94話 釣りの仕様
タメトモこと柚香とゲーム内でようやく出会えたタマモ。
その柚香は現在恐縮しながら、にゃん公望たちとともにテーブルを囲んでいる。
なお、現実にはすでにタマモの実家でメイドさんとして働いているのだが、柚香は現実でもメイド服ではなく、燕尾服姿で働いていた。
その理由は、タマモの母であるまりなの意向によるもの。
曰く、「柚香ちゃんは、メイド服よりも燕尾服の方が似合いそう」の一言で、柚香の制服は燕尾服となったのだ。
そしてそれがゆえにゲーム内でも燕尾服を纏うことになった。燕尾服が制服になったものの、その燕尾服自体に柚香はどうにもしっくりと来なかったのである。そこで現実とゲームの双方で燕尾服を着れば慣れるだろうというメイド隊の隊長である早苗の一言により、柚香は現実でも、ゲーム内でも燕尾服を身につけるということになったのだった。
そんな柚香だが、タマモを前にしてやけにガチガチとなっている。もっとも、それは現実でも同じことである。
玉森家のメイドとして採用される前、いや、生産板の住人となる前、掲示板内でタマモを中傷するような言葉を口にしてしまったことが原因らしい。
とはいえ、その内容はほんのささやかなものであり、タマモとしては気にならない程度だったのが、そのことを柚香はいまなお気にしているのだ。
現実で会った際に土下座され、その当時のことを全力で謝罪された。
が、先述の通り、タマモは気にしてもいないことだったのだが、それを言っても柚香は謝り続けた。
それはかれこれ住み込みで働き始めて、数ヶ月が経とうとしているいまもなお変わることはない。
タマモとしてはそこまで気にすることではないと思っているのだが、柚香の態度は変わることはない。それどころか、日に日に忠誠心が跳ね上がっているようにさえ感じられてしまう。
これと言って、柚香になにかをした覚えはないのだが、どういうわけか、まるで女神かなにを奉るかのように、タマモを神聖なものとして見ているようにさえ感じられるほどに、柚香の忠誠心は半端なものではなかった。
ボクのどこに、それだけ忠誠する部分があるんでしょうか、とタマモ自身は思わずにはいられない。
もっとも口にしたらしたで、凄まじい勢いでの褒め殺しが始まりそうなので、あえてタマモは尋ねないことにしていた。
「まぁ、とにかく。楽しんでくださいね、柚香さん、にゃん公望さんたちも」
「はい、もちろんです」
「おうだにゃー! たくさん、楽しませてもらうにゃー! にゃはははは!」
柚香もにゃん公望も揃って頷いていた。
それは通りすがりの観戦者たち4人も同じだった。
ただひとり、デントだけはひとり沈黙を貫いていた。
だが、それはデントがタマモを無視しているわけではない。
かといって、ぼんやりとしているわけでもない。
現在、デントは簀巻きにあっていた。
それも簀巻きに加えて、口元を猿ぐつわで封じられているのだ。
……いったい、なにがあって、そんなことがあったのかとタマモとしては戦々恐々としかしない。
もっとも柚香とにゃん公望のそれぞれの話では、柚香曰く「これが当たり前です」ということだったし、にゃん公望曰く「……自業自得だにゃー」らしかった。
本当にデントはなにをしたのだろうとタマモは思ったが、にゃん公望曰く「知らない方がいいこともあるんだにゃー」と遠くを見るように言われてから、あえてなにも尋ねないことにしたタマモ。
その間もデントは猿ぐつわ越しに、なにかを必死に語りかけていたが、猿ぐつわを加えさせられているためか、デントが何を言っているのかはさっぱりとわからなかった。
そんなデントをにゃん公望と柚香は挟む形で座っており、ほかの4人がその対面に座るという、ある意味異質なテーブルとなっていた。
それでもほかの面々と比べても、盛り上がっていることは盛り上がっているようだった。
ただ、簀巻きにされたうえに、猿ぐつわをさせられているため、せっかくのごちそうを前にしても、デント自身はなにも食べられないのは、ひどく哀れではある。
しかし、これに関しては柚香が肯んじないため、デントはこのまま打ち上げが終わるまでなにも食べられないことは確かであろう。
本当になにをしたんだろう、デントさん。
そんなことをぼんやりと考えていると、不意ににゃん公望が「そう言えば」とタマモを見やりながら言った。
「狐ちゃん、狐ちゃん」
「なんです?」
