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83話 力と技

 お互いの顔を見合い、溜まっていた鬱憤を発散し終えたのか、ガルドとシーマの言いあいは終わりを告げた。


 なお、かかった時間は20分ほど。


 つまりは、観客は20分間も、ふたりの「女性とはまるで縁がない」という過去を延々と聞かされ続けることになった。


 だが、それでも観客からの批難はなく、むしろ、同情と憐憫のまなざしがふたりへと向けられていく。


 中には、涙を流しながら天を仰ぐ者もいるし、しきりと頷く者もいるあたり、ふたりへの共感を抱く者もそれなりにいるようである。


 そんな共感を抱く者を中心にして、ふたりへの批難の声は上がらなかった。


 そうして20分間も延々と、お互いの女性遍歴、女性との縁のなさを語りきったふたりはと言うと──。


「さぁて、やるとするか、シーマ!」


「おう! やろうぜ、ガルド!」


 ──なぜか、やる気満々な顔でお互いの得物を構え合っていた。


 そのあまりにも息がぴったりな様子に、「おまえら、さっきまで言いあいしていなかった?」と誰もが思ったことであろう。


 だが、そんな視線は知ったことじゃないと言わんばかりに、当事者ふたりはやる気満々であった。


 その様子に、お互いのクランのメンバーたちは、頭を抱えてため息を吐いていた。その反応からして、いつものことのようだ。もっと言えば、顔を合わせたら、言いあいをしてからの意気投合という流れまでがふたりなりのスキンシップなのだろう。 


 そんなガルドとシーマの姿に観客席の一部、アントニオとエリシアは「あぁ、本当に変わらないんだなぁ」としみじみと頷いていた。


 まさか、身バレというか、ある意味身内がいるとは露とも思っていないふたりは、なんとも癖のある友情表現は終わった。


 さすがの運営もそのあまりの変わり身の早さに、どう対応するべきか悩んでいるようであるのか、ふたりが構えを取ってもすぐにアクションを起こすことはできなかった。


 だが、いつまでも黙りをするわけにもいかないのか、実況が困惑を多分に込めながら「え、えっと準備が整ったみたいですので」と言い出した。



「そ、それでは、4回戦第8試合。開始します?」



 明かな困惑を見せながら、実況が試合開始を宣言する。その様子に「無理もないよなぁ」と誰もが思う中、当事者ふたりだけは「いっよっしゃあ!」と気合いの声を上げて戦闘は開始された。


 真っ先に先陣を切ったのは、ガルドであった。


 それも最初から「獣謳無刃」を発動させてである。


 最初から、まさかの大盤振る舞いだった。


 そんなガルドに対するのは、こちらもマスターのシーマだった。


 バルド並みの重装備でありながらも、ガルドへ向かって全力で駆け抜けていく。


 もっとも比較的軽装であるガルドとどう見てもタンクとしか思えないシーマ。


 そんなふたりが全力で駆け抜けたとはいえ、さすがにスピードには大きな差があった。たとえ、ガルドがAGIにまるで振っていないとはいえ、それでも装備の重量差による速度差はどうしても生じてしまっていた。


 加えて、ガルドが獣化したことでより一層スピード差は生じている。


 だが、ガルドもシーマも「そんなこと知ったことか」と言わんばかりに舞台上を駆け抜けると、それぞれの得物を、ガルドは大斧を、シーマは人の背丈並みの突撃槍をそれぞれに振るう。


 斧と槍。それぞれの柄が絡み合い、鈍い金属音が響いた。


 その金属音の中、中心にいるふたりは、お互いに実に楽しそうに笑っていた。


 笑いながら、同時に得物を引くと、先手を取ったのはシーマだった。


 シーマは得物を引いてすぐに再びランスを振るった。


 それも一度だけではなく、三連続の上段突きを瞬く間に放ったのだ。それも重装備とは思えないほどの速さでである。膂力はもちろんのこと、鍛え抜かれた技術があってこその連撃は観客席から感嘆の声があがるほどだった。


 裂帛の気合いとともに放たれた三段突きを、ガルドはすべて斧の柄を使って捌いた。シーマはそれを驚いた様子もなく、それどころか、当然のように見つめていた。


 対するガルドはシーマの三段突きを防ぎきると、お返しと言わんばかりに大斧を上段に掲げると、全力で振り下ろした。ただ力任せに振り下ろされた一撃。だが、それはガルドの膂力と獣化による強化を含めた一撃であり、バルドでさえまともに受けきることは難しいもの。

 その一撃にシーマは手にしていた大盾を掲げるように突き出した。防げるわけがないと誰もが思う中、なんとシーマはその一撃を防ぎ切ったのだ。


 誰もが唖然とする中、ガルドもやはり当然のようにシーマの行動を見つめていた。


「さすがは、シーマの兄さんだなぁ」


 圧倒的なやり取りを行うふたりを見て、観客席にいたバルドが感嘆の声をあげる。その顔には悔しさもあるが、それ以上の憧れを抱いているようだった。


「バルドさん


「うん?」


「さっきから「兄さん」と呼ばれていますけど、シーマさんとも交流があるんですか?」


 タマモがバルドにシーマとの関係を尋ねると、バルドは笑いながら頷いた。


「あぁ、あの人は俺にとって師匠とも言える人さ」


「バルドさんのお師匠様ですか?」


「そうさ。俺に大盾のイロハを教えてくれたのは、あの人だからな。大盾使いとして言えば、ゲーム中最強と言ってもいいと思うぜ。ガルドの兄貴同様に、あの人もまた全プレイヤー中5本の指に入るプレイヤーだしな」


