84話 花と頑強 その3
中央での激しいぶつかり合い。
バルドの「天雷断」とタマモの「尻尾破砕突き」が交錯していた。
全力で斧を振り下ろすという単純明快ながら、凄まじい破壊力である特別スキルの「天雷断」と圧倒的ステータスを誇る「五尾」の尻尾を3本束ねてドリル状に回転させて放つ突き系の武術である「尻尾破砕突き」──。
本来なら、特別スキルとただの武術では、特別スキルの方が圧倒的に上であるため、同時に放てば特別スキルが一方的に打ち勝つのが普通だった。
もっとも、それは同ステータスであればの話。
ステータスに圧倒的な差があれば、特別スキルに打ち勝つないし、引き分けることはできる。
ヒナギクがクロードの「百裂拳」を潰したように。
タマモがローズの「流華双螺旋」と引き分けたように。
相手のステータスを大きく上回れれば、特別スキルにも打ち勝つないし引き分けまで持ち込むことはできる。
それは今回のタマモとバルドに対しても同じことだった。
交錯していた斧と尻尾が不意に弾ける。
その際、バルドとタマモはお互いに数歩下がった。
バルドはフルフェイスの兜に顔を納めながら、楽しそうに笑った。
「すげえよ。やっぱりすげえよ、タマモちゃんはさぁ」
バルドは上機嫌だった。
奥の手のひとつである「天雷断」を相殺させられたというのにだ。
むしろ、相殺されたことがよりバルドのテンションを上げている。
そんなバルドに対して、タマモは笑うことなく、まっすぐにバルドを見つめている。
お互いに数歩下がり合ったことは同じだった。
しかし、下がったあとの態度は真逆と言える。
バルドには余裕さえ感じられるのに、タマモには余裕を感じられない。
結果は同じだったはずなのに、その後の姿はまるで違う。
バルドとの最初の交錯。
結果は引き分け。
しかし、その姿を見る限りは、バルドに分があるように見えてしまう。
「どうしたよ、タマモちゃん? すっかりと黙りこんでいるけどよ」
兜に隠れて見えないが、その下では口元をにやりと歪ませているとしか思えないバルドの口調に、タマモは変わらず無言を貫いていた。
だが、タマモの姿勢がゆらりと動いた。
一見、貧血でもあったのかと思うのではないかと思うほどの動きだった。
いきなりすぎて、さすがのバルドも「お、おい?」と慌ててしまうほどだったが、その心配は無用であった。
「……「瞬動」」
ぽつりとタマモが呟いた。
その言葉に「あ?」とバルドが肩眉をあげたとき、その場からタマモの姿は忽然と消えた。
「た、タマモ選手が消えたぁぁぁぁぁぁーっ!? いったい、どうなっているんだぁぁぁぁぁぁーっ!?」
実況がバルドの動揺を代弁するように叫んだ。
それは実況だけに留まらず、観客席からも同じような叫びがこだましていく。
誰もが理解できないと顔に書きながら、タマモの消えた舞台の上に目を凝らすも、やはりそこにタマモの姿はない。
それまで余裕さえ見せていたバルドだったが、忽然と消えたタマモの姿に、バルドは手に持っていた大盾を構えて、見逃さんとばかりに周囲を見回すも、タマモの姿を見つけることは敵わない。
その事実に、バルドは焦りを抱きつつも、その場で盾を構えながら、その場をゆっくりと一回転しながら周囲に睨みを利かせるも、やはりタマモの姿はない。
透明化でもしているのかと、バルドが目を細めていた、そのとき。
「尻尾三段突き」
背後からいきなりタマモの声が聞こえたのだ。
振り返るよりも速く、バルドの背中を覚えのある衝撃が走る。
ただ、その衝撃はかつてのそれとは比べようもないほどに強力だった。
たたらを踏みながらも、どうにか持ちこたえるバルド。
奥歯を噛み締めて、「そこかぁぁぁぁ!」と得物である斧を水平に薙ぎ払う。
だが、薙ぎ払った場所にはタマモはすでにいなかった。
タマモは少し離れた場所で、佇んでいる。
それも涼しい顔を、いや、無表情で佇んでいた。
それはさきほどと同じ顔。
だが、状況はいきなり真逆に変わった。
さきほどまでは余裕さえ感じさせるほどに笑みを浮かべていたバルドだったが、いまや笑みなど浮かべられる余裕はない。
