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88話 花と頑強 その終わり

前回切ったところが切ったところなので、今回は短めです

 バルドとタマモの位置が入れ替わっていた。


 すれ違うようにして、ふたりは交錯した。


 バルドは「轟雷断」を、本来なら斧の特別スキルを素手で放った体勢で止まっていた。


 両手で放つ「轟雷断」を再現するためか、その手は組まれており、いわゆるダブルスレッジハンマーの形になっていた。


 その体勢のままで、バルドは止まっている。


 止まっているが、その目は鋭いままだった。


 対して、タマモは右腕を突き出した体勢で止まっている。


 突き出された右拳からは小さな白煙が立ち上っていた。


 その目はバルドとは違い、呆けたかのように、どこか遠くを眺めているようだった。


 対照的とも言える雰囲気のまま、ふたりは立ち止まっている。


 その体勢のままで、ふたりは動くことはなかった。


 そんなふたりの姿に、観客席からは困惑する声や心配する声などがあがっていくも、その声も徐々に鎮まっていき、やがて音が消えた。


 それでもなお、ふたりは動かない。


 動かないまま、時間だけが過ぎていった。


「……いまのが、深奥ってやつかい?」


 しばらくして、バルドが不意に言葉を漏らす。


 その言葉にそれまでの不動が嘘だったかのように、タマモの体が揺れ動く。


「バルドの勝ちか」と誰かが呟いたが、そのときにはタマモの体の揺れは止まっていた。


「……はい。いまのが古武術「風聖道」の深奥です」


「……そうか。いまの深奥とやらか」


 バルドが小さく息を吐く。その声に合わせてタマモは振り返った。


「……「花鳥風月」──それが「風聖道」における深奥の名です」


 タマモはゆっくりと発動させた深奥──「花鳥風月」の詳細を語り始めた。


「「花鳥風月」は、「月」の光のように鮮やかに、「風」のように疾く対象を貫き、「鳥」の鳴き声のような音ともに、最後に「花」が咲き誇るんです。ゆえに「花鳥風月」です。自然の美しさを体現した一撃。それが「風聖道」の深奥です」


「……なる、ほどな」


 バルドは再び息を吐きながら、静かに頷いた。


 それと同時に、バルドの鎧が、フルプレートアーマーの腹部に亀裂が走った。


 その亀裂は徐々に大きく広がっていく。その亀裂とともに響く音はまるで鳥の鳴き声のようだった。


 やがて、亀裂が広がりきると、バルドの鎧は崩壊した。崩壊した鎧の欠片が宙を舞う。宙を舞う欠片はまるで花のようだった。



「ば、バルド選手のプレートアーマーが崩壊したぁぁぁ! こ、これはまさかぁぁぁぁ!?」



 それまでの静寂を切り裂くように、実況が叫ぶ。


 その叫びに合わせるかのように、バルドの巨体が崩れ落るも、片膝を突いて止まった。しかし、その体がすでに戦えるものではないことは明らか。


「勝負あり、ですね」


「……そうさな。あーあ、負けちまったぜ」


 バルドは笑いながら言う。


 その言葉にタマモは「……今回はですよ」と答えた。


「なに言ってんだ、今回もだろう?」


「……今回のは勝ちを譲ってもらったようなものですから。あのまま戦っていたら、勝敗は逆でしたからね」


「……かもしれねえな。だが、それでもタマモちゃんには勝てなかっただろうなといまは思うよ。っていうか、こう考えている時点で、すでに勝敗は決していたんだろうなぁ」


 バルドは苦笑いしながら、震える体で振り返る。その視線の先にいるタマモをじっと見つめていた。そんなバルドにタマモは微笑みを浮かべた。


「いい勝負だったぜ、タマモちゃん。ありがとうな」


「ボクの方こそです。楽しかったです、バルドさん」


「そう言って貰えてなによりだぜ」


 バルドは笑った。笑っていたが、不意にその目が閉ざされ、その巨体はゆっくりと地面に沈んだ。


 タマモは慌てて、その身を抱き起こすも、すでにバルドの意識は途切れていた。だが、その顔は満足そうな笑みに変わっていた。



「「フルメタルボディズ」のマスターの戦闘不能を確認しました。これにより、「フィオーレ」の勝利といたします」



 アナウンスによる勝ち名乗りが上がると、盛大な拍手と声援が観客席から沸き起こった。



「劇・的・決・着! まさに劇的決着です! 実力を認め合った好敵手の試合とはまさにこのようなものなのでしょう! その試合も決着です! 最後に立っていたのはタマモ選手でした! これにより「フィオーレ」の準決勝進出決定です!」


 

 実況からも勝ち名乗りが上がるも、すでに誰もその声を聞いてはいない。いや、その声が届いていなかった。


 実況の声をかき消すほどの声援と拍手が「闘技場」を包み込んでいた。


 声援と拍手を一身に浴びながら、タマモは気絶しているバルドを見下ろしながら、「ありがとうございます」と呟いた。


 気絶したバルドからの返答はない。


 それでもタマモはまたひとつ目標へと近づけたことに、半ば勝ちを譲ってもらったような状況への感謝を口にした。


 とはいえ、本当に勝ちを譲ってもらったというわけではない。


 タマモもバルドも本気で戦っていた。


 本気で戦いながらも、バルドは自らの矜持に従った。


 その結果が、今回の勝敗に繋がった。


 矜持に従わなければ、バルドは勝利を掴んだ可能性は高かった。


 それでもバルドは勝利にではなく、自身の矜持にこだわった。


 タマモにとっては福音となったが、それでも思うことがなにもないわけではなかった。


 ゆえに、タマモは告げた。


「今回は借りておきますけど、次は貸し借りなしで戦いましょうね」


 今回の勝利は借りである、と。


 次こそは本当の雌雄を決しようと。


 気を失った好敵手のひとりたるバルドに告げた。


 気絶しているため、聞こえていないはずなのに、その言葉にバルドの口角が再びあがった。

 その様を眺めながら、タマモは「五尾」の力を借りて、気絶したバルドをどうにか抱き起こした。


 こうして「フィオーレ」と「フルメタルボディズ」の戦いは決し、「フィオーレ」の準決勝進出が決定したのだった。

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