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89話 準々決勝最終試合

 タマモたち「フィオーレ」の試合後も、闘技場は歓声で沸いた。


「フィオーレ」と「フルメタルボディズ」の試合後という、ある意味やりにくいであろう空気の中であっても、その後の出場者ないし出場クランの面々は、各々の戦いをやり抜いた。


 その結果は、組み合わせの妙もあれば、順当勝ちという試合もあった。中には準々決勝でも不戦勝となるクランもいたが、それがどこのクランであるのかは言うまでもない。


 順当勝ちを続けたのは、個人戦のテンゼンとオルタ。


 いまだ舞台で相対することのないふたりの戦いは、準々決勝においても圧倒的であった。テンゼンはエアリアル戦以外では、すべて秒殺で試合を終わらしていた。それは前大会の焼き直しとでも言うべき光景ではあった。


 ただ、前回は出場者間でのレベル差が著しく大きくもあったため、中には先述した通り、組み合わせの妙で勝ち上がってきた新人プレイヤーもいた。


 だが、今大会では個人部門もクラン部門もビギナー級とエキスパート級のふたつに分けての開催されている。つまりは前回よりもレベル差は小さく、かつ、よりハイレベルになっている。


 そのハイレベルな大会で、唯一テンゼンが秒殺できなかったのはエアリアルのみ。


 そのエアリアルにしても、テンゼン相手になにも通用することなく敗北を喫している。


 エアリアルは「天空王」の二つ名で呼ばれるほどの高位PKであり、個人戦出場者の中でも優勝候補の一角でもあった。


 その優勝候補がテンゼンの前ではなにも通用しなかった。


 それはエアリアルよりも明確に劣る他のプレイヤーでは、どうあってもテンゼンには敵わないという純然たる事実を知らしめることになった。テンゼンに勝つには最低でもエアリアルと一対一で圧勝できなければならない。


 事実上、エアリアル戦が対テンゼンにおける試金石となったのだ。不意討ちをしてまでテンゼンを打倒せんとしたエアリアルにとっては、皮肉以外の何物でもないことだった。


 なお、テンゼンを不意討ちした理由について、エアリアルは黙して語らず、現在はまるで彫像のようにアオイのそばに立って身辺警護を行っている。


 そのエアリアルに対して、アオイは「ご苦労」と「すまぬな」という言葉だけを戦後に伝えている。その言葉にエアリアルは「御心のままに」とだけ答えたという。


 エアリアルの立ち振る舞いは、まるで昔からアオイに仕えているかのようであった。ベータテスト時どころか、それよりもはるか以前から。それこそ幼少の頃からの付き合いとでも言うかのように。エアリアルの所作は自然体そのものだった。


 それはそれとして。


 エアリアルを単独で圧勝できる猛者というあまりにも高すぎるボーダーラインが生じた個人部門エキスパート級。クラン部門のエキスパート級と同じく、辞退者が続出するかと思われたが、現時点において個人部門の辞退者は誰ひとりとて存在していなかった。


 テンゼンという高すぎる障壁の存在はあれど、それでもクラン部門の参加者よりかはましと考えているのか、もしくはどれほど強くても必ず隙はあると思っているのかは定かではないが、個人部門においてはテンゼンの不戦勝はいまのところなかった。


 全員が全員強者に胸を貸して貰うように、はるかに格上と対峙するような面持ちで舞台に上がり、一瞬で散らされていく。


 一瞬で打倒されつつも、誰もが最後には希望を抱いているかのような、わずかな笑みを浮かべていた。


 その笑みの理由は、他ならぬオルタにある。


 オルタはPKKクラン「ザ・ジャスティス」のかつての3番手にして、アッシリアが脱退した現在は「ザ・ジャスティス」におけるサブマスターの地位にまで至っている。


 その実力はマスターであるナデシコと遜色ないほど。それほどの実力者がいまだテンゼンと相対していない事実が、いまの個人部門のエキスパート級の出場者の最後の希望となっていた。


 自分たちではテンゼンにはどうあっても敵わないが、オルタであればあるいはという希望を胸に彼らは戦っているのだ。


 つまりは、オルタとの戦いまでにできる限り、テンゼンを消耗させようとしているということ。


 もっとも、テンゼンを消耗させるほどに戦いを長引かせられるプレイヤーはいなかった。せいぜいがエアリアルであり、そのエアリアルにしても秒殺を免れたのがせいぜいである。


 エアリアル以下のプレイヤーでは、束になってもテンゼンには敵わない。それでもテンゼンと相対するプレイヤーは決して諦めることなく、舞台にあがっていく。


 アンダードック効果もあり、テンゼンと相対するプレイヤーへの声援はとても大きい。だからと言って、テンゼンの人気がないわけではない。


 フード付きの外套を身に纏っているため、素顔はほぼ見えないのだが、それでも声やその小柄な体格から女性プレイヤーであると思われている。そのうえ、一人称が「僕」であるためか、テンゼンはプレイヤーの間で希少価値と呼ばれる「僕っ娘」であると思われており、それが災いしてテンゼンの人気は非常に高かった。


