92話 試合の余波
滑り込みセーフ
「それでは、乾杯!」
「乾杯!」
タマモの音頭とともに、グラスがいくつも打ち付けられる音が響き合った。
「闘技場」の外のプレイヤーの屋台によって形成される飲み屋街の一角、「モツ煮込み」の看板を掲げる「モツ煮込み屋」の屋台内で盛大な打ち上げが今宵も行われていた。
「いやぁ、それにしてもタマモの嬢ちゃんところが、準決勝進出とはなぁ」
乾杯の音頭が行われるや否や、「ガルキーパー」のガルドは、試合の不満をぶつけるかの如く、用意されていたビールを一気に飲み干してから、乾杯の音頭を終えてカウンター席に戻ったタマモを見やった。
「組み合わせの妙もありましたからね」
「それでも、勝ち残ったことは事実だ。それに初戦以外は激戦だったじゃねえか。もう少し誇ってもいいと思うぜ? 少なくとも俺のところとは違ってよぉ」
やれやれだと肩を竦めるガルド。
その手はモツのフルコースとは別に用意されている刺身に伸ばされているが、深いため息が止まらないようである。
もっともそれも無理からぬこと。
準々決勝最終試合。
いつものように大トリを飾った「ガルキーパー」であるが、その試合は今大会で唯一の不完全燃焼で終わったものだった。
「ブリザードヴォルフ」との試合は、戦前の予想を大いに裏切る形で終わりを告げた。
「ブリーザドヴォルフ」のリーダーであるアントンがなぜか敵前逃亡を行うという、あまりにも不可解すぎる行動を取ったためだ。
そう、アントンの行動は誰の目から見てもおかしなもので、不可解以外にはその行動を言い表せることはできなかった。
そもそも同じチームメンバーに、ガルド以外の「ガルキーパー」の面々に取り付き、もろとも場外へと落ちるという自爆戦法だけを行わさせただけでは飽き足らず、まさかのリーダーによる敵前逃亡である。
これには「ザ・ジャスティス」を好意的に見ていようと、擁護できないほどのおかしな敗戦であった。
それこそ、「ガルキーパー」と「ブリザードヴォルフ」の間で秘密裏に協定画行われたのではないかと邪推するプレイヤーが現れるほどに。もっとも、この手のことで邪推を行うプレイヤーというのは決して珍しいわけではない。
どんなことにも邪推する者は、はっきりと言えば、捻くれた者というはどこにでも現れるものであり、それは今大会で激戦を繰り広げる「フィオーレ」に対しても、ごく少数ながら存在している。もっとも「フィオーレ」に邪推する者は、即座に袋叩きに合うため、ほぼ話題にあがることはない。
しかし、今回の「ガルキーパー」と「ブリザードヴォルフ」の試合に関しては、当事者であるガルドたちだけではなく、第三者から見ても「鬱陶しい」と思えるほどに現れており、その数は試合終了して間もない頃は凄まじい勢いで膨れ上がっていた。
とはいえ、ガルドたちからしてみれば、完全なる邪推のため、掲示板で「秘密裏の協定など行ってはおらず、何の証拠もないのに難癖を付けようものであれば、GMコールも辞さない」という声明を出したことにより、一時的に邪推するものは絶たれた。
だが、それも時間が経てば元通りになることは明らかであり、「いたちごっこの始まりかぁ」とガルドが頭を抱えようとしたとき、とんでもない爆弾が運営から落とされたのだ。
その爆弾とは、複数名のプレイヤーが規約違反により、アカウントの無期限凍結処理が行われるというメールが始まりだった。
お知らせメール自体には複数名のプレイヤーとしか書かれていなかったが、別の掲示板で「ブリザードヴォルフ」の大半が関わっているというとんでもない内容が語られ始めたのだ。
その掲示板の内容によると、アランたち4名の、「ブリザードヴォルフ」のメンバーのフレンドたちから、彼らの名前が「アカウント凍結中」という表示がされていたのを見つけたということだった。
実際、その報告は複数名からあがっており、件のメールの違反者たちがアランたちではないかという噂が立ち始めたのだ。
加えて、アランたちが所属するクランである「ザ・ジャスティス」が運営するリアルでのHPに突如声明文が表示されたのだ。
その文によると、匿名の通報者からアランたちが重大な規約違反を行っていたことが判明したということだった。
その一文はすぐさまコピーされて、武闘大会関連の掲示板に書き込まれることとなった。
が、その一文は「事実無根のまったくのでたらめ」として「ザ・ジャスティス」側は否定を行うも、そのときには「ザ・ジャスティス」のまさかの不祥事発覚という新たな火種と化してしまっていた。
言葉だけでは否定不可能と察したのか、「ザ・ジャスティス」は「内部調査を行った後、正式な発表をする」として、問い合わせ用の窓口を一斉に閉鎖させた。
これは急ぎ声明を発表するため、内部調査を行うための処置だったのだが、一部のプレイヤーからは「不祥事を事実上認めた」と嘯き始めたのだ。
なにせ、「ザ・ジャスティス」は事実無根と言ったのに、いきなり掌返しをしたのは事実ゆえにだろうと。それどころか、内部調査を行う体にして、証拠を隠蔽しようとしているのではないかという邪推にもほどがある内容を嘯き始めたのだ。
嘯いたのは愉快犯の犯行としても、「ザ・ジャスティス」の対応が後手に回っている事実は否めないうえ、件の声明文の理由もはっきりとしていない。
だが、愉快犯は別にしても、「ザ・ジャスティス」は二重の内部調査を行う羽目となり、「ブリザードヴォルフ」の不可解な敗戦の理由など、大元の「ザ・ジャスティス」には取るに足らないことになってしまっていた。
なにせ、「ザ・ジャスティス」そのものが、すでに混乱に至っているため、「ガルキーパー」戦における不可解な勝敗に関わっていられる余裕はなくなってしまった。
そのため、問い合わせへの対応よりも、アランたちの調査にリソースを向けるしかなく、問い合わせの窓口が一時的に閉鎖されることになったが、それがかえって「ザ・ジャスティス」の首を絞めることに繋がってしまうという悪循環が生じ始めていた。
その悪循環に比例するように、掲示板内での「ザ・ジャスティス」の信用度は地に落ちることになった。
正義の執行者たちの中から、違反者が、それもアカウントを無期限凍結処理というアカウント抹消に次いで重い判決をされた現れてしまったのだから、無理からぬことであった。
かくして掲示板は、本来の意味とは真逆の意味でのお祭り騒ぎと化してしまう。
そんな掲示板内の騒動がいまなお続く中、タマモたちはいつものように打ち上げを敢行していた。
本来なら今回はナデシコたちも参加する予定だったのが、打ち上げに参加できる余裕はナデシコたちにはなくなってしまった。
本来ならガルドたちも対応に苦慮するところだったはずが、アランたちの騒動によって、それがうやむやとなった結果、タマモたちとの打ち上げに参加することができるようになった。
が、打ち上げに参加できても、その胸中がいかなるものかについては、語るまでもないことである。
「しっかし、本当にどうなっているんだかねぇ」
刺身の次にもつ焼きを頬張りながら、ガルドは不満げな表情を浮かべていた。
そのガルドの言葉にタマモはなにも答えることはできなかった。
それはタマモだけではなく、今回の打ち上げに参加するメンバーほぼ全員が同じだった。
かくして不可解な試合の余波は、打ち上げにも影響を及ぼすこととなったのだった。
長くなりそうなので、チョッキンしました←




