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82話 花と頑強 その1

 広い部屋だった。


 奥行きも幅もいままでの部屋よりも段違いに広い。


 どう見ても20畳くらいはあるだろう。


 部屋の片隅、世界観をガン無視した冷蔵庫の中には多種多様のウェルカムドリンクが入れられていた。


 いままでの部屋よりもその種類は多く、中には現実世界の炭酸飲料や昔ながらの乳飲料などが入っていた。


 部屋の中央にはテーブルとソファーが置かれている。


 ソファーは単独用のものが3脚という中途半端な数だ。おそらくはこちらの数に合わせているのだろう。


 テーブルは木目調のシックなものではあるものの、顔を近づけると鼻を擽る独特の香りがした。


 アロマ系の匂いであり、戦意を高めすぎないようにするためのリラックス効果でもありそうだ。


 部屋の奥には大きな絵画が置かれていた。


 どこかの風景を切り取ったものであるようで、いくつも連なる山脈とそれを照らす月が描かれていた。


 その絵画のそばには3つのベッドが置かれており、近寄ってみると回復を促す効果があると表示された。


 ただし、その回復効果はささやかなものでしかないが、資金もMPも消費しないものであり、それなりに有用性がある。もっとも一度使用するとゲーム内時間で1時間ほど経過してしまうというデメリットはあるものの、費用対効果を踏まえればありよりというところか。


 そして、部屋の反対側の入り口にはふたつのプレートアーマーの置物が置かれていた。


 置物のプレートアーマーは向かい合わせに立つようにして置かれており、いまはそれぞれが持つ剣が中間距離で交差していた。その交差する剣によって扉が開かないようになっているが、時間になれば、この剣が上がり、扉が開くようになるのだろう。


 他にもいままでとは様々な違いがあった。


 さすがは、準々決勝の控え室なだけはあるとタマモたちは思いながら、部屋の中央にあるソファーに3人はそれぞれに腰掛けた。


 が、タマモ以外のふたり、レンとヒナギクは以前同様に縮こまっていた。


 以前の控え室でもかなり戦々恐々としていたが、今回の控え室はいままでのものよりもグレードアップしており、それがよりふたりを萎縮させる原因となっていた。


「……あのぉ、おふたりとも。またですか?」


「……ハイ、ゴメンナサイ」


「……豪華スギルンデスヨ」


 レンとヒナギクはソファーに浅く腰掛けながら、ガクガクブルブルとしている。


 偶然、上手側に座っていたタマモとその脇を固めるようにふたりは座っており、その態勢はまるでタマモからふたりが説教をされているようだ。ふたりの姿を見て、タマモが「またか」と呆れているのが、よりタマモからの説教を受けているというように見えてしまう。


「……まぁ、たしかにこの部屋は豪華ではありますけど、最上級というわけではないんですから、そこまで肩肘張らなくてもいいのでは?」


「いやいやいや!」


「そんなのリアルお嬢様なタマちゃんだけだよ!?」


 タマモの一言に思いっきり食いかかるレンとヒナギク。


「そこまで言うことかな?」と若干引き気味になるタマモ。しかし、そんなタマモの様子をまるっと無視するようにして、ふたりは続けていく。


「だいたい、なんで準々決勝だからって、ここまで豪華にすんのよ!?」


「そうだよ! 私たちはホテルに泊まりに来たわけじゃないんだから!」


「そう! 俺たちは戦いに来たんだ! なのに、なんでこんなに豪華な部屋を用意されるのかがまるで理解できないね!」


「もっと質素でいいんだよ、質素で! なんでこんなに無駄に豪華にしちゃうの!? こんな部屋じゃかえって緊張しちゃうだけじゃん!」


 わずかに目を血走らせながら叫び合うふたり。


「さすがは幼なじみだなぁ」とずれたことを考えつつ、ふたりの主張をぼんやりと聞きながら、タマモは冷蔵庫から取り出した炭酸飲料で有名な会社が作ったミルクティーを口にする。