 バルドはそこで話を切った。シーマの一挙手一投足さえも見逃すまいと、その目はシーマを追っていく。


 その当のシーマはガルドと再び撃ち合いを行っていた。


 それもお互いに笑みを浮かべながらだ。


 ガルドは単純明快な一撃をシーマへと放つ。洗練された技量などはなく、ただ全力で振り下ろすという一撃だった。その一撃をシーマはあっさりと防ぐと、今度は腰だめに構えながら上段、中段、下段の三方向への突きを放つも、ガルドもまた斧の柄や回避を織り交ぜながらそれを防ぎきる。


 どちらも技量を随所で見せ合うも、基本的には力で押し切ろうとするガルドと、圧倒的な技量でもって制しようとするシーマというやり取りだった。つまりは力と技のぶつかり合いという、非常に見応えのある戦いが行われていく。


 バルドの言う通り、シーマもまたガルド同様に5本指に入るトッププレイヤーだった。


 しかもシーマはバルドさえも凌駕するほどの盾使い。


 まさしくふたりの戦いは「最強の矛」と「無敵の盾」の戦いになったのだった。


 むろん、「ガルキーパー」の面々と「素封家」の面々もただ黙って見ているわけではない。ふたりに負けないほどの戦いを、その脇で行っていた。


 だが、ふたりの戦いほど洗練されたものとは言いがたいため、自然と観客の視線はマスター同士の一騎討ちにへと向いていく。


「さすがだなぁ、シーマ。まぁた腕を上げやがったな?」


「そういうおまえもな、ガルド。相変わらず強烈な一撃だぜ」


「は! そんな涼しい顔で言われても嬉しくねえよ!」


「だろうな!」


 ガルドとシーマの得物が再び交錯する。


 鈍い金属音が鳴り響くと、そこからはふたり揃って無言での撃ち合いが始まる。


 火が出るようなという形容詞が似合うほどに、ふたりの撃ち合いは苛烈そのものだった。


 お互いの得物が交錯するたびに、火花が散る。その火花がふたりの体を焼くも、ふたりはまるで気に留めることもなく、得物を振るっていく。


 相手が憎いわけではない。それはふたりの表情からして明白だった。


 それでもなお、ふたりの戦いは苛烈そのもの。


 相手を打倒しようという想いはあれど、それは憎さから来るものではない。


 認め合うからこそ、相手を凌駕したいという想い。


 言うなれば、ライバルとしての気持ちがふたりを突き動かしていた。


 そうして行われる鬩ぎ合い。


 その鬩ぎ合いに、観客はすでに魅了されていた。


 大歓声の中、ふたりのやり取りは加速していき、そして──。


「決着を付けようぜ、シーマ!」


「来いやぁぁぁ! ガルドぉ!」


 ガルドとシーマがそれぞれに叫ぶと、ふたりは同時に行動を開始する。


 ガルドは上空へと向かって高く飛翔し、その手に持つ大斧を頭上で掲げながら高速に回転させていく。


 対してシーマは全身の筋肉を隆起させながら、大きく右脚を引いた。その際、右手に持っていた大盾を捨てて、左手に持っていたランスを右手に持ち替える。その様はまるでカタパルトのようであった。


「獣波激震衝!」


 ガルドが放つのは奥の手である特別スキル「獣波激震衝」──天高く飛び上がって、全力の振り下ろしを放つという単純明快ながらも、凄まじい一撃の破壊の力。


 対するシーマが放つのは、ただ一点のみを狙ったもの。ただ一点を穿つことに全神経を集中させ、渾身の一突きを放つという特別スキル。その一突きはまるで雷光の如き刹那の一撃。その名は──。


「──刹那雷光穿!」


 奇しくも力と技のぶつかり合いは、最後もまた力と技、それぞれの極致の一撃だった。


 そうして力と技はぶつかり合った。


 ほどなくして、上空を旋回する音が静かに鳴り響いた。


 くるくると虚空を切り裂く音が鳴り響き、やがて、からんと地面を転がった。


 それが地面を転がったとき、すでにふたりの立ち位置は入れ替わっていた。


 お互いに技を放った体勢で立ち尽くしている。


 だが、そこには明白な違いが生じていた。


 ガルドの手には大斧が握られているが、シーマの手にはランスは握られていなかった。そのランスこそが上空を旋回していた。


 それが答えだった。


「……あーあ。負けちまったぜ」


「だが、負けっぱなしじゃねえんだろう?」


「当たり前だ、馬鹿野郎」


 シーマとガルドが試合前のような軽口を叩き合う。


 それからゆっくりとシーマは地面に膝を着き、そのまま崩れ落ちてしまった。


 だが、ガルドも決して無事と言うわけではない。その肩は大きく上気しているし、その体には大小様々な傷を負っていた。


 シーマは今大会でガルドがもっともダメージを負わされた相手であった。


 それでも、ふたりの戦いは見事に決着が着いたのだ。



「「素封家」マスターの戦闘不能を確認しました。これにより「ガルキーパー」の勝利といたします」



 無機質なアナウンスが流れるとともに、盛大な拍手と大きな声援が飛び交った。その拍手と声援に応えるようにして、ガルドは天を仰ぎながら咆哮した。


 凱歌を示すように、高々にその声を上げ続けた。


 こうして4回戦の試合はすべて終了し、すべての部門とすべてのクラスにおいてベスト8が揃ったのだった。

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