 それこそ、二大僕っ娘としてタマモと人気を二分するほどであり、誠しなやかな噂ではあるものの、ゲーム内でひっそりと薄い本の即売会が行われており、ふたりを絡ませる内容の本が大人気のジャンルとして扱われているそうである。


 もっとも、そのことは関係者の耳には決して届かぬように、最新の注意を払って流布されているというところまでが噂であった。


 実際にそんな即売会が行われているのかも、ふたりを絡ませるジャンルが大人気なのかも定かではないのだが。


 とにかく、テンゼンの人気は非常に高い。高いが、それでもやはり人情としてはほぼ確定で負けるとわかっていても、勇気を振り絞って戦いに挑む者の背中を押したくなるものである。


 たとえ、秒殺で終わったとしても、戦いに挑んだことは事実で、敗者を蔑む者はいない。


 中には「個人部門の選手は頑張っているんだから、クラン部門もなぁ」と言うプレイヤーもいるにはいるが、当事者でなければわからないこともあるため、それほどその声は大きくない。


 そんなテンゼンに対してオルタはと言うと、まるで接待プレイのように丁重に扱われていた。


 テンゼンに勝てる唯一の希望とされているため、他の出場選手はオルタ相手には早々にギブアップを宣告する者が多い。オルタを必要以上に消耗させないためだ。


 まるで勇者のパーティーが魔王の元へと勇者をできる限り消耗させずに送り出すかのように、オルタをできる限り消耗させずに勝ち進ませようとする献身さには、観客席からは拍手が起きるほどだった。……当のオルタがどう思っているかはさておき。


 そうしてエキスパート級の準々決勝は順調に試合を重ねていき、そして──。



「さぁ、準々決勝もこれで最後の試合となります。そして長かった武闘大会も残すところ、あと2日となります。明日よりは4つのクラスすべてが同日に行われることになります。つまりは、今日がクラスごとで分けれて行われるの最後の試合となります。その最後の試合を飾るのは皆様ご存知「獣狩り」のガルド選手が率いる「ガルキーパー」です!」


 

 ──最後の試合を迎えることになった。その最後を飾るのはもはや恒例と言ってもいいガルドたち「ガルキーパー」だった。


 ガルドたちは東門から現れると、いつものように気さくなやり取りを行いながら、舞台へと向かっていく。そのやり取りからは歴然の強者の風格というものは感じられない。


 しかし、「ガルキーパー」の誰もが視線を舞台から一切そらすことはなかった。全員が軽口を叩くも、そこには油断は一切見えない。全員が全員集中していた。


 軽口もいわばガルドたちなりの入場パフォーマンスのようなものであると同時に、自分たちの精神統一に必要な儀式でもあった。


 そうしていつものように騒ぎながら、「ガルキーパー」は舞台へと上がる。


 その「ガルキーパー」と対峙するグランは、西門から現れた。


 全員が同じ青色の軽装を身につけたクラン。その青色の軽装には、狼の意匠が施されていた。その先頭に立つのは鋭い目つきで、冷たい印象を抱かせる弓使いのプレイヤー。


 先頭のプレイヤーに合わせるように、全員が無言で舞台へと向かっていく。「ガルキーパー」の騒がしさとは対極的だった。


 そのクランはPKKの一大ギルドである「ザ・ジャスティス」が誇る最高幹部が率いる、現時点において最後に残った選抜チーム。その名は──。



「対するは、PKKギルド「ザ・ジャスティス」が誇る二つ矢の一矢にして、最高幹部である「六星士」のひとり。その氷のごときまなざしからは決して逃れることはできないとされる者「氷狼のアントン」が率いし「ブリザードヴォルフ」です!」



 ──ブリザードヴォルフ。アントンの二つ名をそのまま流用したチーム名ではあるが、その実力は本物であった。


 そしてアントンにとって、ガルドたちとの一戦はそれまで以上に戦意を高揚させる相手でもあった。



「皆様もご存知の通り、アントン選手の盟友であり、「炎の絆」のマスターであった「炎虎のアレン」選手は「ガルキーパー」に敗北を喫しております。いわば、この試合はアントン選手にとっては敵討ち同然のもの。さぁ、果たしてどのような試合となるのでしょうか!」



 実況の言葉にアントンが小さくため息を吐くも、そのため息は歓声の前に掻き消え──。



「それでは、クラン部門エキスパート級準々決勝最終試合、開始します!」



 試合の始まりが告げられるのだった。

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