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80話 打ち上げと交錯

「──乾杯!」


 音頭とともにグラスが打ち付けられる。


 グラス同士が打ち付けれる、心地よい音とともにアルコール特有の匂いが充満する。


 特有の匂いが漂う中、大抵のプレイヤーは豪快にグラスを空けていく。


 もはや、グラスというよりかは、ジョッキレベルの大きさのそれに注がれた黄金色の液体を勢いよく流し込んでいく。


 ほどなくして、「ぷはー」という威勢のいい声とともにグラスが勢いよくテーブルに置かれる。


「あー、美味ぇ! こんだけ美味いのに、現実じゃねえとか、やっぱり夢みてえだな!」


 がはははと大きく笑うのは、ガルド。


 4回戦の最後を飾る第8試合の勝者である「ガルキーパー」のマスターだ。


 その対面にいるのは、ガルドに敗れたシーマ率いる「素封家」たちだったが、なにもこの場にいるのは彼らだけではない。


 カウンター席にはタマモたち「フィオーレ」に加えて、「紅華」のサクラと同じく「紅華」の一員として復帰したステラがいる。ステラもすでに成人しているのだが、下戸であるため、タマモたち未成年組と一緒にカウンター席に座っていた。


 それ以外の面々は、全員拡張されたテーブル席に腰掛けながら、酒盛りを行っていた。


 4回戦が終了した後、タマモたちはいつものようにおやっさんの屋台へと来ていた。新規参加者はステラとシーマたち「素封家」の面々の6人だが、おやっさんはなんの問題もなく受けいれてくれていた。


 参加者は6つのクランの面々、総勢で33人。屋台どころか、それなりの規模の店でも貸し切りにでもしないとキャパシティー的に難しい人数だった。


 それを屋台と申し訳程度のテーブルを使い、ひとりで調理と接客まで行うというとんでもないことをおやっさんは行っている。


 なお、さすがに人数の関係上、いつものようにおやっさんの屋台は貸し切りになっていた。

 連日連夜の貸し切りに、おやっさんは快く受けてくれている。


 もっとも貸し切りの札を見て、飲んべえプレイヤーたちは「今日もなのか」とがっくりと肩を落としながら、夜の闇の中へと消えていく。その背中は哀愁に塗れたものだった。


 そんなある意味罪深い光景を作りながらも、タマモたちのグループは今日も盛大に騒いでいた。


 特に一番大きいのは、最終試合を飾り続けているガルドのものだった。ゲーム内世界であるから、現実にはなんの弊害もないからなのか、現実よりもグラスを空ける速度が速いのだ。もし現実で同じ速度で飲めば、翌日の二日酔いはほぼ確定しているようなものである。


「おまえ、酔いすぎだぞ、ガルド」


「そうだぞ、ちょっと速すぎだ」


「少しペースを落とした方がいいと思うよ?」


 あまりのペースにさしものシーマも釘を刺した。


 そこに「ブレイズソウル」のアントニオとエリシアも同じく釘を刺す。ただ、それは前日までとは違い、かなり親しげなものである。

 

 というのも、この4人は子供の頃からの付き合いであるため、つまりは幼なじみであるためである。


 もっとも、そのことを4人とも知らなかったのだが、「ガルキーパー」と「素封家」の試合前のやり取りで、かつての幼なじみであることをアントニオとエリシアが知ることになり、試合終了後にガルドとシーマにそのことを伝えたのだ。


 もとともそれぞれに面影を抱いていた4人ではあったが、幼なじみであったことを知ってからは意気投合をするのに時間は掛からなかった。それどころか、離れていた時間を埋めるようにしてかつての思い出話に更けていた。


 そのためか、今回の打ち上げは自然とこの4人が中心になって場は盛り上がっていた。


 それでもガルドのペースの速さには、残りの3人が苦言を呈するのも無理もない。その苦言にはさすがのガルドも言葉を濁していた。


「しかし、こうしてまさかふたりと一緒に飲めるなんて思っていなかったよ」


 ガルドが言葉を濁したのを見て、エリシアは話題転換とばかりにゲーム内とはいえ、再会したことへの驚きを口にする。驚いてはいるものの、それ以上にエリシアは嬉しそうに笑っている。その笑みにガルドとシーマはもちろん夫であるアントニオも深々と頷いた。


「正直、俺もシーマも同じ意見だよ。まさか、恵利ちゃんとトシにまた会えるなんてな」


「あぁ。それがかの名高き「ブレイズソウル」のふたりだとはなぁ」


 ガルドとシーマはしみじみと頷き合うが、それに待ったを掛けたのはアントニオとエリシアだった。


「なにを言っているんだ、おまえらの方が有名じゃないか」


「そうだよ。「獣狩り」のガルドと「障壁」のシーマと言えば、トップオブトップとして有名なプレイヤーじゃない」


 ガルドとシーマは「ブレイズソウル」という名高きクランの中心メンバーであることを言い、対してアントニオとエリシアはレイドボス単独撃破したクランのマスターであることや、最強の盾使いプレイヤーとしてであることを口にし合う。