 ちなみに、レンは同じ会社の炭酸飲料、ヒナギクはタマモと同じミルクティーのペットボトルがそれぞれ選んでいた。もっとも選びはしたものの、見慣れているはずのパッケージを見ても、「これ高いんじゃ」と言う始末である。


 はっきりと言えば、暴走しているとしかいいようがない。


 もっとも、それもわからなくはない。


 実際、親友の莉愛も、いまではタマモの実家でおもてなしを受けても平然としているが、当初はひどく緊張していたので、慣れていないとこんなものかとタマモは思ったが、それでも「このふたりの場合は緊張しすぎですけどねぇ」とも思ったが、あえてなにも言わないことにした。


 その後、レンとヒナギクはそれぞれに思いの丈をぶちまけ続けた。それをタマモは「そうですねぇ」や「そうでしたかぁ」とかの投げやりな態度で返事を続けた。


 そんな返事でもふたりは気にすることなく、その思いの丈を吐露し続けた。もはやタマモが聞いていようといなかろうと関係ないと言わんばかりである。


 逆に言えば、それだけふたりにとってはキャパシティーを超過するほどの部屋だったということなのだろう。


「一般家庭の人も大変だなぁ」とまたもやずれたことを考えながら、しばらくタマモはふたりの話を聞いていた。


 そうしてタマモがふたりの話を聞き始めて、30分が経過しようとしたとき。不意に重低音が部屋の中で響いたのだ。


 その音にふたりは肩を上気させながらも止まり、3人の視線は揃って入り口の逆側へと向けられていく。


 その逆側の入り口にあったプレートアーマーの置物。その態勢が変わっていた。


 正確に言えば、徐々に交差していた剣があがり、その剣によって封じられていた扉が解放されていく。


 やがて剣はそれぞれのプレートアーマーが掲げる形で収まった。それはまるでプレートアーマーによる最敬礼とでも言うべきものだった。


 その最敬礼がなされると同時に、扉はみずからの意思を持ったかのようにゆっくりと開いていき、見慣れた舞台へと続く通路が露わになった。


「……さて、行きますか」


 タマモがふたりを見やる。


 ふたりはまだ肩を上気させていたが、それぞれに力強く頷いた。


 3人は揃って通路へと脚を踏み入れる。


 通路の中は薄闇に覆われていたが、はるか先からはわずかな光が漏れており、その光に向かって3人は進む。


 やがて光の大元に辿り着いた。


 やはり見慣れた大扉がそこにはあった。


 その大扉を3人は同時に触れた。


 大扉はゆっくりと開き、そして──。



「ご来場の皆様、お待たせいたしました! 準々決勝第1試合を飾る猛者たちを紹介いたします」



 ──無数の拍手とともにタマモたちは舞台へと踏み入れた。


 同時に反対側からは対戦相手であるバルドたち「フルメタルボディズ」がいた。


 先頭に立つバルドの視線はとても鋭い。


 だが、そこには憎悪はない。


 ただただタマモを乗り越えんとする強い意志が篭もっていた。


 その意志に呼応するように、バルドの重い足音が離れたタマモたちでも聞こえてくる。


 負けじとばかりにタマモたちは大きく脚を踏み出していく。


 その間に、実況による紹介が続くものの、すでにタマモたちの耳には届いていない。それはバルドたちも同じことだろう。


 やがて両クランは同時に舞台へと上がった。


 すると、それまで無数の歓声に沸いていた闘技場が不意に静けさを取り戻す。


 タマモはバルドを見つめ、バルドもタマモを見つめている。


 互いの視線が絡み合っていく中、静寂に包まれた闘技場内に実況の声が響いた。



「これより「フィオーレ」対「フルメタルボディズ」による準々決勝第1試合を開始いたします。それでは──試合、始め!」



 実況の声が響いた。同時に両クランは一斉に動き出すのだった。

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