマモたちの打ち上げはまだ続いていた。


 参加メンバーにとっては、デントはほぼ初見であったのだが、「あれが通りすがりのファーマーかぁ」と、デントの奇行を見ても平然としていた。


 打ち上げに参加しているのは、半分は攻略組として名を馳せたプレイヤーたちであるが、攻略組とて掲示板をまったく見ないわけではない。情報交換兼交流の場として掲示板を大いに利用している。


 場合によっては攻略には関係のない板を眺めたり、参加したりもしている。そうすると、それなりの割合で「通りすがりのファーマー」の名前を見かける。もっとも「通りすがりの釣りキチ」と「通りすがりの流れ板」そして、「さすらいの狩人」の3人もセットとしてだが。


 その4人の中で、ある意味もっとも危険人物とも言える「通りすがりのファーマー」の所業に関しては、絡んだことのあるプレイヤーはもちろん、そのプレイヤーと懇意ないし、同じクランに所属しているプレイヤーには周知されていた。


 その周知はそれぞれのプレイヤーの交友関係が広ければ広いほど広まっていく。


 現にこの場にいるほぼすべてのプレイヤーは、「通りすがりのファーマー」の所業を見知っていた。


 中にはその所業を知らないプレイヤーもいる。それが少し前までデントが視覚と聴覚を以て楽しんでいた5人娘のうち、フブキを除いたユキナたち4人に加えてタマモだっだ。


 ユキナたち4人はリアル小学生であるため、掲示板を利用しても年齢制限のある板だけである。その年齢制限も10代専用の板であり、年齢制限のない板をまだ4人は利用したことがない。


 というのも4人の親御さんたちから「年齢制限のないところに行くと、わりと過激な発言をする人もいるから、そういうところには行かないようにしなさい」と言われているためである。


 実際に、「通りすがりのファーマー」というある意味過激な人物がいるため、親御さんたちの判断は正しかったと言えるだろう。


 が、当の本人たちにしてみれば、小学生をそういう対象にしているという人物なんていないでしょうという印象を抱いている。


 たしかにネットのニュースなどでは、年に数回はそういうニュースを見かけることはあっても、その手の人物は極一部でしかないと考えているのだ。身近にそういう趣向の人物がいないからこその油断であるが、そのことを当の本人たちは自覚していない。


 そのため、デントのあからさまな視線に気付けていないのだ。ユキナたちの年齢の少女というものは、わりと耳年増になるものだし、恋に恋する時期でもある。


 だが、同年代以外で、自分たちをそういう対象にしている人物たちもいるという発想にはなかなかたどり着けない。そのため、デントの視線にもその趣向にもいまだ気付けていないというのが実情であった。


 こればかりは年齢を重ねるか、保護者ないし学校の教師という信頼できる大人の庇護の元で、徐々に学んでいくしかない部分であるので、ユキナたちの無自覚さは致し方がない。


 では、タマモはというと、単純にデントの所業の瞬間に立ち合っていないため、いまだに「デント=頼りになる面白いお兄さん」という印象しか抱いていない。そのため、デントの一番のターゲットになっているという事実にも気付いていないのだ。


 もっとも、タマモ本人の無自覚さとは裏腹に、フブキを除いた、タマモの関係者の間では、デントがタマモをターゲットにしていることは周知の事実となっているため、デントとふたりっきりになる瞬間はできる限り潰している。


 たとえ、デント本人が「推しにはノータッチ!」という意思を声高々に叫ぼうとも、その意思を信じて貰えないという状況になっていた。……現状を踏まえれば、その意思がどれほど薄弱なものなのかは推して知るべしというところでもあるのだが。


 とにかく、参加者たちの間で、デントの奇行を誰も気にしていないのはそういう理由であり、同時に「あ、こいつは本当にヤヴェわ」とほぼ全員が共通認識していた。


 特に、「ブレイズソウル」のティアナとエリシアはデントを見て、汚物を見るような目で睨み付けていた。ティアナはともかく、普段お淑やかなエリシアも厳しい態度を見せるのは珍しい。


 逆に言えば、エリシアがそういう態度を取るほどに、デントが真性であったという証拠なのだが、そのことを当のデントは気付いておらず、天国を奪われた悲しみと切なさから来る衝動を絶叫という形で現している。


 が、その絶叫も柚香の手により、封じられている現状、デントの姿は哀れであるが、ティアナとエリシアの姿が怖すぎて誰もなにも言えずにいた。


 さしものタマモたちもティアナとエリシアの姿に、ただならぬものを感じていたが、ふたりが怖すぎてタマモたちもなにも言わずにそっと目を逸らしたのだった。


 そうしてデントをいないもの扱いしながら、タマモたちの打ち上げは続行していた。


「お疲れ様どした、旦那様」


 背後からのただならぬ雰囲気を感じながらも、タマモは愛妻であるエリセとの一時を楽しんでいる。


 エリセはそっとタマモの背後に立ち、タマモの肩を揉んでいた。タマモは「あ~」と間延びした声をあげながら、顔をとろけさせて気持ちよさそうにしている。


 そんなタマモをエリセは穏やかに笑いながら、その肩をもみほぐしている。ただ、それだけなのだが、やけに所帯じみた雰囲気であった。


 その雰囲気に「あれ? このふたりって出会って数ヶ月なのに、なんでこんな熟年夫婦みたいな空気なんだろう?」とふたりと付き合いの長いヒナギクとレンさえも困惑させている。

 その困惑する様子に同席しているステラも、「……なんか、その、すごいね?」と言葉を濁しながらも、あまりの熟年夫婦っぷりに困惑を隠せずにいた。


 そしてカウンター席の残りの住人であるサクラに至っては、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。


「あぁ、夫婦が、夫婦がいるよぉ~。なんで人前でこんなベタベタとできるのぉ~?」とガン見していた。恥ずかしいなら見なければいいのにと、その様子を見て誰もが思うものの、思春期特有のものであることを理解しているため、誰もなにも言わずに微笑ましく見守ることしかしていない。……それがかえって、サクラを動揺させているということに気付かずに。


 余談だが、この後、サクラは動揺を抑えきれないまま、件の幼なじみ宅に泊まりに行くことになり、いろんな意味で大変な目に遭うことになるのだが、それはまた別の話である。


 そんな余波を与えることとなることを気付かず、タマモはエリセとの一時を楽しみながら、今日という大変な一日の終わりを迎えたのだった。

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