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36話 臆病という才能

(おいおい、マジか)


 目の前で起きていることをレンはすぐに飲み込むことができなかった。


 ヒナギクと一緒にタマモの特訓している真っ最中だが、現在のタマモはレンの想定を超えた動きをしていた。


(視界と聴覚を塞ぎはしたけど、まさかそれを解除しただけでここまでするなんて)


 完全に想定外だ。嬉しい誤算とも言えるが、油断ができない状況になってしまった。


 現在タマモは例の兜を一週間ぶりに外してから、ヒナギクとレンのふたりを相手に、飛んで跳ねての大立回りをしていた。


 できるかぎり気配を殺して攻撃に移っているはずなのだが、タマモはそのすべてをぎりぎりで回避していた。まぐれにしてはできすぎだった。


(少なくとも俺はすでに本気なんだけど、その攻撃をギリギリとはいえ避ける、か)


 全力を出してはいないが、すでに本気にはなっているレン。


 あくまで本気なだけで全力ではなかった。


 いわばアクセルを全開にはしていない。ノーブレーキで駆け抜けているだけ。


 しかしそのノーブレーキの攻撃をタマモは被弾することなく避けていた。


 ただあくまでも避けるだけである。反撃を仕掛けてくる雰囲気は一切なかった。


 タマモは必死に避けていた。避けることだけに集中しているよう。攻撃を仕掛ける余裕はまだないということだった。


(いまは避けるのでせいいっぱいか)


 考えてみればあたりまえのことだが、レンとヒナギクから見てタマモは完全に素人だ。武道も武術もかじったことさえないのだろう。つまり一般人だ。


 その一般人が子供のころから鍛えられてきたヒナギクとレンの攻撃を、本気の攻撃を避けられるだけでも大健闘だった。


 なのにこれでカウンターなんてされたら、それも余裕の表情でカウンターを合わせられでもしたら堪らない。いままで鍛えられてきたヒナギクとレンの立場がなくなってしまう。


(本気での攻撃じゃなければ、カウンター気味の行動はできるけど、本気で攻撃を仕掛けられたら、避けるだけか……才能があるって証拠だって言われたことがあったなぁ)


 ヒナギクとレンの武術の師匠は同じだった。その師匠が「武術とは臆病な人間の方が最終的に強くなれる」と以前言っていたことがあった。


 そのときはどういう意味なのかはレンもヒナギクも理解できなかった。しかしいまならはっきりとその言葉の意味を理解できる。こういうことか、と。


(タマちゃんはとんでもなく臆病だ。でも臆病な方がかえって相手の動きをしっかりと見て対処ができるってことなのかもしれない。つまり危険察知能力が高いってことか)


 臆病と聞くと、普通は悪い意味で捉えてしまう。勇気がないと考えられてしまう。だが、臆病ということと勇気がないということは同じようで本当は違う。


 臆病というのは、要は慎重ということだ。目の前にいるのがどういう相手なのか。初めて対峙した相手であればなおさら相手のことはわからない。


 それでもなおあえて相手のことを知るために果敢に挑む者もいる。しかしその果敢さが功を制することもあれば、それが仇となることもある。


 だが臆病であれば、相手のことをまず知ろうとする。


 知ったうえでどう対処するかを常に考える。


 武術家だからと言ってなにも考えていないわけではない。


 武術家だからと言って脳筋というわけではない。


 むしろ武術という相手を死に追いやることもあれば、自身も死においやられることもある技術を使うのだから、なにも考えずにできるわけがない。


 そもそも死と近しい間柄にある武術で生きている人間が、なにも知らない相手にしゃにむに突っ込んでいくわけがない。


 それで命を拾うこともあるだろうが、多くの場合はそれで命を落とすことにもなる。


 ゆえに臆病であることは決して悪いことではない。むしろ生きるために必要なことだ。


 臆病であるがゆえに生き永らえる。それは人だけではなく、どんな生物にも同じことが言える。


 生き永らえることができれば、それまでよりも成長できる。


 死んでしまえばその成長さえもできなくなる。


 つまりは臆病さとは生きるために必要なことだ。そして武術とは生き永らえてこそ成長できるもの。ゆえに臆病であることは武術においては才能と言える。


(……なるほどねぇ。たしかに現状を踏まえるかぎり、タマちゃんのそれは才能だよな。人一倍臆病だからこそ、相手の行動をしっかりと確認する。だからこそ対処できる、か。そうじゃなかったらここまで俺とヒナギクの攻撃に対処しきれるわけもないか)


「臆病さが才能」という師の言葉を改めて理解しながらレンは、上空からの飛び蹴りをタマモに向かって放っていた。


(さぁ、これをどうするんだ、タマちゃん? そのまま後ろに下がっていてもじり貧になるだけだぜ?)


 下からはヒナギクが迫り、上からはレンが仕掛けている現状をタマモがどう乗り越えるのか。それだけをレンは考えながらタマモの行動を、その一挙手一投足を見つめていた。そして、そのときは訪れた。

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