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37話 油断

(成長がとんでもなく速いなぁ)


 タマモへと追撃を仕掛けながらヒナギクは心の底からそう思っていた。


 少し前まではターン制バトルのように、レンと交互に攻撃を仕掛けていたが、そのすべてをタマモは避けきっていた。余裕など一切なかったようではあったが、それでもレンとヒナギクの攻撃を避けていたことには変わりない。


(レンってば、途中から本気になっていたのに)


 言動はやや荒っぽいが、性格自体は穏やかなレン。それはゲーム内でもリアルでも変わらない。しかしその穏やかな幼なじみはスイッチが入りやすい。特に勝負に関してはその傾向が強い。


 今回だって視界と聴覚を、本来よりもだいぶ狭めた状態で生活をさせていたタマモに現状がどういうことになっているのかを自覚させるために行っていたはずだったのに、いつのまにかレンのスイッチは入っていた。


(たぶん最初だけ本気のつもりだったんだろうね。でもそれを避けられたことで少しむきになって、それでこれ、か。本当にあのバカは熱しやすいんだから)


 内心でため息を吐くヒナギク。とはいえ、当のヒナギクもすでに本気でタマモに攻撃を仕掛けている。いや、本気で攻撃を仕掛けないと失礼に値すると思ったからだ。


(いまのタマちゃんはこれがMAXだろうけれど、それでもとんでもないよね)


 タマモの成長速度はとんでもなく速かった。まだヒナギクとレンがいるところにまでは至っていない。至っていないが、それも時間の問題だった。


 ほんの一か月前まではかわいい女の子だなとしか思っていたのに。路地裏でひとり古びた屋台を引いた女の子としか思っていなかった。ときおり大人びたところを見せるが、その動きはヒナギクの目から見ると、お世辞でも強いとは思えなかった。戦闘をこなさずに生産メインでプレイするタイプのプレイヤーだろうと思った。


 実際その読みは当たっていた。タマモは生産メインでプレイしていた。いや、そうする以外に道がなかった。さすがに「調理」しないと経験値がろくにもらえない枷があるとまではわからなかったが、どちらにしろ生産メインであったことには変わりない。


 そのうえ現実では武道も武術も嗜んではいない。体を動かすことはおそらく学校の授業以外にはないタイプ。いわばあたり前のように日々を過ごす一般人だと思っていた。そうそのはずだった。


 だが、ほんの少し鍛えた程度でタマモはヒナギクとレンの予想を超えていた。正直なことを言うと、この段階にタマモが至るのはもっと先のことだと思っていた。


(「武闘大会」までにタッチできればいいかなぁというくらいの予定だったのに)


 そう、ヒナギクとレンの予定では、タマモが第二段階まで終わらせるのは、「武闘大会」寸前の予定だった。タッチできるようになるまでそれぞれ二週間はかかるという予定だった。


(今回の「武闘大会」では、タマちゃんは数合わせみたいな立ち位置にいてもらうはずだったのになぁ)

 そう、ふたりの予定では今回の「武闘大会」ではタマモは数合わせの参加のようなものだった。あのベータテスターふたり組になすすべもなく、プレイヤーキルされかかっていたところを踏まえると、「武闘大会」に出ても瞬殺されるのが目に見えていた。


 だから今回の「武闘大会」で戦うのは自分たちふたりだけだとレンとは話し合っていた。タマモには後方でリーダーでもしてもらってヒナギクとレンが敗北した場合は、そのままギブアップしてもらおうと思っていたのだ。


(それが、まさか、ねぇ)


 第二段階まで予定の半分で突破されるとは思ってもいなかった。予定を覆されるとは考えてもいなかった。だが現実として予定を覆されてしまった。それどころかいまもなおタマモはヒナギクの想定を超えていた。


(……子供の頃から鍛えてもらっていたけれど、それでもほんの一か月たらずでここまで至ることはできなかった。私とレンがここまでできるようになるまで数年はかかったのに。それ一か月足らずって。……天才ってことかな?)


 タマモも努力はしていただろう。その努力を才能というひと言で片づける気はない。ないが、それでも言いそうになってしまう。これが才能か、と。これが天才という存在なんだろう、と。心の底からヒナギクはタマモを称賛していた。


「……でも、それとこれは別」


 いくら称賛できたとしても、いままで積み重ねてきた年月をあっというまに追い越されてたまるものか。辛いこともあったし、悲しいこともあった。その日々とタマモの一か月が同価値とは認める気はない。認められるわけがない。


「勝たせてもらうね、タマちゃん」


 悪いとは思うけれど、それでもこんな簡単に負けてはなるものか。レン以上にヒナギクは負けず嫌いでもあった。ゆえに勝つ。卑怯かもしれないが、負けてはいられない。負けるわけにはいかない。


(まりも姉様に追い付くためにも、あの人の背中に追い付くためにもこんなところで私は負けていられないの!)


 憧れの「姉様」に追いつくためにヒナギクはあえて心を鬼にして、レンとの同時攻撃を仕掛けた。これは避けられない。避けられるわけがない。そう思っていた。だが──。


「せぁぁぁーっ!」


 ──タマモが叫びながら大きく、そしていままでになく速く踏み込んできた。その動きは上空にいるレンも予想外だったのか、息を呑む声がわずかに聞こえてきた。


(ここで踏み込んでくるの!?)


 たしかに後方に下がっていてはじり貧になる。だからと言って前方から上下の同時攻撃をされよとしているのに、その前方へと踏み込んでくるものだろうか。それも鍛え始めて一か月足らずの素人がだ。


 ありえない。そう思ったヒナギクの動きがわずかに鈍る。すでにタマモはレンの体の下を潜り抜けていた。迎撃しようにもタマモの背丈が低すぎて、いま迎撃したらレンに直撃する。


(これは私が避けるしかない!)


 とっさに踏み込みを強引に止め、ヒナギクは後ろへと飛んだ。無理やりな動きをしたせいでわずかに体が痛むが、そんなことは言っていられない。


(まずは体勢を──っ!?)


「もらいました!」


 体勢を立て直そうとしたヒナギクにタマモの手が迫っていた。潜り抜けて、そのままさらに踏み込んで起用だった。


(しまった、悪手だ)


 気づいたが、すでに時遅しだった。タマモの手がゆっくりと迫ってくるのをヒナギクはただ見つめることしかできなかった。

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