 お互いに貶すわけではなく、お互いをたたえ合う。


 それは4人が子供の頃から行い、高校進学で別れ別れになり疎遠となってからは機会に恵まれなかったこともである。ゆうに十数年ぶりのやり取りであった。


 なお、ガルドが口にした「恵利」と「トシ」はそれぞれエリシアとアントニオの実名である。正確に言えば、アントニオの実名は「闘志也」であるが、それを短く切って「トシ」とガルドとシーマを始めとした昔なじみは呼んでいる。


 余談であるが、なぜ「アントニオ」というHNにしたのかと言うと、名前に入る「闘志」という言葉から連想していった結果、昭和の名高き名レスラーに至ったためである。そして彼のレスラーの異名から「ブレイズソウル」というクラン名になったのだ。


 エリシアに関しては、単純に実名に付け加えて、響きのいい名前として選んだのが「エリシア」だったというものであり、あまり捻りはない。


 とはいえ、HNに関して言えば、ガルドもシーマも大差ない理由である。それぞれの実名から連想していき、辿り着いたのが「ガルド」と「シーマ」だったのだ。


 ある意味、似たもの同士とも言うべき4人組であった。


 そんな4人組のやり取りは、時間が経っても変わらず賑やかなものだった。


 そんな賑やかなテーブルから離れたカウンター席では、下戸のステラとユキナを除いた未成年組で固まっていた。


 ユキナがこの場にいないのは、同じく未成年組であるフィナンたち「一滴」との打ち上げに参加するためだ。


 本来なら「一滴」もこの打ち上げに参加する予定ではあったのだが、実年齢が小学生の4人に、飲んべえが大半の打ち上げは退屈なものでしかないというのは明らかだったからだ。実際、いままでの打ち上げでもユキナは時々手持ち無沙汰な様子を見せていた。


 実家が食堂であり、酔っ払いの相手にも多少なりとも慣れているユキナでも、手持ち無沙汰で暇そうにしていたのだ。実家が食堂でもなんでもない「一滴」の3人では余計に手持ち無沙汰になるのは目に見えていた。


 ゆえに、今回からはユキナは「一滴」の打ち上げに参加して、気の置けない友人たちのやり取りを楽しんでもらおうということになったのである。


 最初、ユキナは遠慮していたのだが、タマモの「たまには同い年の友達とお喋りするのもいいんじゃないですか」という一言に折れたのだ。


 とはいえ、実際に「一滴」の3人と移動するユキナは、普段とは異なり、年相応の姿であった。


 大人びたところのあるユキナであるが、実年齢が二桁になってそこまで経っていない少女だということを、その姿からは感じ取れた。


 そうしてユキナを除いた、試合に参加する3人になった「フィオーレ」と現役の高校生であるサクラに、下戸のステラが加わったのが、今回のカウンター組であった。


 そんなカウンター組だが、現在はステラ主導の元、和やかな会話を行っていた。


「へぇ。なるほどねぇ。タマモさんのお嫁さんとの出会いってそんな感じだったんだ」


 ステラはカウンターに肘を付きながら、タマモの話を聞いていた。行儀としてはあまりよろしくないが、当のタマモは気にすることなく、ステラとの話をしていた。他の3人も食事をしつつも、ステラとタマモの話を聞いているが、ひとりサクラだけは顔を真っ赤にしているという、いつぞやも見たような光景を見せている。


「ローズからも聞いていたけど、すっごい美人さんなんでしょう?」


「ええ、まぁ、そうですね。たぶん、皆さん振り返られると思います」


「すっごい美人さんじゃん。そんな美人さんとお熱いとか、野郎連中が聞いたら、嫉妬の涙を流しそう」


 あはははとあっけらかんと笑うステラ。その言葉にタマモは苦笑いしながら頷いていた。わりと気安いステラではあるが、その距離の詰め方はタマモとしては嫌いではなかった。


 だからなのか、ついついと赤裸々な話もしてしまっていた。


 もっとも、話すべきではないところまでは話さないようにしているが、それ以外ではかなり深いところまで話していた。


 それだけステラが聞き上手ということもあるのだろうと思いながらも、タマモは酒の席の肴代わりにエリセとのことを話していた。


 そうしてエリセの話をしながら、打ち上げがそろそろ終わりを見せた頃、先日のようにタマモ宛てにフレンドコールが入った。相手は先日通りエリセであった。


「それじゃボクはそろそろ」


「あー、うん。お疲れ様ぁ」


 ステラが手をふりふりと振ると、カウンター組だけではなく、テーブル組からも声が掛かっていき、最後に声を掛けてきたのは──。


「またな、タマモちゃん」


 ──ほからぬバルドであった。


 その顔は不敵な笑みを浮かべており、まるで「もう戦いは始まっている」と言わんばかりの態度であった。


 そんなバルドにタマモもまた「ええ、また」と言った。


 ふたりのやり取りは非常に短いものであったが、それだけで通じ合うことができた。


 そのやり取りの誰も囃し立てることはなかった。


 ただ静かに誰もがふたりの交錯を見ているだけだった。


 その後、おやっさんの屋台の外で、転移してきたエリセと合流したタマモは、先日同様「水の妖狐の里」へと赴くのだった。

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