対して、タマモはなにも変わっていない。変わっていないが、バルドからしてみれば、その無表情がかえって余裕の表れのように見えてならなかった。
ほんの少し状況が変わった。
たったそれだけのことで、印象が真逆になった。
バルドはわずかに唾を飲み込みながら、みずから乾いた笑い声を上げた。
「は、ははは、やってくれるじゃねえか、タマモちゃんよ」
バルドは笑った。
笑ったが、その声は震えている。
楽しすぎてという意味ではない。
少し前までは楽しすぎてという意味合いではあった。
だが、いまは目の前にいる相手の底知れなさに、恐怖に近いところまで追い込まれているが、それを武者震いだと自分に言い聞かせていく。
「……バルドさん」
すると、それまで無言を貫いていたタマモが、口を開いたのだ。
その声はとても小さいのに、バルドの耳朶を震わせる。普段であれば、特になんでもないことなのに、今日に限ってはそれが堪らなく恐ろしく感じられた。
「声、震えていますよ」
ぽつりと呟くタマモ。
その言葉に「武者震いだ!」と叫びながら、「シールドバッシュ」でタマモとの距離を詰めるバルド。距離を詰めると再び「シールドバッシュ」でタマモへの攻撃を敢行する。
タマモとバルドの距離が詰まり、バルドはその巨体と装備ゆえの重量を活かそうとしたが、その寸前になってタマモの姿がまた忽然と消えた。
その光景に「また「幻術」か?」と思ったが、実況がタマモの姿が掻き消えたことに叫んでいるあたり、「幻術」に掛かったわけではないことは明らかだった。
仮に「幻術」だったとしても、以前よりもはるかに大規模なものになっているということになるが、バルドはこれが「幻術」ではないだろうとなんとなく理解していた。
それは最初の交錯の後、貧血のようにゆらりとタマモの体が揺れたとき、タマモが呟いた言葉が理由である。
タマモは「瞬動」と呟いていた。
「瞬動」というスキルは初めて聞いたものであったが、ログを見る限り、「幻術」関係のスキルではない。むしろ、字面だけを見れば移動系のスキルと考えるのが妥当だ。それもかなり高度な、レンの「雷電」さえも足元にも及ばないほどの超高速の移動スキルだろう。それこそ──。
「──瞬間移動みたいな」
「ほぼ正解ですよ」
唖然としていたバルドの真後ろから再び声が聞こえる。バルドは「間に合え」と心の中で叫びながら、振り返りながら斧を水平に薙ぐと、強かな衝撃が斧に伝わった。
振り返った先にはタマモがいた。以前よりもはるかに太陽に近くなったような煌めく尻尾のうちの1本でバルドの斧を防いでいた。
ようやく捕まえたと思ったが、むしろ、捕まったのはこちらではないかとバルドの背筋を冷たい汗が伝っていく。
バルドの脳裏を勝てるだろうかという不安がよぎる。
だが、すぐに頭を振り、「勝つんだよ」と自分に言い聞かせるバルド。
そんなバルドをタマモは無表情で見つめている。
「まぁた強くなったじゃねえか、タマモちゃん」
「……そう、ですかね」
「あぁ。舌を巻くってもんさ。だが、簡単には負けてやらねえぜ」
「……「勝つのは俺だ」とは言わないんですか?」
胃の腑を突かれたとバルドは思った。
タマモが当たり前のように呟いた言葉に、バルドは想像以上の衝撃を受けたが、「間違えただけだ」と言い、尻尾に防がれた斧を引いて、もう一度水平に、さきほどよりも力を込めて薙いだ。
だが、それでもタマモの尻尾を弾き飛ばすことはできなかった。
「は、ははは。いいねぇ。さすがだ」
乾いた笑い声をあげながら、バルドは再び斧を引いた。
笑いながら、タマモに立て続けに攻撃を仕掛ける。
だが、その攻撃は悉く尻尾によって防がれていく。
それでも、それでもバルドは必死の形相で攻撃を仕掛けていった。
そうしないと、恐怖に呑まれてしまいそうだった。
自分を奮い立たせることができなくなる。
ゆえに、必死にバルドは攻撃を仕掛け、その度にタマモの感情のない瞳を向けられていく。
その瞳に怖じ気づきながら、バルドは必死に自身を鼓舞した。鼓舞しながら必死に攻撃を仕掛け続けたのだった。