「狐ちゃんは、たしか宝石研磨もできるんだっけ?」
「ええ、アイナさんから教えてもらいましたけど」
「そっか~。じゃあ、生産スキルはこれで3つあるってことかぁ。ん~」
「どうしました、にゃん公望さん」
「いやにゃぁ~、生産スキルをこれ以上取ってもらうのも悪いかなぁと思っちゃってねぇ」
「……もしかして、釣りを薦めようとされています?」
「その通りだにゃー。狐ちゃんは、今後も「調理」は行うんでしょう? なら、使える食材の幅は広ければ広いほどいいはずだにゃー」
「それはそうですけど、いまのところは、野菜系で十分なんですが」
「いやいや、甘い。甘いにゃよ、狐ちゃん、魚系の料理のバフを甘く見ちゃいかんにゃよ」
ちちちと指を振りながら、得意げな表情を浮かべるにゃん公望。いったいどういうことだろうとタマモが思っていると、にゃん公望が語ったのは思わぬ内容であった。
「魚系の料理のバフは、基本的に生産特化なんだにゃー」
「生産特化、ですか?」
「そうだにゃー。基本的には魚系料理のバフは、DEXとINTを上昇させるものが多いんだにゃー。生産スキルはどれもDEXがものを言う世界だにゃー。たまにINTとSTRも重要になるけれど、基本はDEXだにゃー。そのDEXのバフは魚料理がメインとなっているんだにゃー。それも魚の質が高ければ高いほど、バフの数値も高くなる。そして魚の質を高めるには、釣りスキルは必要不可欠だにゃー。というわけで、釣りスキル取ろうにゃよ、狐ちゃん」
最後はがっしりとタマモの肩を掴みながら、息を荒くして語るにゃん公望。デフォルメされているとはいえ、縦に裂けた猫目が怖かった。
「か、考えておきます」
「まぁ、いまはそれでいいにゃー。その気になったら、ぜひ俺に話を通してほしいにゃー。手取り足取り教えるにゃよ」
にゃははは、と高笑いするにゃん公望。
その様を見やりながら、話の内容を踏まえて、「釣りにチャレンジするのもありかなぁ」と思い、そこでふと思い出した。
「あれ? そういえば、以前釣りしたんですけど、生えなかったような?」
そう、以前タマモはテンゼンとともに釣りを行ったのだが、その際に釣りスキルは生えてこなかったのだ。生えては来なかったが、20尾という大量ヒットをした。それは単純にDEXの数値が高かったゆえなのだろうが、あれだけ大量に釣り上げても得られないというのはいったいどういうことなのだろうか。
「おや? 釣りしたことあるんだにゃー?」
「はい。チャーホって魚を」
「あー、チャーホかぁ。じゃあ、無理だにゃー」
「え? 難易度が低すぎでしたか?」
「いやいや、逆だにゃー。釣りスキル所持していないプレイヤーには難易度が高すぎるんだにゃー。それだと釣りスキルは生えないのだにゃー」
「どういうことですか?」
「ん~。簡単に言うとにゃ、釣りスキルって、段階を踏まないといけないんだにゃー。釣りスキルを生やすにはレア度1の魚から始めないといけないんだにゃー。それ以上のレア度の魚だと、「釣れたけど、どうしてかはわからない」みたいな感じで、学習できていないという処理されているみたいなんだにゃ。だから、釣りスキルを生やすにはレア度1の魚をコツコツと釣るしかないんだにゃー」
にゃん公望の話はなんとも世知辛いものであった。
にゃん公望の言わんとすることは理解できた。
要は「海老で鯛を釣る」状態になっても、釣りの経験値は得られないということ。「調理」が実際に食べてもらうまでがワンセットであるように、「釣り」もどうすれば釣り上げられるかを理解しない限りは経験値が入らないという仕様にされているということ。
もっと言えば、運ではなく、実力を示さねばならないということなのだろう。
どこまでめんどくさい仕様にすれば気が済むのだろうとタマモは若干遠くを眺めながら思った。
「まぁ、釣りをしたことがあるなら話は早いにゃー。今度レア度1の魚を一緒に釣りにいくとするにゃー。もちろん、狐ちゃんの都合に合わせるので、連絡してほしいにゃー」
そう言ってにゃん公望は、タマモにフレンド申請をしてくれた。タマモは「ありがとうございます」とお礼を言いつつ、にゃん公望のフレンド申請を受諾する。
「うんうん、楽しみだにゃー」
にゃん公望は笑っている。
笑っているが、若干笑みが怖い。
エリセに付いてきてもらおうかなあと考えつつも、来る今度についてタマモは思考を巡らすのだった。




