93話 釣りキチと狩人
終わんなかった←汗
「──まぁ、言いたいことはわけるけど、グチグチ言っていたら、料理もおいしくなくなるからね、ガルドくん」
「今日はとことん付き合ってやるから、呑もうぜ、ガルド」
「ふたりの言うとおりだ。せっかくの打ち上げを暗くするのもよくないから、俺たちでよけば相手をしよう」
「……悪ぃな。頼むわ」
ガルドが愚痴を言いながらも、テーブルの上の料理に舌鼓を打つ。その相手をするべく、ガルドの周囲を固めるのは、「ガルキーパー」のメンバーではなく、「ブレイズソウル」のアントニオとエリシア、「素封家」のシーマの3人だった。
本来ならば、「ガルキーパー」のメンバーで固めるべきだっただろうが、愚痴を言い始めたらガルドはなかなかに長くなるため、その相手をするのであれば、昔なじみである3人が最適であると、アントニオたちが判断したためであった。
タマモが一時的に相手をしていたのは、打ち上げの音頭をするために、もはや指定席となっていたカウンターから店の中央へと赴いたためである。カウンター席に戻る途中で、ガルドに捕まってしまったからだ。
要は酔っ払いに絡まれたようなものであるが、タマモ自身、ガルドへの嫌悪感はない。むしろ、今回の事件については同情的に見ていたがゆえに、ガルドに絡まれることを気にしてはいなかった。
もっとも傍から見れば、幼女に絡む酔っ払いという風にしか見えないのも事実である。
現実であれば、お巡りさん案件数歩手前というところであったことが、アントニオたちが緊急出動した要因だった。
そうしてアントニオたちがガルドの相手を始めたことにより、タマモは解放されることになった。その際、アントニオたちから目配せで戻ってもいいと言われたうえに、申し訳なさそうに頭を下げられていた。
タマモは気にしていないと手を振りながら、ガルドたちの側から離れてカウンター席に戻っていった。
が、その途中で再びタマモは声を掛けられることとなった。
「あ、狐ちゃん、こっちこっち!」
そう言って、声を掛けてきたのは、打ち上げに初参加している猫系獣人の男性プレイヤーだった。
獣人系プレイヤーはタマモのような人の体にそれぞれの動物の特徴的な部位が現れるタイプと、ポンタッタのように若干デフォルメされた動物の姿で二足歩行するというタイプのふたつに分かれているが、中にはふたつの合いの子と言うか、人の体の構造で若干デフォルメされた動物の姿という半獣人とも言うべきプレイヤーがいるが、それはごく少数だった。
この猫系獣人の男性プレイヤーは、そのごく少数のプレイヤーであった。体の構造はどう見てもヒューマンそのものであるというのに、その顔は完全なる猫であった。まるで猫の着ぐるみの頭部を身につけたようにさえ見える。
そんな彼が身につけるのは、中国系の民族衣装である漢服と呼ばれるものだが、その背中にはでかでかと「お魚大好き!」という刺繍が入れられている。正直言って、ネタ系プレイヤーとしか思えない有様であるのだが、当の本人はのほほんと両手でグラスを持って、中身のビールを舌で舐め取りながら呑むという本物の猫のような姿を見せていた。
そんな男性プレイヤーを中心にして、数名の見慣れぬプレイヤーとユキナの叔父であるデント、そしてガチガチに緊張している、なぜか燕尾服を身につけた長身の女性プレイヤーというなんとも言えない団体がひとつのテーブルを占拠していた。
そのテーブルにタマモは迷うことなく、近付いていった。
「楽しまれていますか、にゃん公望さん?」
「おう、楽しんでいるよー。ソウルブラザーの飯も美味しいし、店の中の至るところに別嬪さんがいるから酒も進む進む。にゃははは、まさにこの世の天国! 最高だにゃー!」
猫系獣人男性プレイヤーこと「にゃん公望」は、顔をほんのりと紅く染めながら機嫌良さそうに鳴いていた。
そのやり取りからわかるとおり、このにゃん公望こそが「生産職スレ」の三大アレの最後の一尾である「通りすがりの釣りキチ」その人であった。
にゃん公望とは、打ち上げ開始前に挨拶をすることになったのだが、まさかの半獣人プレイヤーとは思っていなかったので、タマモは大いに驚くこととなった。それは一緒に挨拶をしていたヒナギクとレンも同じである。
なによりも驚いたのは、その服装が中華系であるということだった。
タマモはてっきり「釣りキチ」というネームから某釣り漫画の主人公スタイルだと思い込んでいたのだが、まさかの中華系であった。それも実際のHNからして「太公望」がモデルであることは間違いない。
ただ、太公望がモデルにしては、「なんで漢服?」と思わなくもない。とはいえ、さすがに太公望の時代である周の王朝時の服装まではわからないため、とりあえず、一般的な中国の民族衣装である漢服を着ているのだろうなぁとタマモは思うことにした。
ちなみに、「なんで「にゃん公望」なのに「釣りキチ」なのか?」と尋ねたところ、にゃん公望曰く「だって「通りすがりの釣り軍師」とか意味わかんなくない? なら「釣りキチ」にした方がわかりやすいじゃん。だからだにゃー!」と酔っ払っているのかいないのか、いまいちわからないことを言ってくれたのだ。
なお、服装に関してはタマモの推測通りであり、これもにゃん公望曰く「歴史研究家の先生じゃないんだから、そこまで細かいことはどうでもいいじゃん。ノリだよ、ノリにゃー!」ということだった。ロールプレイをするかしないか、はっきりして欲しいとその場にいた誰もが思ったことであろう。
ちなみににゃん公望とデントと一緒にテーブルを囲む見慣れぬ数名のプレイヤーは、本日の掲示板で居合わせた「通りすがりの観戦者」と「通りすがりの戦士」そして「通りすがりの侍」に「通りすがりの槍使い」である。
それぞれれっきとしたHNがあるが、実際の名前を名乗る暇もなく、にゃん公望によって、「これが観戦者で、そっちが戦士と侍に、槍使い。シクヨロ! だにゃー!」とあっさりと自己紹介タイムを流されてしまった、とても悲しい方々である。
さすがのタマモも「いや、自己紹介をされても問題ないので」と言ったのだが、当の本人たちが「……いいっす、どうせ俺らモブですもん」と世知辛いことを言ってくれた。その際彼らの体が若干煤に塗れているように見えたのは、おそらくタマモだけではないことだろう。
そうしてモブと自らを蔑む数名のプレイヤーとやり取りを交わした後、最後に挨拶を交わしたのは、件の燕尾服を身につけた長身の女性プレイヤーである。
もっとも、その女性プレイヤーのことはタマモはよく知っている。ただ、ゲーム内で会ったのは初めてであったため、興味深げに女性プレイヤーを眺めていた。その際、女性プレイヤーは非常に緊張した面持ちでタマモと対面し、そして──。
「……ゲーム内では初めまして。ご機嫌麗しゅうございますか? お嬢様」
「ええ。もちろんです。ゲーム内では初めましてですね、柚香さん」
「お、お嬢様。さすがに、その名前はですね」
「あ、ごめんなさい。では、「狩人」さんでいいですか? お名前知らないのです」
「あ、そ、そうでしたね。失礼しました。では、後ほどに」
「ええ、お願いしますね」
──お互いにゲーム内で初めての挨拶を交わし合ったのだった。そう、この女性プレイヤーこそが生産板のご意見番こと「さすらいの狩人」その人であった。以前までは女性プレイヤーでありつつ、男言葉で話していたが、就職が決まってからは女性らしい言葉使いを話すようになった。
ちなみに「さすらいの狩人」のHNは「タメトモ」である。由来は「源為朝」から来ていることを後ほどタマモは教えて貰ったが、「やっぱり柚香さんで」と言って、「なんで!?」とタメトモこと柚香からは驚愕とされてしまっていた。
なお、後々「タメトモ」から「柚香」にHNが変更されることになるのだが、それはまた別件である。
そうしてタメトモこと柚香はタマモと初めてゲーム内で邂逅することになったのだった。
柚香さんのネームの由来は弓柄、つまりは握りのところから派生して、弓の名手から適当に選んだものです←
なお、にゃん公望さんは、アイ◯ーフェイクを装備状態を想像していただければと←




